テディベアが見てる
『ぬいぐるみと目が合う』
蘭がそんなことを言っているのを、聞いたことはあった。
でもその時はまるで実感できず、「単に欲しいってことだろ?」と呆れ半分で聞いていた。──その時はまさか、自分がそれを実感する日が来るとは思ってもいなかったのだ。
その日コナンは、園子に誘われ、蘭のおまけでオープン間近のテーマパークに遊びに来ていた。
来場者は招待された関係者のみという快適な環境で一日遊び回り、夕刻、お土産でも買って帰ろうかとショップに入った。蘭も園子も、あれだけ遊んだ後だと言うのにまだまだ元気で、「あれが可愛い」「これ美味しそう」と店中を見て回っている。少々疲れていたコナンは、家への土産は蘭に任せて、大人しく待っていることにした。
人が多いお菓子売り場を避け、比較的人が少ない売り場に移動して──コナンはふと、何か引っかかって視線を上げた。
何、と言われるとはっきりとは言えないが、視線を感じた、というのが一番近い。
視線を少し上げた先には、ぬいぐるみの棚があった。
様々な毛色のテディベアが並んでいる中で、赤い毛のテディベアが一体、コナンを見下ろしていた。──そう見えたのは、プラスチックの目が照明を反射しているせいだろうか。
何となく気になって、コナンは赤いテディベアを手に取った。
コナンでも片手で持てる程度の大きさのテディベアは、なぜかニット帽をかぶり、皮のジャケットを羽織っていた。
棚を見回せば、どうやら色別に様々な衣装があるようだ。他のベアが定番のタキシードやドレス姿な中、このベアは何故か一体だけこの格好で、変に目立っていた。
じっと丸い目を見つめると、どことなく既視感を覚える。
テディベアを目の前に掲げ、コナンは首を傾げた。
──ニット帽。ジャケット。
(あ、そうか! このくま赤井さんに似てるんだ)
そう思い至って、コナンはふき出した。
こんな可愛らしいテディベアがまるで赤井みたいな格好をしているのも面白いし、もしこれを赤井本人が見たら一体どんな顔をするかと想像したら、おかしくなったのだ。
赤井秀一は、工藤家に「沖矢昴」という大学院生の姿で潜伏しているFBI捜査官だ。
組織に潜入していたことがあり、そのこともあって縁が出来たが、彼とは、実はそれ以前に、コナンの姿になる前の子どもの頃に顔を合わせたことがある。不思議と縁があるのだ。
赤井は、凄腕のスナイパーで目つきが鋭い。きっと、初見では「怖い」と言われることが多いだろう。そんな赤井とそっくりの格好をした、テディベア。
目の前の丸いつぶらな瞳と赤井の鋭い眼光を比較して、コナンが口元をほころばせた時。
「あららー? ガキンチョ、そーゆーのに興味あったんだ?」
上から、からかうような声がかかる。──園子だ。
嫌なところを見られた。
コナンは顔を上げて、ため息をついた。
「……ないよ、別に」
「ふーん? そんなにしっかり抱っこしておいて?」
「だっ…普通に見てただけだよ。からかわないでよ園子姉ちゃん」
コナンはテディベアを棚に戻す。少し乱暴に突っ込んだせいで、ジャケットがずれた。棚に押し込められたテディベアの目が、責めるような色を浮かべているように見えて、コナンはまた手をのばして棚からテディベアを取り、ジャケットを整えてやった。
「ごめんごめん。珍しいもの見てるなーって、つい。あんたどこ行っても、お土産なんて興味ありませーんって顔で白けてるじゃない」
「園子姉ちゃんたちの買い物が長いんでしょ!」
ぐりぐりと上からつむじを押してくる園子の指を払いながら、コナンは抗議した。
「お土産、決まったの?」
「私はね。蘭ももうすぐ決まるんじゃない?」
園子が指す方向を見れば、蘭が難しい顔をして、両手に持ったお菓子の箱を見比べていた。
──もう少しかかりそうだ。
「で? 待たせたのは悪かったけど、どうしてテディベアよ。それに、その子より、こっちの子の方が可愛くない?」
園子は、スタンダードな淡い茶色のテディベアを二体手に取った。衣装もスタンダードな、ドレスとタキシードだ。
「ボクはぬいぐるみに興味があるんじゃなくて、この子がその……ちょっと知り合いに似てるなって、見てただけだよ」
「知り合い~?」
園子は顔をしかめてコナンの手から赤いテディベアを取り、首をひねる。
「あんたこんな胡散臭そうな知り合いがいるの? てか、この格好なんなの? チンピラ?」
「違うでしょ!」
あまりの言い様に思わず反論する。
「じゃあ何よ」
「え。なんの格好かは、知らないけど……チンピラのぬいぐるみなんて、テーマパークのお土産で作らないでしょ。それに、ドレスとかタキシード着てるのよりこっちのがかっこいいじゃん」
「かっこいい、ねぇ。まー、確かに男の子にはこれくらいワルな雰囲気の方がいいのかしらね」
「もー、いいから返してよ」
園子がテディベアのジャケットをめくったり、ニット帽をずらしたり、ズボンの裾を引っ張ったりしているのを見ていられず、ぴょんとジャンプして取り返す。
園子はニヤッと笑った。
「で? それ、買ってくの?」
「え。いや、だから、見てただけだよ。ぬいぐるみ買っても置くとこないし」
コナンはテディベアの着衣の乱れを整えてやって、今度は丁寧に棚に戻した。
──丸い目が、どこか悲しげにコナンを見下ろす。
コナンはうっとうめいた。
そんなはずはない。無機物だ。光の加減だ。気のせいだ。
気のせい──なのに、この罪悪感はなんだ。
「あーあ、寂しそうな顔しちゃって。かわいそー」
園子がはやし立てるように言う。
にらむと、園子は肩をすくめた。
「諦めなさいよ。目が合っちゃったんだから」
「は? 目が合う、って……」
「知らないの?」
園子は真面目な口調で、それはそれは偉そうに言った。
「ぬいぐるみと目が合ったらね、連れて帰るしかないって、決まってんのよ。──そうしないと、ずっと後悔するんだから」
結局。コナンは赤井によく似たテディベアを、購入した。
別に園子の言い分を信じたわけではない。ただ、ぬいぐるみ売り場でいつまでももめていたくなかったし、一体だけ場違いな格好をしたテディベアが可哀想だっただけだ。親切心だ。
それに、連れ帰らねば後悔するなんて大嘘だということは、すぐにわかった。
蘭は「可愛いの買ったね」とニコニコ微笑ましげに見てくるし、小五郎もニヤニヤ笑って「やっぱお前もガキなんだな」と頭を撫でてくるしで、むしろ買って帰ったことを後悔したくらいだった。
そんなわけで、コナンは翌日、早々にこのテディベアを赤井に引き取ってもらおうと、工藤家に向かった。そもそも、赤井に似ているからと買ったものなのだから、それが一番だ。
玄関のチャイムを鳴らすと、赤井─沖矢が出てきた。
「これはこれはコナンくん。今日はどうされました?」
「えーっと、特に急ぎの用ではないんだけど……いまちょっと時間ある?」
へらりと笑うと、沖矢は首を傾げ、しかし、「君ならいつでも歓迎ですよ」とすんなり家に上げてくれた。
居間に行くと、ジュースが出てくる。
「ありがとう」
「いいえ」
グラスを置いた後ふと一瞬、沖矢の手がコナンの頭にのばされたが、触れる前に下がる。何か頭についていたかと軽く首を振るコナンに、沖矢は「オレンジジュースで大丈夫でしたか? 他もありますよ」とたずねてくる。コナンは苦笑した。
「ううん、これでいいよ」
沖矢本人はコーヒーしか飲まないのに、この家の冷蔵庫にはジュースが何種類も常備されている。コナンや少年探偵団の子どもたちがしょっちゅう顔を出すからだ。
昴さんって親切だよな、と思いながらジュースを飲んでいると、コーヒーカップを手にした沖矢が正面に座った。
「──それで、今日はどうしたんですか。本でも読みに?」
コナンが持ってきた袋に目をやってそう聞く沖矢に首を振り、テディベアを取り出す。
「えっとね、これ。お土産、なんだけど」
沖矢は目を丸くした。
「テディベア……?」
「うん。昨日ボク、蘭姉ちゃんたちと新しく出来たテーマパークに遊びに行ってさ。そこで売ってたから」
沖矢が手を出す様子がないので、コナンはテーブルの上に赤いテディベアを置いた。
沖矢はじっとそれを見つめる。
「──これを、俺に?」
口調が赤井に戻っている。別に、二人しかいないので問題はないかと、コナンはうなずいた。
「そう」
「なぜまた」
「だってほら、こいつ赤井さんに似てるでしょ。格好が」
「ふむ……?」
赤井はそこでようやくテディベアを手に取って、じっくり眺めた。
赤井の手の中にあると、小さく見える。
唸ったきり何もコメントがないので、なんとなくいたたまれなくなって、口を開く。
「ほら、ニット帽とか、ジャケットとか……ね? 赤井さんがテディベアに似てるってことじゃなくて。……でも色も赤いし。見てたらなんか、赤井さん思い出したから、お土産にいいんじゃないかなーって」
「──なるほど」
赤井はニヤリと笑って、テディベアを自分の隣に座らせた。──せっかく並んだのに、顔が沖矢なのがちょっと残念だ。
そんなことを思いながら赤井とテディベアを見比べていると、赤井は肩をすくめた。
「俺としては、これが俺に似ていると言うなら、ボウヤのそばに置いておいて欲しい気もするが」
「は? なんで」
「ボウヤはすぐに無茶をするからな。お目付役代わりに……だがまあ、テディベアにボウヤのお目付役は荷が重いか。土産だと言うなら、素直にありがたく受け取ろう」
「ハハ……そうして」
コナンはため息をついた。
赤井は、テディベアの頭をポンと撫でる。
「それで? 彼の名前は?」
「彼、って?」
「このテディベアだ」
コナンはぽかんと赤井を見上げた。
赤井と、赤いテディベアを交互に見て、赤井の顔にからかう色が無いことを確認し、首を傾げる。
名前。──ぬいぐるみに名前なんて、つけるものだろうか。
蘭は昔、つけていた気がする。いや、あれはリカちゃん人形のようにあらかじめ決められた名前だったか。
自分自身は、ぬいぐるみを持ち歩いた記憶がないので、わからない。多分、一つ二つ所持してはいただろうが、興味がすぐに本に移ってしまったのだ。
(赤井さんもぬいぐるみに興味あるようには見えねーけど……妹がいると違うのか? あ。そういえば赤井さん、イギリス育ちっぽかったよな)
イギリスと言えば敬愛する名探偵、シャーロック・ホームズの国だが、あの国では、大人になってもお気に入りのテディベアと寝ている人が多いのだという、ネットニュースを見た覚えがある。テディベアと馴染みが深い国なのだ。
赤井もテディベアには思い入れがあって、大事にしようと思ってくれているのかもしれない。──いや、もしかしたら、赤井にはすでにお気に入りのテディベアがいるのではないか。だとしたら、この土産は無神経だったかもしれない。
コナンはたずねる。
「もしかしてここに先住ベアがいたりする?」
「……」
赤井は黙ってコーヒーを飲んだ。
「……ボウヤが何を言っているのかよくわからないが、俺の知る限りではこの家に他のベアはいないな」
その答えにホッとする。
「そう。なら良かった。こいつと仲良くしてやってよ。それで、名前だっけ? ないから、赤井さんがつけたら?」
「ボウヤの土産なんだから、ボウヤがつけるべきだろう」
そうだろうか。逆ではないか。
しかし赤井は意見を曲げる気がなさそうだ。コナンは首をひねる。
(テディベアの名前。くまの名前だから……くま吉? いやいや。せっかくだから見た目の赤を取り入れて……赤井さん、じゃそのまま過ぎる。赤……レッド……レッドヘリング……って、こいつはくまで鰊じゃねーし)
考えてはみるが、いいものが思い浮かばない。そもそも、コナンにはあまりネーミングセンスがないのである。
(偽名に江戸川コナンとかアーサー平井とかつけるレベルなんだぞ、オレは。──うーん……赤井さんのテディベアなんだから、ぜってーカッコイイ名前がいいし……)
そこで、ハッとひらめいた。
「そうだ、ホームズとかどう?」
これ以上良い名前は他になかろう。そう思って顔を上げると、赤井は苦笑した。
「いい名だが……俺のホームズは他にいるから、残念ながらその名前は却下だ」
「えー、そうなの?」
ガッカリする。
しかし、他にいる、ということは赤井が幼少期に大事にしていたテディベアは、ホームズというのか。さすが赤井、センスがいい。
では、その相棒でワトソンはどうか。
提案すると、「いくらボウヤが連れてきたとはいえ、新参の彼にその座は渡せないな」という返答。どうやらワトソンも席が埋まっているらしい。赤井の家にはたくさんテディベアがありそうだ。いつか見せて欲しい。
「えー、じゃあもう思いつかないよ」
「そう言わずに、彼のためにも頼む」
ちょい、と赤井がテディベアの手を取ってふりふりと振る。
大人の男がそういうことをするのは、可愛くてずるいので止めて欲しい。
コナンはため息をついてくまを取り上げると、改めて、じっと観察する。
(かっこいい名前ってのは譲れないよな。でもテディベアだし呼びやすくって親しみも持てて……せっかくだから赤井さんにちなんだ名前……)
赤井。赤井秀一。
頭の中で、その名前を転がしていると、ふと、彼の同僚の声がよみがえった。
「あ。──シュウ!」
ぱちり、と赤井が瞬きする。
自分が何を口走ったか自覚し、しまったと顔が赤くなる。ちなむも何もそのままではないか。
しかし、言ってしまった言葉は取り消せない。
「えっと。シュウ、くん、とか……どうかなー、なんて」
アハハ、と笑ってごまかして、テディベアを顔の前に掲げて小さな手を振ってみせる。
「…………なるほど?」
黙ってじっとコナンを見ていた赤井が、にこりと笑った。
「──ではそれで」
何故か沖矢の口調に戻ってそう答えた赤井が、コナンの手からテディベアのシュウを取り上げた。
「では、シュウくん。今日からよろしくお願いします」
「アハハ……」
土産を渡しただけなのにひどく疲労した気分で、コナンはジュースを飲み干した。
コナンは普段、あまり自宅には立ち寄らない。正体がばれては元も子もないし、留守を預けた赤井がFBIの同僚を呼んでいることもあるからだ。
赤井にテディベアのシュウくんを渡してから一週間ほど経った週末、どうしても自宅の図書室で確認したいことが出てきて、コナンは赤井に連絡を入れた。放課後訪ねても問題ないか聞くと、「勿論」と了承の返事が来る。
コナンは学校から直行し、工藤邸のチャイムを鳴らした。
『どうぞ、入って下さい』と声がしたので、「お邪魔します」と言いながら勝手知ったる自宅の扉を開ける。居間に向かうと、そこにいた赤井は沖矢のメイクをしておらず、素顔のままだった。インターフォンだけ、変声機で対応したようだ。
「あれ、今日はそのままなの?」
「来客もなかったし、昨日、遅くまで会議があってな。寝坊したというわけだ」
「それはお疲れ様。疲れてるところに、お邪魔じゃなかった?」
「ボウヤが邪魔なわけないだろう。──頼まれた高い場所の本は取って置いたぞ」
「ありがとう!」
ソファを見ると、そこにちょこんとテディベアが座っていた。
「あ。こいつ」
渡した後はすっかり忘れていたコナンが目を丸くすると、赤井がからかうように言う。
「シュウくん、だろう?」
コナンは顔をしかめて口をとがらせた。
「……大事にしてくれてるんだ?」
「勿論。ボウヤから貰ったものだからな」
「それはどうも……」
礼を言うのはおかしい気がするが、何となくそう答えると、赤井はクツクツと笑った。
テディベアのシュウの隣を示され、大人しく座る。
「ご所望の本はそこだ。何か飲むだろう?」
「ありがとう」
キッチンに向かった赤井の背中を見送り、シュウを手に取る。
どうせその辺の棚の上にでも飾られているだろうと思っていたのだが、思った以上に大事にされているようだ。
「元気にしてたかー? なんて」
手に取ると、ふわっと匂いがした。
「ん?」と首を傾げ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
タバコの匂いだ。タバコと、あと──。
「──どうした? シュウは洗濯が必要か?」
声をかけられて、コナンは慌ててシュウから顔を離した。
「いやっ、全然! えっと、ちっちゃい衣装なのにちゃんと皮の臭いがするなーって」
「ああ、確かによく出来ているな」
赤井はうなずいて、コナンの前にカフェオレを置いた。赤井はいつも通りコーヒーだ。
(あ。さっきの。──コーヒーの匂いだ)
コナンは、何となく膝の上に乗せたシュウを見下ろす。
赤井は、家主──主には有希子に遠慮してか、居間ではタバコを吸わない。つまり、居間に置かれているままならば、シュウにタバコの匂いがつくはずがないのである。タバコの匂いがついているということは、つまり、赤井がシュウをタバコを吸う私室に持ち込んでいるということである。その上、コーヒーの匂いまでつくくらい、いつもそばに置いている。
(意外、ってゆーか……)
他に人のいない家の中で、赤井がテディベアを持ち歩く姿を想像すると、微笑ましくはあるが。
「こらボウヤ、あんまりシュウのやつをもみくちゃにしないでやってくれ」
「えっ、あ、ごめんなさい」
コナンは無意識にもにもにと触っていたテディベアを離す。ふわふわした毛が一部乱れてしまっている。
赤井は丁寧にくまの毛並みを整えて、自分の隣に置いた。
そのまま本を読み始めたので、コナンも取ってきてもらった本を手に取る。
──少し前に服部と話をしていて、あの小説のトリックはああじゃなかったか、いや違う、と軽い口論になったので、正解を確認しにきたのだが、やはり、自分の記憶が正しかった。服部が話していたのは続編の方だ。服部が勘違いしていたのか、そもそもコナンは本編の話を、服部は続編の話をしていてすれ違っていたか。
とにかく、確認は済んですっきりした。ぱらぱらと、話の内容を思い返しながら流し読みし、そういえば赤井は何を読んでいるのだろうかとうかがう。
──優作の本だ。コナンは勿論、既に読んでいる。
(あれ読んでるのか! 感想話してーな……)
しかし、赤井が読んでいるのはまだ前半。途中でああだこうだ言われたら鬱陶しいだろう。自分なら怒る。すごく怒る。
なのでぐっと我慢して、手元の本に戻った。──しかし、こちらは一度読んだ本だ。すぐに飽きてまた赤井をうかがうと、赤井は手元のシュウをもふもふと撫でながら、ページをめくっていた。
なるほど、と納得する。この調子で手元に置いているなら、匂いもつくだろう。
頭を撫でて、耳をくすぐって。──赤井に撫でられているシュウは心なしか嬉しそうに見える。
コナンは目を細めた。
赤井は──この場合は沖矢は、が正しいか──日頃、コナンや灰原、少年探偵団の面々と接していても、触れてくることがほとんどない。
別に、子どもみたいに頭を撫でて欲しいわけではないし、されたらされたで子ども扱いされたと腹立たしく思うのだろうが、自分と赤井とシュウしかいないこの状況で、赤井がぬいぐるみばかり構っているのは──なんとなく面白くない。
その時、赤井が顔を上げた。
目が合って、ギクリと肩をすくめる。
首を傾げた赤井に、コナンは笑ってごまかした。
「あー、その、優作おじさんの本読んでるなーって思ったら気になっちゃって……」
「ああ……ボウヤは未読なのか?」
「ううん、もう読んだ」
「そうか。じゃあ、急いで読んで感想を話し合わないとな」
赤井は同意でも求めるように、シュウの頭をぽんと叩く。
「……随分、仲いいんだね?」
思わずそう言ってしまう。
赤井は首を傾げた。
「仲? 誰とだ?」
「シュウくん」
赤井はいま気づいたという風に、自分の手の下のテディベアを見た。
その、ぽかんと、と言うか、きょとんとした態度にムッとして続ける。
「赤井さん今日ずーっとそのくまばっか撫でてるじゃん。……毛が抜けてハゲになっちゃっても知らないよ」
赤井は何度かまばたきし、テディベアを手に取った。
「……ふむ」
何が「ふむ」か。口をとがらせると、赤井は苦笑した。そしてため息をつく。
「──無意識だったが、代償行為かもしれないな」
「代償行為? ……何の」
赤井は肩をすくめた。
「時折、触れてみたくなるんだが、うかつに触れると機嫌を損ねるかもしれないと思うと出来なくてな」
「……? 誰のこと?」
「勿論、ボウヤさ」
「…………は?」
コナンはぽかん、と口を開けた。
ボウヤ。ボウヤって誰だ。
──自分だ。
自分に。触れてみたいけれど。機嫌を損ねるのが怖いから、ぬいぐるみを代わりにしていた──と言っているように聞こえるが。
というか、そう言っている、のか。
理解した瞬間、かーっと顔が赤くなる。
それを見た赤井が吹き出した。コナンは目をむく。
「! ちょっと!? からかわないでよ!」
「からかったつもりはない。本心だ」
「笑ってるじゃん!」
「すまん、すまん」
赤井はクツクツと笑う。
コナンは赤井の手からシュウを奪って、ぎゅうっと腕の中に抱き込んだ。
冗談にしても質が悪い。まだドキドキしている。
コナンはソファから立ち上がった。
「ボク、用事済んだから帰る!」
「待て、夕飯を食べて行かないのか? 折角準備したのに。あと、そいつを連れて行くつもりか?」
「そうだよ! 何か悪い?」
「シュウは俺が土産にもらったんだろう」
「赤井さんがからかうからだよ! シュウくんはボクが引き取るから」
「──OK、ボウヤ。とりあえず、シュウの親権については夕飯を食べた後で落ち着いてじっくり話し合おうじゃないか」
「いや、親権ってね」
赤井は呆れ顔のコナンからシュウを取り上げると、高い棚の上に置いた。
「あーっ!」
思わず声を上げると、赤井がひょいっと、コナンを抱き上げた。
突然の行動に目を丸くするコナンに、赤井はふっと笑った。
「──そばに置いて連れ歩くなら、こいつじゃなくて本体にしてくれ。俺は存外嫉妬深いんだ」
至極真面目にそんなことを言う、男の顔を見つめる。
その顔に、からかう色はない。
しばらくそれを見つめて──コナンは、ため息をついた。
「……赤井さんは、気軽に連れて歩けないでしょ」
えいと軽く蹴りを入れると、赤井は肩をすくめた。
「いまはな」
この先は違うと言うのか。──もし本当にそうなれば心強いことこの上ないが、こんなことを言っていても、どうせFBIの凄腕スナイパーは、組織の件が解決して堂々と表に出られるようになったら、アメリカに帰国してしまうに決まっている。
そう考えると、いまこうして自分の家に赤井がいるのは、とても貴重なことなのかもしれない。
コナンはひとつ息を吐いて、言った。
「……別にボク、子ども扱いじゃなかったら、機嫌悪くしたりしないよ」
赤井は一瞬目を丸くした後で、ふっと笑った。
「そうか」
「そうだよ。──というわけで、下ろして」
「夕飯を食べて行くと約束するならな」
子どもみたいなことを言う赤井に、コナンはふき出した。
「はいはい、食べてく食べてく。蘭姉ちゃんに電話するよ」
「ついでに泊まっていくといい。今日中に本を読み終えるから、明日感想を語り合おう」
「泊まる!」
即答すると、赤井は笑ってコナンを下ろし、ぽん、と頭を撫でてキッチンへ向かっていった。
「……」
撫でられた頭を押さえる。
くすぐったいような、恥ずかしいような。
ふわふわした気持ちは、悪い気持ちではなかった。
と、視線を感じたような気がして、コナンは棚を見上げた。
──シュウだ。
高いところに置かれたシュウは、どこか、仲間外れにされて寂しそうに見えた。
つまらない嫉妬をしたことが今更恥ずかしくなって、コナンはシュウに「ごめんな」と小さく手を合わせる。
角度を変えて見たシュウは、今度は「いいよ」と言ってくれているような、気がした。
そんなことを、考えて。
コナンはふき出した。
ぬいぐるみ相手に何をやっているのだか。でも、これはこれで、ちょっと楽しいかもしれない。
(そうだ。どうせ泊まるなら、らしくないついでに、今日はシュウと一緒に寝ようかな)
和解の印だ。それで許してくれるかな、そもそも、シュウと一緒に寝る権利は親権同様話し合いだろうか。
そんなことを考えながら、コナンはとりあえずご飯の前にシュウを下ろしてもらおうと、赤井を呼んだ。