母猫は楽しんでいる
息子との通話を終えて、工藤有希子はふうとため息をついた。
動物園デートの結果報告を聞くはずだったのだが、デートは延期になってしまったらしい。しかし、その代わりに、色々得るところはあったようで、新一―コナンの声は明るかった。
「ちょっとわかった気がする。安室さんには素直に本音を言った方が効くみたい。効くっていうか、弱い? 猫かぶりの方も、『仕方ない』まで多分あともう一歩なんだよな」
次はぜってー家に来ていいよって言わせてやる、と勢い込んでいる息子に、有希子は思わず、「あらあら」と声をもらした。
日頃探り合うような会話をしているからこそ、素直にぶつけられる本音に弱い──というのは、あり得ることだ。相手に好意を持っているなら、なおのこと。
(透くん、悩んじゃうでしょうねぇ)
青年の身元は、承知している。だからこそ、本音を隠してコナンと深く関わらないようにしている彼の考えも、よくわかる。わかっていないのは、コナンのみ。コナンは、わかっていないからこそ自分の興味関心に素直で、真っ直ぐだ。
(ちょっと、可哀想かしら)
小さく首を傾げる。九十九点までは耐えるだろう、と言いはしたが、しかし、九十点や九十五点に効果がないわけではない。
しかも。有希子が思うに、息子は困難なほど燃えて執着するタイプだ。安室が耐えれば耐えるほど、真剣になるだろう。
さて、次に様子を見に行くまでに、安室は耐え続けられるだろうか。
(秀ちゃんか優作と、賭けでもしようかしら)
乗ってくれるかどうかは……微妙なところか。二人はそれぞれに、新一のことを大切に思っている。安室を悪くは思わないだろうが、面白くも思わないかもしれない。特に赤井。
同情するようなことを言ってはいたが、入れ知恵をしているのではと疑われて、妙に楽しそうだったところを見ると、彼は安室の味方にはなるまい。それどころか、からかって遊ぶ可能性もある。
(その気持ち、わかっちゃうんだけどねー)
喫茶店で見た安室のことを思い返す。ケーキを食べたコナンを見て、ホッと嬉しそうな顔をしたところがとても可愛かった。常にすましてにこやかな笑顔をしている分、ああいう顔をちらっと見せられると、母性本能をくすぐられてしまう。自分だけに向けられるものだったら気分がいいだろうし、もっと別の顔が見たくなりそうだ。
一方、そういう様子をはたから見てしまうと──つついて困らせたくなってしまう。多分彼は、困った顔も可愛いだろう。
だからついつい、コナンに彼を振り回すすべを色々と教え込んでしまったのだが。
そのパワーアップした猫かぶりと、あの子の素直な気持ちをぶつけられる──と。
有希子は「うーん」と目を閉じたが、考えてみたところで今更どうしようもない。遠い空の向こうに、「ごめんなさいね」と「頑張って」、そして「よろしくね」の念を送る。
あの子が何であれ、「欲しい」と自覚したら。──諦めてもらうしかないのだ。あの子は自分の息子なので、自分同様、欲しいものを得るのに手段を選ばないだろう。
早く陥落した方が傷が浅い気がするが、安室の性格からすると、それはないだろう。
(本当にあの二人、どうなるかしら)
とりあえず、延期になったデートの日取りが決まったら、また様子を見に行こうかと、有希子はスケジュール帳をめくった。