持つべきものは




『あー、すまん! その日はダメや』

 その予想外の答えに、一瞬、反応が遅れた。
 しかし、すぐに気を取り直して答える。

「──あ、そう。ならいいや」

 コナンのあっさりした答えに、電話の向こうで、服部がうるさくわめき出した。
 もうちょっと粘れ、他の日では駄目なのか──云々。
 スマホからあふれる賑やかな言い訳を流し聞くに、今回服部はどうしても都合がつかないらしい。
 そんなに大した用件でもないしと、まだごちゃごちゃと騒いでいる服部をなだめる。

「わかった、わかった。また今度な」
『いや、またて』

 服部の後ろから、「平次~?」という高い声が聞こえた。面倒臭くなってきたところだったので、これ幸いとそれに乗る。

「和葉ちゃん呼んでるぞ。じゃあな!」
『ちょ、』

 何か言いかけていたが、構わず電話を切った。
 通話が終わると、急に静かになった。コナンはふむ、とスマホの画面を眺める。
 ──拍子抜けした、というか、珍しいこともあるものだ、と思った。
 こちらの都合などお構いなしに押しかけてくるし、声をかければすぐ飛んでくるのが、服部平次という男だ。今回も、当然のようにやって来ると思いこんでいた。
 しかし、平次も学生だ。あっちはあっちで、都合も付き合いもあるだろうから、予定が合わないことくらい、あって当然だなのだ。
 ──当然、ではあるが。
 コナンは口をとがらせた。

(なーんか、気に食わねーな)



 服部平次という男は、江戸川コナンにとって、工藤新一にとって、独特の立ち位置にいる男だった。
 知り合ったのは、体が縮んでから。だが、誰よりも早く自分の正体を見抜き、以降、何かと協力してくれている。
 どこであろうと誰がいようと、構わず「工藤」「工藤」と言うのはどうにかして欲しいが、彼と一緒に行動していると楽なことは多い。
 ──そう。めちゃくちゃ楽なのだ。
 高校生探偵として名が知られている服部と一緒なら、事件現場をうろちょろしていてもそうそう怒られることはないし、推理力は同じくらいだから、話も早くて無駄がないし、剣道の有段者で強いから、多少の無茶にも付き合ってくれるし、バイクを持っているから、足にもなる。その上、こちらの正体を知っているから、変に取り繕ったりごまかしたりする必要もないのだ。
 何をするにしても、声をかけるのが一番気楽な相手が、服部なのである。

(でも、ダメか。そしたらこれ、どーすっかな)

 コナンは手にしたチケットを眺める。
 小五郎が依頼人からもらった、ホームズ展のチケットだ。
 依頼人は探偵つながりで気を利かせたつもりだったのだろうが、小五郎は、探偵なんてやっているくせに、ホームズに一切興味がなかった。蘭も興味は薄い上、会期中はテストや部活で都合が合わなかった。

「コナンくん、お友だちと行ってくれば」

 そうチケットを渡されて、喜んでうなずいたはいいものの、チケットは二枚あった。
 問題は、誰を誘うかだ。
 別に一人で行ってもいいが、折角のチケットを無駄にするのも気が引ける。
 しかし、少年探偵団の面々と行くには、チケットが足りない。あの中から誰か一人だけと……というのは、難しい。いっそ全員で行って、不足分のチケット代を割ることも考えたが、展示内容は少々マニア向けで、小学生の彼らには難しいだろうから、無理に付き合わせては気の毒だし、こちらも集中して見られなさそうだから却下。
 身の回りにいる、この手のものに興味がありそうな人と言えば、沖矢だが、彼はお隣を置いてそう気軽には出かけないだろう。
 ──ならば、いっそ灰原を誘って、ついてきてもらう、ということにすればいいか。
 彼は大人だから、自分のチケット代くらい気にしないだろうし、車もあるから会場に行くのも楽だ。
 そうしよう、と決めたところに、服部から電話があった。
 電話の内容はいつも通りで、変わりはないか、遊びに来ないか、というものだ。
 服部は意外にまめな男で、頻繁に、大した用もないのに電話をしてくる。その時に「遊びに来ないか」と誘ってくるのは定型文句というか、挨拶のようなもので、地元が大好きなこの男は、大阪をゆっくり案内する機会を常に狙っている。残念ながらいまのところ、あちらに行くたびに何かしら事件に巻き込まれて、ゆっくり観光が出来たことはない。
 話しながら、ふと思い立って聞いてみる。

「なあ、お前近々こっちに来る予定ないか?」
『あん? 今んとこないけど……高校生はテスト期間や』

 聞けば、週内はテストだという。自分同様、成績は悪くないが出席率がギリギリの服部にとっては、定期試験は大事だろう。

「ふーん。そしたら、週末は? ギリギリ、最終日が土曜の、ホームズ展のチケットあるんだけど」

 特に深い意味もなく、誘いをかけて。その回答が、冒頭のお断りだったのである。


(まあ、予定通り、灰原を誘えばいいか)

 そう思ってスマホをしまう。

「ただいまー」

 家に上がる前に、事務所の扉を開いて声をかけると、「おかえり」と予想外の声がした。

「安室さん?」

 事務所に小五郎といたのは、安室だった。

「──どうしたの? 今日はポアロじゃないんだ?」
「先生に同行して、勉強させてもらったんだ」

 安室の手元には、書類がある。大方、小五郎が仕事につき合わせた上に、依頼人に提出する報告書まで作らせているのだろう。
 新聞を読みながらのんびりタバコを吸っている小五郎に目を向けると、小五郎は暇そうに欠伸をした。まったく、と肩を落とす。
 安室が「出来ました」と立ち上がった。

「先生、これでいかがでしょうか」
「──おう。……まあまあだな。依頼人に提出しておく」
「良かった! ありがとうございます!」

 仕事を押し付けられた上に、上から評価された安室は、にこにこ笑いながら礼を言う。

(ったく、この人もよくやるよ……)

 ため息をついて、事務所を出ようとした時、「そういえば」と小五郎が声をかけてきた。

「コナン。お前、この前やったチケット、あれどうした」
「え? まだ使ってないけど……ちゃんと行くよ、ボク」
「んなこたわかってる。誰と行くかは決まったのか」
「え。……まだだけど」
「まだ誰にも声かけてねーなら、お前、安室くんと行ってきたらどうだ」
「──は?」

 思わず聞き返してしまう。安室が首を傾げた。

「チケット、とは? 何のチケットですか」
「依頼人にもらった、ホームズ展のチケットがあるんだよ。俺も蘭も都合つかなくてな。安室くんも、探偵やってるくらいならホームズ好きなんじゃねーか」
「大好きですよ! やっぱり、探偵といえばホームズですからね」
(オイオイ、ほんとかよ)

 シャーロキアン仲間が増えたら嬉しいが、この男の場合、適当に話を合わせているだけの可能性大だ。
 半信半疑の半目で見ていると、安室はちらりとこちらに視線を流す。

「……でも、コナンくんはもう誰か誘うつもりだったのでは?」
「誰誘うつもりだったんだ?」

 言葉に詰まる。ここで灰原の名前を出すのも、沖矢の名前を出すのも、避けたい。安室がいるからだ。
 とっさに口走る。

「えーっと……平次兄ちゃんがこっち来るなら一緒に行こうかなって思ってたんだけど」
「あん? あいつも高校生ならテストだろ」
「あ、うん……だから、駄目だって断られちゃったとこなんだー。ハハ……」
「なら、ちょうどいいじゃねーか。──ガキのお守りになっちまうけど、どうだ?」
「コナンくんはしっかりしてますから、お守りなんて、そんなことないですよ」
「もうすぐ会期終了なんだけど……安室さん今週時間ある?」

 忙しいだろうし、興味がないなら断ればいい、という意図を込めておずおずとたずねると、安室は首を振った。

「金曜日でも土曜日でも、大丈夫だよ。──僕でいいなら、一緒に行こうか」

 小五郎の手前断りにくいだけか、それともなにか意図があるのか。──わからないが、ここで自分が出来るのは、うなずくことだけである。

「うん! わーい、ボク楽しみだな!」

 わざとらしく声をあげると、小五郎は「良いことをした」という顔でうんうん、とうなずいた。



 その夜、また服部から電話があった。

『なあ工藤、昼間の話やけど、別の日じゃダメなんか』

 まだ諦めていなかったらしい。コナンはため息をつく。

「だから、会期があるんだって。お前、テスト前だろ。勉強しろよ」
『オレに足りんのは出席日数だけでテストは余裕や。会期。会期なぁ……でもそったら誰と行くんや』
「……安室さん」
『は? 安室て、下の喫茶店にいるアラサーのフリーターかい』
「そーだよ。お前が、」

 来ないからこんなことになるのだ、と言いかけて口を閉じる。
 服部を誘ったのはたまたまだし、あの場で灰原の名前を出せなかったことに服部は関係ないから、さすがに八つ当たりだ。

『オレがなんや』
「何でもねーよ。まあ、あの人お前が思ってるほどの不審人物じゃないから、大丈夫だって」
『……まあ、ならええってことにしとくけど。何かあったら言えよ?』
「バーカ、言ったところでお前大阪だろ。何が出来るってんだよ」

 むくれたコナンに、服部はなだめるように言う。

『距離は関係あらへん。そう拗ねんな工藤』

 むっとして言い返す。

「誰が拗ねてんだよ。拗ねてねーよ」
『完全に拗ねとるやん。試験終わったら遊びに行ったるから、大人しゅう待っとれ』
「切るぞ、馬鹿」

 通話を終了して、コナンはスマホをにらんだ。

「……誰が拗ねるかっての」

 たかが一回、友だちに誘いを断られたくらいで、拗ねるわけがない。
 ──しかし、気に食わない、と思ってしまったのは事実だ。
 むうっと唇をとがらせる。
 別に、どうしても服部でなければならなかったわけではない。そもそも、彼は第二候補だったのだ。
 断られたのが気に入らない、と言うのはさすがに勝手が過ぎる。過ぎる、が。

(ダチに誘い断られたら、面白くなくって……拗ねてもいいだろ)

 そう思ったが、それが普通なのかどうか、よくわからなかった。



 工藤新一にはこれまで、同性の親しい友人というものが、いたことがなかった。
 父親は著名な作家で母親は元女優。本人のスペックも高く、名探偵ともてはやされている──となると、遠巻きにされるのはある意味仕方ない。
 日頃接するのは年上が多かったし、特に優秀な年上に可愛がられる傾向があった。同級生の中で浮かなかったのは奇跡的で、同級生たちの大らか性格もあっただろうし、そもそも、蘭と一緒のことが多くて、新一が他を気にしていなかった、というのもある。
 体が小さくなってからは、元太や光彦のような友人が出来たが、どうしたって、年下の子どもに対する保護者的な気持ちは抜けない。
 対等で、気安く付き合える、同世代で同性の友人は、完全に服部が初めてと言える。

(普通って、どういう感じで接するもんなんだ?)

 参考にと、元太と光彦を観察してみたが、この二人はこの二人で、一対一の付き合いよりも、少年探偵団の、もっと大勢での付き合いに主軸が置かれていて、参考になる感じではなかった。
 では、と蘭と園子を改めて観察してみたが、やはり女性と男性では付き合い方が違う気がする。

(仲いい男性コンビっていうと……長野県警の大和警部と諸伏警部かとか?)

 でも、それとなく話を聞こうにも、気軽に行ける距離ではない。

「……何か難しい顔してるけど、どうかしたの?」

 問われて、顔をあげる。
 もやもやしたまま数日を過ごし、今日は土曜日。
 コナンは安室と、約束したホームズ展に来ていた。
 安室は何か参考になるか……とほんの一瞬だけ考えてみたが、赤井といがみ合っている様子しか思い浮かばなかった。却下だ。
 無論、安室にだってコナンの知らない知り合いはいて、仲の良い友人だって、いるのかもしれない。でも、それを気軽に聞ける仲ではないし、教えてももらえないだろう。
 考えてみれば、そんな相手と二人でお出かけなんて、おかしな話だった。

「んー、別に。何でもないよ」
「何でもないって感じじゃないみたいだけど。ホームズ、好きなんだよね? 内容、期待外れだった?」
「そんなことないよ。昔見たドラマの映像とか、これだったんだーって懐かしかったし」
「……へえ、昔見た、ね」
「ア、ハハ! 再放送だけどねー」

 しまった、とごまかす。この人相手だとこういうところが面倒だ。

「集中出来ないなら、もう帰るかい? 気分が悪いなら、無理しないように」

 少し心配そうに、眉を寄せてそう言う安室を見上げ、コナンは首を振った。

「大丈夫だから、ちゃんと見てく」

 大好きなホームズの展覧会だ。これだけの規模で一度にホームズ関連のものを見られる機会はそう滅多にないから、ちゃんと見たい。
 気持ちを切り替えて展示と向き合う。
 初版本や、普段イギリスでないと見られない資料が山ほどあって、集中するとどんどん時間が過ぎていった。
 じぃっと英文の資料に見入っていると、安室の視線を感じたので、わざとらしく猫をかぶる。

「ねえ安室さん、これ何て書いてあるの? 英語だからボク読めないんだけど……」
「コナンくん、英語読めないの?」
「アルファベットがわかるくらいだよ。小学一年生だもん」
「そう。まあいいけどね。──これはね」

 安室は、展示が見やすいようにコナンを抱っこすると、すらすらと英文を訳してくれた。
 適当なことを言ってごまかすようならどうしてやろうかと思ったが、まともに翻訳してくれている。
 
「──って感じかな」
「わかった。ありがとう!」
「どういたしまして。次のも読もうか?」
「それは嬉しいんだけど……ずっとついててもらうの悪いから、安室さん見たいのあるなら自分のペースで見て回っていいよ?」
「気にしなくていいよ。十分楽しんでるから」
「……ほんとにそれでいいの? 安室さん、ホームズが好きって、ほんと? おじさんに言われたから無理に付き合ってくれてるんじゃない?」
「そんなことないよ」

 安室は笑顔でさらりと答える。どうも素直に信じられない。

「……安室さんは、ホームズだと何が一番好き?」

 どの話が好きか、という意図の質問だったが、予想外の方向から回答が来た。 

「犬のアニメがあるの知ってる? コナンくんは知らないかな。……僕が見てたのも再放送だったのかな? あれが好きで、よく見てたよ」

 その回答に、拍子抜けして目を瞬かせる。
 邪道な回答である。そもそも、あの犬のアニメはほとんどオリジナルストーリーで、推理要素も薄い。
 ──良く知らなくてごまかしているのか、それとも素なのか。
 どちらかはわからないが、この人の口から擬人化した犬のアニメの話が出てくるのはちょっと面白い。笑って答える。

「ボクもそれ、見たことあるよ。面白いよね」
「だろ」
「安室さん、アニメとか見るんだ」
「そりゃあ、僕にも普通に子ども時代があったからね」
「安室さんの子ども時代……」

 うまく想像ができない。

「どんな子どもだったの?」

 まともな答えは返って来ないことを半ば予想しつつ、たずねる。安室は苦笑した。

「君と違って、ごく普通の子どもだったよ。ちょっと泣き虫な、ね」
「泣き虫? 安室さんが?」
「そう。よく喧嘩して、喧嘩して怪我しては泣いてた」

 言ってから、安室はふっと口を閉ざした。話し過ぎた、と思ったのだろう。
 前に安室は、ふと漏らした子ども時代のあだ名から、コナンと赤井に正体をつきとめられている。そのことを思い出したのか、わずかにしかめられた顔を見上げ、何でもない風に口を開く。

「ふうん。結構ヤンチャだったんだね」
「君ほどじゃないと思うな」
「ボクは友だちと喧嘩とかしないよ」
「喧嘩なんか目じゃないくらい危ないことに首を突っ込んでるじゃないか」
「──ゼロの兄ちゃん、次読んで!」

 全く否定できなかったので、視線をそらして展示に目をやり、襟元を引っ張って催促する。 

「はいはい」

 安室は苦笑いすると、次に展示されている英字の雑誌に目を落とした。
 その雑誌は、タイミングよくアーサー・コナン・ドイルの子ども時代についてのものだった。
 安室の声を聞きながら、頭の隅で考える。

 ──泣き虫な安室。よく喧嘩をする安室。

 後者については想像がつくが、泣き虫だった、というのは、意外だ。
 安室らしくない──が、よく考えれば、「らしくない」ときっぱり言えるほど、この男を知っているわけではなかった。むしろ、知っているのは表の一部分だけで、あとは知らないことだらけ。
 安室がコナンに見せているのは、言ってしまえばビジネスの顔であって、プライベートは全然違ったとしても、おかしくない。
 少しだけ、それを寂しく感じて、首を振る。
 知り合って一年にも満たない相手のことなんて、わからなくて当然だ。
 でも、それを言ったら、この姿になって知り合った人たち全員、そうなのだ。
 服部も、赤井も、灰原も。光彦たちも。
 元の姿に戻ったとして。彼らとの付き合いは、どうなるだろう。
 服部や灰原──正体を知っている二人とは、付き合いは変わらないだろう。でも、赤井や光彦たちはどうだろうか。そして、この男は。
 プライベートを知れるような関係に、なれるだろうか。
 ──本当のこの人は、本当の自分を、工藤新一を、受け入れてくれるだろうか。
 そんなことをふと考えてしまって、眉を寄せる。
 自分が「特別な子ども」に見えていることは、知っている。先程も安室は、子どもの頃の自分を、「君と違って」ごく普通の子だった、と言った。
 仕方ない。高校生の経験値と頭脳を持った小学生なんて、特別に見えるに決まっている。
 でも、高校生に戻ったらどうだろう。
 高校生だとしても、いや、大人の中に交じったとしても、自分が普通の人より優秀だということは、わかっている。けれど、さすがに今ほどの特別感は、なくなるだろう。
 別に、特別な存在でありたい、ということではない。
 体が縮む前の自分は、特別でありたいとか、そういうことを考える以前に、自分を当たり前に特別だと思って、言ってしまえば、調子に乗っていた。
 その結果がこれで──そして、月影島でのとりかえしのつかない過ちだ。
 それらを経験したいまは、もう以前のようには振る舞えない。自分を特別な存在だとも思えない。
 でも、それはコナンの、新一の内面での話であって、他者から失望されるのは嫌だと思うのは、また別の話だ。
 ──そう、自分は失望されるのが怖いのだ。
 本当の自分を、工藤新一を否定されることが。
 無性に、服部に「工藤」と呼んで欲しい気持ちになった。
 最初からずっと、工藤新一を特別扱いせずに、ライバルとして対等に接してくれた自称親友に。
 安室がコナンを見た。

「コナンくん、聞いてる?」
「き、聞いてるよ! ドイルは子どもの頃、色々苦労してたんでしょ」

 パッと雑誌の隣に置いてある日本語の展示キャプションに目をやって、答える。そもそも、既に知っている話でもあった。

「そうだよ。──英語の展示はここで終わりだね」

 安室はあっさりコナンを下ろしてくれた。
 次の展示は主にいま日本で手に入るホームズの書籍をまとめたコーナーで、そこが最後だった。
 本は、だいたい持っている。
 ざっくり見て回ると、展示は終了した。

「満足したなら、お土産買って帰ろうか」

 出口からすぐのところにあるグッズ売り場を指さした安室に頷いて、コナンは手を引かれるままにそちらに向かう。

(──土産か……)

 丁度思い出したし、声をかけたこともあるし、世話にも、なっているし。服部に何か買っていってやろうか、と思いつく。
 といっても小学生のお小遣いだ。買えるものはたかが知れている。キーホルダーか、しおりかだ。
 光彦たちは、下手に土産を渡すと誘わなかったことをなじられそうだから無しとして、あとは小五郎と蘭に何か買うくらいだろう。
 安室は、売り場を見て回るコナンについてくる。

「安室さんは、お土産買わないの?」
「うーん、渡す相手がいないからね……」
「梓姉ちゃんとか、マスターは?」
「そうだね。ああ……でもマスターは、ホームズグッズ喜ぶかな」
「……あー、確かに」

 店の名前を「ポアロ」にしているくらいだ。マスターはクリスティ派だろう。

「渡さない方が無難かもしれないな」
「そうだね」

 となると、自動的に梓への土産も無しだろう。
 そこまで考えて、ふと気づく。あまりミステリーに興味がない小五郎や蘭はまあいいとして、服部は確かエラリー・クイーン派のはずだ。
 一度手にしたキーホルダーを、どうしようかと見つめる。
 本当に今更の、話だが。誘えば来るだろうと根拠もなく思っていたけれど、服部は別にホームズ好きではない。呼びつけた上に興味のないものに付き合わせるのは、ちょっと勝手だったかもしれない。

(興味ねーもん見ても、楽しくないよな……)

 安室が身をかがめ、コナンをのぞき込む。

「キーホルダー、買わないの?」
「……どうしようかなって。ボクは興味あるけど……無いかもしれないし」
「──服部くん?」
「え」

 びっくりして顔をあげる。
 安室は視線を受けてニヤリと笑うと、「初歩的なことだよ」と澄まして言った。

「コナンくんがお土産を買おうと思う相手は誰か。──まず考えられるのは、歩美ちゃんたちだ。でも、彼らは少年探偵団なんて結成してるくらいだし、探偵グッズに興味がないことはないだろう。それに、君が手にしたキーホルダーはひとつ。彼らのお土産には、数が足りない。では、毛利先生か蘭さんか? 二人は確かに、ホームズには興味はなさそうだ。でも、君がマスターの話をした後に、相手はホームズに興味がないかもしれないと懸念を抱いたことから考えると、相手はミステリーに全然興味がない人ではなくて、ミステリー好きで、そしてマスター同様、他にご贔屓がいる人だという可能性が高い。君の周りでミステリーが好きそうな人といえば、探偵の服部くんだ。誘ったけど予定が合わなかった、と言っていたしね。──どうかな?」
「──あたり」

 その通りだ。否定してもどうしようもないのでしぶしぶ認めて、口を尖らせる。

「服部くんは誰が贔屓なんだい?」
「平次兄ちゃんは、クイーン派」
「なるほど」
「違う探偵のグッズもらっても、嬉しくないかも。ホームズも嫌いなわけじゃないと思うけど……」

 小さくため息をつくと、安室は少し考えて、コナンの手にしたキーホルダーと同じものを手に取り、はい、とコナンに手渡した。

「……なに?」

 意図がわからずに、右と左にそれぞれ持ったキーホルダーを見、安室を見上げると、安室は苦笑した。

「──お揃い、ってことなら、違うんじゃないかな」
「え?」
「だから、君とお揃い。それなら、服部くんは喜ぶんじゃない?」

 ぱちぱちと、目を瞬かせる。
 喜ぶ──だろうか。
 少し考えてみたが、よくわからない。喜ぶ気もするが、呆れる気もするし、そもそも、自分とお揃いなら喜ぶだろう、という考えもちょっとどうなのだ。
 じっとキーホルダーを見つめるコナンに、安室は苦笑した。

「まだ迷ってるの?」
「だって、よくわかんないんだもん。……お揃いって嬉しい?」
「嬉しくない? 少年探偵団も、持ってるだろ。博士の作ったバッジ。歩美ちゃんたちは、嬉しそうに見せてくれたけど」
「ああ……」

 確かに。ただ、彼らは小学生で、平次は高校生だ。

(高校生にもなって、お揃いってのも、なあ)

 少し恥ずかしいというか、照れるというか。蘭や和葉や園子ならともかく、自分たちには似合わない、というか、そもそも、服部にお土産を買おうという行動が、自分らしくないような気がする。

「難しく考えることはないと思うけどな。そもそも、お土産もらって迷惑ってことはないんじゃない」
「興味ないものでも?」
「そう。だって、君が楽しかった時に、自分のことを思い出してくれたって証拠だろう?」
「……そこまで大した話じゃないけど」
「じゃあ、一緒に行きたかったって気持ち。それでもいいんじゃないかな」
「……別に」

 服部と来たかったわけではない。服部と行動するのは楽だし、便利だし、ミステリーの話で盛り上がれそうだし、一緒に来られたら、すごく楽しそうだと思っただけだし、でも、それはこちらだけかもしれないし。

「今日はずっと、何か気にかけてる様子だったけど、服部くんのことだったか」

 安室は苦笑した。

「断られて残念だったし、もしかしたら興味がないものに誘っちゃったかも──ってとこかな」
「何でわかるの」
「そうだな……一、君がわかりやすいから。二、僕が君のことをよく見てるから。……三、僕も昔、同じようなこと思ったことあるから。──さて、どれだと思う?」

 指折り数え、最後にことりと首を傾げた安室を見つめる。
 最後にあげられた選択肢を、頭の中で繰り返す。

「……残念なのって、ふつう?」

 安室は目を瞬かせた。そして、ふっと笑う。

「普通だよ。──君は面白いことで悩むんだなぁ」

 茶化すでもなく、穏やかな笑みを浮かべる安室の顔を見上げ、キーホルダーを見下ろして、コナンは小さく口を尖らせた。

「……じゃあ、買ってく」

 安室はふきだした。

「何で不本意そうなのかな」

 改めて考えたら照れたからだ。それに、いきなり安室がやわらかく笑ったりするからだ。
 しかしそんなこと口に出来ないので、ぷいっとそっぽを向いて別の土産を見に行く。
 安室はクスクス笑いながらついてきた。

「もー、安室さんも、自分のお土産見たら?」
「買うあてがないって言っただろ」
「自分にとか」
「あまり物は持たない主義なんだよね」

 よく言う。肩をすくめる安室をじとっとにらむ。
 ──でも。潜入捜査官なんて、そういうものなのかもしれない。
 いつか、毛利探偵事務所から自分が消えるように、安室透も、いつかポアロから消える。きっと、何の痕跡も残さずに。
 消えてしまって、もし、本当の自分とこの人に、その先のつながりが出来なかったら。
 そうしたら、二人で駆け引きしたことも、嘘つきと言いあったことも、今日、一緒に出かけたことも。──全て、無かったことになるのだろうか。
 コナンはキーホルダーを握りしめた。

「お会計してくるから、安室さんは出たとこで待ってて!」

 そう言って安室を振り切ると、コナンは会計の列に向かった。



 買い物を終えて建物を出る。折角だから近くの店でお茶をしてから、事務所に戻ることにした。
 犬のアニメなんてあげるくらいだから、ホームズはろくに読んでいないのかと思いきや、展示を振り返ってコナンが話すことに、安室はしっかり反応を返してきた。
 わかってるじゃん、と嬉しくなってついつい、話し過ぎてしまう。
 夢中になると周りが見えなくなるのは、悪い癖だ。すっかり夕方近くになって、慌てて速足で戻ることになった。

「今日はありがとう。こんな時間まで付き合ってもらっちゃって」
「いや、こちらこそ」

 安室は、事務所の建物の前までコナンを送り届けると、じゃあね、と手をあげた。

「寄ってかないの? おじさん、きっとお礼言いたいと思うけど」
「お礼を言われるようなことはしてないさ。僕も楽しんだからね」
「……ほんとに?」
「本当だよ」

 安室は笑って、時計を見ると、じゃあ先生によろしく、ときびすを返した。

「──ちょっと待って!」

 慌てて呼び止め、お土産の袋から、一つ取り出して、押し付ける。

「はい、これ!」

 反射で受け取った後で、安室は目を丸くして小さなビニールの袋を見つめた。

「……これは?」
「安室さんに。今日のお礼」

 安室は、なんとも言えない変な顔をした。

「お土産、とかじゃなくて、お礼だから。しおり一枚くらいならいいでしょ」

 安室は無言で袋のシールをはがすと、中からしおりを引っぱり出した。
 シンプルな、どこでも買えるようなしおり。
 わざわざ、今回のホームズ展の特製しおりではなく、いつでも買える、全国どこにでも売っているような、かろうじてホームズっぽいモチーフが入っている程度のしおりにした。
 これなら、まだ受け取ってもらえるかもしれないと思って。
 まだ無言のままの安室に、言葉を重ねる。

「ボクも同じの買ったから、お揃い。安室さんは、お揃い嬉しいんでしょ」

 もう一つ、薄い袋を取り出して見せると、安室はますます、変な顔をした。ようやく、口を開く。

「……君とお揃い?」
「そうだよ。嬉しいんでしょ」
「嬉しいかなぁ」

 失礼な男だ。キーホルダーが入った袋で、ぺしっと安室の足を叩く。

「お揃いなら嬉しいって、言ったの安室さんだろ!」
「それは服部くんのことであって……いや、まあ、うん、嬉し……くないわけではないけど」
「随分不本意そうだね」
「だってね」

 安室はようやく調子を取り戻して、肩をすくめた。

「服部くん相手だと、好みじゃないかも、とか、お揃いは嬉しくないかも、とかあれだけ悩んでたのに。僕には気にせず渡してくるんだなぁと思って」
「安室さんは、ホームズ嫌いじゃないし、お揃い嬉しいって、言ったじゃん。それに、しおり一枚くらい、邪魔にはならないでしょ」
「まあ、そうだけど。……どういう風の吹きまわしなのかな」
「だから、お礼だってば」
「お揃いの?」
「そうだよ」
「お揃いね……」

 何が気になるのか繰り返す安室に、ため息をつく。

「そうだよ。お礼と……記念。──ボクと安室さんで出かけるなんて、滅多にないし。……次あるかわからないし。だから」

 そう、言うと。安室は目を瞬かせてコナンを見つめた。
 そして、しばらくしおりに目を落とした後、少し間を置いて口を開く。

「──記念。……君が他の男のことで上の空だったデートの記念か」
「はっ!? 何その言い方」
「だってそうだろう? 記念じゃなくて、お詫びの品じゃないの」
「ボーっとしてたのは悪かったけど! お詫びでお揃いはしないでしょ? それに、そりゃちょっとは気にしてたけど……別に平次兄ちゃんのことだけじゃなくて、安室さんのことも考えてたよ。小さい頃の、ボクの知らない安室さん、どんなだったのかなとか」

 安室はまた微妙な顔をした。
 余計なことを言った、と思ったが、口に出してしまったものはどうしようもない。自棄気味にまとめる。

「とにかく! それは記念! わかった?」
「…………わかったよ」

 安室はそう言って、またしおりに目を落とした。

「……別に、いらなかったら後で捨ててもいいから」

 そう言うと、安室は苦笑する。

「そんなことしないよ。──それに、これきりなんて言わないで、遊びに行くのに車出すくらい、いつでもする」
「その時は、どうせおじさんとか、みんなも一緒じゃん」
「デートをご所望なら、いつでも予定を空けるよ。懸念事項は全て片付けて、コナンくんだけに集中すると誓おう」
「……ねえ、もしかして安室さん、今日結構楽しみにしてたの?」

 たずねると、安室はパッと気まずげな、嫌そうな顔をした。

「……そこまでじゃない」
「ふーん。あっそう」

 しばらく見つめ合い……というより軽くにらみ合って。
 同時に、ため息をつく。
 安室は、どこか慎重に見える手つきでしおりの袋を胸ポケットにしまった。

「……じゃあ、おやすみ。コナンくん」
「うん、またね、安室さん」

 そう言って手を振り、見えなくなるまで安室の背中を見送ると、コナンは毛利家に続く階段を上って行った。



 その夜、夕飯を食べ終わったタイミングで、スマホに着信があった。
 服部だ。
 台所で片付けをする蘭と、居間で赤い顔でいびきをかく小五郎を確認して、寝室に入り通話ボタンをタップする。

『──おう工藤!』

 服部はいつでも元気いっぱいだ。

「なんだよ、こんな時間に。テストは無事終わったのか?」
『バッチリや。いや、何ってお前、今日あの兄ちゃんと出かける日やったろ。大丈夫やったか?』
「あー……」

 今日考えたあれこれを思い返して少し顔をしかめる。
 寝室が蒸すような気がして、窓を開けた。涼しい風が吹き込む。

「別に、普通。何もなかった」
『……ホームズ展は? 楽しかったか?』
「おう」

 頷くと、服部は「さよか」と言って、一拍置いて続けた。

『──調べたんや。ホームズ展、東京の次は大阪に巡回するみたいやないか』
「あ? そうなのか?」
『よう見とけ。来月から大阪! そん次福岡や! ほんま、何でもかんでも東京が最初っちゅうのは納得いかんで』
「はいはい。で? それがどうしたよ」
『せやから! 来月、大阪に遊びに来い。そったら、一緒に行けるやろ』

 コナンはぽかんとする。

「……はあ? オレ、今日もう行ったんだけど」
『楽しかったんなら、もっぺん見てもええやろ。展示替えとかあるかもしれんし。ホームズ展行って、大阪観光するんでどうや』
「……いや、それお前に何のメリットがあるんだよ。お前、ホームズ好きだっけ?」
『普通に好きや。それにお前からの折角のお誘いやったし、ついでに大阪観光出来るっちゅうことなら、ウィンウィンやろ』
「何がwin-Winなんだよ」

 思わず苦笑する。

『駄目か? 来月なら夏休み入っとるやろ』

 なあなあなあなあ、と電話の向こうでうるさい服部をいったん放って置いておいて、頭の中でスケジュール帳をめくる。

「──多分、大丈夫だと思うけど。蘭にも聞かねーと」

 答えると、服部はよっしゃ、と声をあげた。

『そっちは和葉に連絡させとく!』
「おう」

 確かに、その方が話が早いだろう。
 そういえば、と部屋の隅に置いた土産を思い出す。

「──今日さ、ホームズ展行って、お前に土産買ったんだよ。大阪行くなら無駄になったな」
『は? 土産?』
「そう。ホームズのキーホルダー。なんと、オレとお揃いだ」
『なんじゃそら』

 服部はケラケラと笑った。つられて笑う。

「だろ。やっぱちょっとどうかしてたな。蘭にでもやるかな」

 すると。服部は笑うのをやめて、「はあ?」と抗議の声をあげた。

『待て、待て。いらんなんてひとっことも言っとらんやろ! それはオレのや。何で姉ちゃんにあげるっちゅう話になんねん』
「あ? ……いるか? 大阪で買えばいいだろ」
『アホか! お前がオレに買ったんなら、それはオレのや。いるから絶対、絶対、持ってこいよ? ──あ、待て、取りに行くか』
「馬鹿か。こっちが大阪行くって話してただろうが。お前が来てどーすんだよ」
『せやかて、捨てられたらかなわん』

 悪態の一つでも返したかったが、言葉が出なくて、もごもご口ごもる。
 服部の好意は開けっ広げでまっすぐなので、たまに困る。ただ、いらないと一蹴されなかったことには、正直、ホッとしてしまった。
 自分だったら、照れて「いらねーよ」と素っ気なく答えたかもしれない。
 こいつのこういうところは本当にすごいよな、と思いながら、ぼそぼそと答える。

「捨てねえし他にもやらねえし……持ってくよ。覚えてたらな」
『ぜーったい、絶対、忘れんなよ。あ、ほら、いまから旅行カバンに入れとけ。いますぐに!』
「はいはい」
『いますぐや!』
「わーったっつの」

 笑って、素直にキーホルダーの入った小さなビニール袋を、旅行用に持ち歩くカバンに入れる。

「入れた入れた」
『そんで、お前のキーホルダーも、ちゃんとそのカバンにつけとけ』
「は? やだよ!」
『何でや、折角お揃いなのにお前が持っとらんかったら意味ないやん』
「……恥ずかしいだろ」

 むすっと返すと、服部は一拍置いて笑った。

『なんやお前、可愛いやっちゃな』
「はああ? ……いい年して、恥ずかしいとか思わねーのかよ」
『思わん。仲良しやっちゅうことやし』
「仲良くねーし」

 反射でそう返してしまう。あ、と思って取り消す前に、服部が元気よくツッコミを返してきた。

『何でやねん! めっちゃええやろ!』

 ──力が抜ける。

「……お前って、本当にすごい奴だよな」
『あん? 急になんや。褒めてもごまかされへんで』
「はいはい。──そうだね、ボクたち、とーっても仲良しだよね、平次兄ちゃん!」

 わざとらしいコナンボイスで言うと、平次は呆れた声で言う。

『……お前は面倒なやっちゃな』
「うっせ」

 こういう性分なのだ。

 もう一人、今日別れ際に面倒臭いやりとりをした、面倒臭くて、素直ではない男を思い出す。
 ──もしも、自分が服部だったら。
 安室とこの先も付き合いが続くことを、簡単に想像することができるだろうか。
 服部なら、相手の秘密に気づいていないふりをして付き合うなんて面倒なこと、しないだろう。きっとまっすぐに指摘して、助力を申し出る。
 そうしたら、自分が服部に心を開いているように、安室も、心を開くだろうか。
 胸の奥に、チリッと不快感をおぼえて、首を振る。
 自分と服部では、状況が違う。単純に比較なんて、出来るわけがない。だから、そんなもしもに、意味なんてない。
 ──それに。

『ウソつき』
『君にいわれたくないさ』

 以前交わした言葉を思い出す。
 隠し事も何もなく、真っ直ぐに付き合えたらと、思う気持ちが無いわけではないが、それよりも、いまはこの、面倒臭い関係でいいじゃないかと、思うのだ。きっと、安室もそうだろう。──そう思っていればいいなと、思う。
 そして、「いま」の先に続いたその時に、変えていけたなら。
 ──安室は、どうだろうか。
 厄介な相手だけど、面倒で素直ではないやりとりが、嫌いではなくて。時折こちらを頼るような行動をするのが、少しばかり嬉しくて。嘘の裏に隠した本当に、失望されるのが、怖くて。
 そんな気持ちを、あの男も、嘘の裏に、笑顔の裏に、今日見せた変な顔の裏に、持っているだろうか。

「なあ、服部」
『なんや?』
「お前、誰かに失望されたら……っていうか、期待外れだなーって思われたらどうする?」
『はぁ?』

 服部は少し不機嫌そうな声をあげたが、すぐにキッパリと言った。

『相手に認めて欲しいなら、認めさすだけやろ』
「だよな……」
『当たり前やろ。ちゅうか、他にないやろ。──はーん? 今まで人から失望されたことなんてありませーんってか? さすがは工藤やな』
「うるさいな。その通りだよ」
『けっ。……にしても、誰やそいつ。お前に失望するとか、単純に見る目ないんとちゃうか』

 思わずふきだしてしまう。

「あのさあ。お前のそーゆーとこも、オレを付け上がらせるんだからな」
『そんでも、事実やろ』

 服部はきっぱりと言った。

「……もしオレが、お前を失望させるようなことしたら?」
『どついて目ぇ覚まさせたる。親友やからな』

 服部の答えは明快で、力強かった。

「──服部」
『何や』

 ぎゅっと、キーホルダーとしおりの入った袋を握りしめる。
 この姿になって、たくさんの人と知り合った。服部と知り合い、光彦や元太や歩美と友達になった。灰原と出会って、ジョディたちや赤井や……安室と、出会った。
 状況も条件も違うけれど。でも、服部との付き合いがこれからも続くなら、他の人たちとだってそれが出来るはずだ。服部の声を聞いていたら、そう思えた。

『おい、工藤。……おーい。聞いとんのか、工藤。オイ』
「──うん」
『……てか、何やねん今日は。土産買うたとか、らしくないことしよるし何があったん』
「別に。土産は……ほら、お前にはこれからかなり迷惑かけると思うから……迷惑料?」
『オイ、キーホルダー一個でどんだけこき使うつもりやねん』

 服部が呆れたようにつっこむ。
 ふきだすと、電話の向こうで、服部がため息をついた。

「服部」
『だから、何やねん』
「ホームズ展さ、お前と見るの楽しみにしてたんだよ。だから大阪、すっげー楽しみにしてる」
『────は?』

 ぽかん、と口を開けた顔が目に浮かぶようだ。コナンは笑った。

「そういうことだから。じゃあな!」
『ちょ、オイ! 待て工藤お前なんか変なもん拾い食いしたんじゃ──』

 失礼なことをわめいているのが聞こえた気がするが、無視して通話を切る。
 かなり恥ずかしいことを言った、が、たまにはいいだろう。
 キーホルダーを旅行カバンにつけて、しおりを取り出す。
 大阪に行く前に、安室とまた出かけよう。──二人で。今日の埋め合わせだ。
 二人で出かけることなんて二度とないかも、なんて考えてないで、機会は何度でも、作ればいい。そうしたら、嘘が消えても、残る何かが出来るだろう。

(ボクとデートしよ? って誘ったら、また変な顔をするかな)

 そんなことを考えながら、コナンはお気に入りのホームズにしおりを挟んだ。