子猫とナイト
そろそろ日も沈み、外が暗くなってきた。
事務所を閉めて、居候の子どもを迎えに行こうかと考えていたその時、「ただいま」という声がして、小五郎はホッとして読んでいた新聞から顔を上げた。
「おう、おかえり――って、なんだそりゃ」
事務所に入ってきたコナンを見て、小五郎は目を丸くした。
首元どころか、肩まで覆うように巻かれた大きなマフラーと、大きすぎて眼鏡の上にかかって邪魔そうなキャップ。──まるで不審者だ。どちらも、朝家を出た時には身につけていなかったはずだ。
「こっちが聞きたいよ……」
コナンは疲れた様子で、よろよろと小五郎の方にやってくる。
小五郎は、キャップを取ってやった。──どこかで見たことがある。これはたしか。
「──安室くんか?」
たずねると、コナンは眼鏡の向こうでパチパチと大きな目を瞬かせてから、うなずいた。
「そう。安室さんが朝、下で会うなりギョッとした顔してさ。『頭が寒そうだから外では絶対かぶってろって』……頭が寒そうって、何?」
ボク、ハゲが出来てたりしないよね?とコナンはいささか不安げに自分の頭を撫でる。
なるほど、と小五郎は納得した。あの気の回る男らしい。
「ちゃんと礼を言ったんだろうな?」
「え? ああ、帽子返そうと思ったけど、安室さん、今日は午前中だけだったんだって。午後は、本業じゃない?」
あんまりしつこいから何かあるのかと思ったけど暗号とかも仕込まれてなかったしさ、とぶつぶつ意味のわからないことを言っているコナンに、小五郎はため息をついて、今度はぐるぐる巻きにされていたマフラーを外してやる。
「んで? このマフラーは?」
「それは昴さん。阿笠博士の家から帰る時、寒そうだからって。……寒くないって言ってるのに。家まで送るかって言い出して、借りなきゃ本気で送ってくれる勢いだったから」
「ふーん。……なるほどな」
昴、というのはあの探偵坊主の家に住み着いた大学院生の、沖矢昴ことか。阿笠たちとも親しくしていると聞いていたが、なるほど、親切な男らしい。
そんなことを考えながら窓の外を見ると、事務所前の道に赤のスバルが止まっていた。あんなところに駐車して邪魔だな、と思った小五郎の視線に気づいたわけではないだろうが、スバルはすぐに発進して去って行った。
「二人とも寒そう寒そうって……確かに今日は気温低かったけど。コートが白いからかな?」
コナンは着用した白のダッフルコートを見下ろして首を傾げる。
小五郎はため息をついた。
――白いから、というか。
それが女物で、おかげでコナンが妙に可愛らしく見えているからだろう。
昨日、例によって例のごとく事件に巻き込まれたコナンは、犯人を取り押さえる時にコートを汚してしまった。
代わりのコートなどなく、しかし冬のこの時期、コートを着ずに出歩くなんてあり得ない。そこで、蘭が小さい時に着ていたコートを引っ張り出してきたのだ。
ユニセックスなデザインだが、女物と知れば抵抗感があるかもしれないと、蘭は「前に新一の所から持ってきてたものだ」と嘘をついて着せた。コナンは「こんなのあったっけ」と首をひねりながらも、寒いよりましと思ったのか、大人しく着用したのだが──着た姿を見て、小五郎は密かに「大丈夫かこれ」と心配になってしまった。
コナンの顔が整っていることは知っていたが、白という色と、デザインの柔らかさで、普段より子どもらしく、可愛らしく見える。
変なのを引っかけないだろうか、暗くなる前に迎えに行こうか、と思っていたのはそのせいだ。
しかし、先に安室と、そし沖矢がフォローしてくれたようだ。
あんなろくに顔もわからない姿では、変な人間も寄ってこなかっただろう。
「ほんと何だったんだよ……寒いどころか汗かいちゃったよ」
コナンはぶつぶつぼやいている。どうやら、彼らの気遣いは全く届いていないらしい。
小五郎はため息をついた。
安室には、礼と、無事帰ってきたという報告を入れておいてやろう。沖矢には──何か菓子折でも持って行かせよう。
(まったく、手間のかかるガキだ)
小五郎はコナンの頭を乱暴に撫でて、何か依頼人にもらったお歳暮の中から適当な物がないか探さなければ、と立ち上がった。