お返しの選び方
店の前を通り過ぎる女性の手に、小ぶりな可愛い紙袋が提げられている。
何人目かな、と思いながら見送り、手早く小さな花束をまとめた。
バレンタインが女性中心のイベントになり、義理チョコの習慣が廃れてきた──と言っても、一度広がった習慣は、そうぱったりとは無くならないものだ。
そして、義理チョコが細々と続いているように、ホワイトデーもまた、あっさり無くなるものではない。
先日友人から、夫が会社でもらったチョコレートのお返しに頭を悩ませている、という話を聞いたが、ここ数日、商店街や百貨店のお菓子売り場は、バレンタインには劣るものの、それなりの賑わいを見せていた。
(お花も、いいと思うんだけどな)
お返しといえばお菓子一強の状況に、花屋としては思うところがないわけではない。ただまあ、生花は持ち運びには不便だし、数を用意するのも難しい。特に会社や学校でのお返しには、向かないだろう。
(それでも、本命へのお返しにはさー。好みじゃないお菓子とかハンカチもらうよりは、ねえ)
ぶちぶち、内心で思いながら、花束を作っていく。
ワンコイン、500円の花束は、それなりに需要がある。
いちいち注文するのは面倒だし、特別なイベントでもないけど、花を買ってもいいかな、という気分の時に、ぴったりなのだ。
今日みたいな日は、いつもより需要が増える。といっても、いつもの倍にはならない程度だけれど。
パチン、とリボンを切った時に、店先に人の気配がして、顔をあげる。
「いらっしゃいませ」
声をかけて、思わず目を丸くした。
お客様は、小学生くらいの小さな男の子だった。ハサミを置いて手を拭き、店先に出る。
「こんにちは」
少年がぺこっと頭を下げる。
「こんにちは。花束ですか?」
「はい。ここにあるお花、今日はこれで全部ですか?」
少年が見ているのは、ワンコインの小さな花束のコーナーだ。
「いえ、いま丁度作っているところです。何か、色のご希望とかあれば出来る範囲でお応えしますよ」
答えると、少年はありがとうございます、と言って、いまある花束をじっくりと検討しはじめた。
「お家のお買い物?」
「ううん、ホワイトデーのお返し」
おお、と感心した。お返しに花束とは、将来有望だ。
なるほど、少年はよく見れば整った顔立ちをしている。同級生の女の子たちに人気がありそうだ。
「いいですね、お花は定番のようでちょっと変化球だし、喜んでもらえますよ」
少年は照れたように笑った。
「お花、可愛いのが多いね」
「今日はホワイトデーのお返しに買っていかれる方が多いんですよ。だから、女性向けにちょっと可愛いイメージのが多いかも」
ピンクや赤が中心の花束を見ながら答える。
「違うイメージのもの、お作りしましょうか?」
少年は少し迷った様子でこちらを見上げた。
「お小遣い、そんなにないんですけど……」
「お代はそこにあるのと同じで大丈夫ですよ。その代わり、あんまり豪華なお花は入れられませんけど」
「じゃあ、お願いします」
礼儀正しい子どもだ。ぺこりと頭を下げた少年に、ヒアリングを開始する。
「どんなイメージにしましょうか。どんな子にあげるの?」
「どんな」
少年は首を傾げた。
「うーんと、きれいっていうか、かっこいいっていうか。でも可愛い感じもちょっとあるかも」
それはそれは、惚れた欲目としても相当な高評価だ。
かっこいい、というワードが出たあたり、ボーイッシュな子なのかもしれない。
「素敵な子なんだ。何色が好きとか、ありますか?」
「え? うーんと……赤と白とか?」
赤と白とはまた、おめでたい色が好きな子だ。
「あ、いや、赤は駄目か。じゃあ白……。白だけだと寂しいですか?」
「そうですね……。白だけでもきれいですし、緑色を入れてもいいけど……」
手早く、その場の花でイメージを作って見せると、少年は少し顔をしかめた。
「なんか結婚式っぽい」
「でしょう。意識して欲しいならありかもしれませんけど」
「ボク小学生だから」
呆れたようなツッコミに、苦笑いする。
「だよね。では、黄色はいかがでしょう。明るくなりますよ」
「黄色……」
少年は少し考えるように目を閉じた後で、うなずいた。
「いいかも!」
「じゃあ、アクセントにこう……ちょっとだけ丸いのを入れて可愛い要素を追加してみたり」
作って見せると、少年はパッと顔を輝かせた。
「それでお願いします!」
「はい。少々お待ち下さいね。──お求めは、以上でよろしいですか」
「以上です」
ではおかけになってお待ちください、と丸椅子を示すと、少年は大人しく腰かけた。
視線がこちらの手元にそそがれる。
慣れているとはいえ、真剣なまなざしに少し緊張して、ごまかすように口を開いた。
「バレンタインは、チョコたくさんもらいました?」
「え。そんなには……。うちの人とか、知り合いのおばさんとか、お姉さんたちとか……あと友達と、隣のクラスの子と」
そんなにもらっていないと言いながら、折られていく指は片手を超えて両手で足りなくなっている。
やはり少年はモテるらしい。
「……あと」
そこで少年は花束を見つめてふと、言葉を切った。どうしたのかと首を傾げると、笑う。
「ううん。あと、チョコレートケーキをもらったの。お花はそのお返しなんだ」
「へぇ? きれいでかっこよくて、可愛い子なんでしたっけ? お菓子も作れるんですか?」
少年はぷっとふきだす。
「うん。何でも出来る人。──嘘つきで、わかりにくくて、面倒臭い人だけどね」
──そう言って、微笑んだ顔は。
パチリ、と手元でリボンが切れる。
ハッと手を止めると、少年はパッと立ち上がった。
先ほどまでの大人びた表情はどこかに消えて、無邪気な子どもの表情だ。
「完成?」
「え。ああ、はい」
幸い、リボンが切れた位置はそうおかしな位置ではなかった。少し調整して、少年に手渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
「いいえ。お代は500円です」
はい、と手渡された硬貨を受け取る。
少年の手の中にある花束は、我ながら、とてもきれいに出来ていた。
少年も花束を見て満足げに目を細めると、「ありがとうございました」と礼儀正しく言って、帰って行った。
小さな色男を見送って、ため息をつく。
(さっきはちょっと、びっくりしちゃったなぁ……)
少年が一瞬、見せた表情は、小学生とはとても思えない、大人びたものだった。
不思議な子だ。
──そんな子から、花束をもらうのは、どんな子なのだろうか。
(同級生にあんな子がいて、お花なんてもらったら、一発で落ちちゃうでしょ)
後の人生にも深刻な影響を与えそうである。
それとも、きれいでかっこよくて、可愛くて、何でも出来るけど嘘つきで面倒臭いその子は、彼に太刀打ち出来るような大物なのだろうか。
(……それはそれで、面白いかも)
それに、あの子には、そのくらい手ごわい相手の方が似合う気がする。
黄色い花を手に取って、微笑む。
「あんなに熱心に選んでたんだもの。喜んでもらえるといいね」
ワンコイン花束がほぼ完売した閉店前。
店の前を通った、ご近所でも有名な喫茶ポアロのイケメン店員の手に見たことがある花束があるのを目撃して混乱することになるのを、私はまだ知らない。