彼方へとどけ
まだ午前も早い時間の入院病棟は、整然と動く看護師たちの姿ばかりで、見舞客は少なかった。
人の気配は多いのに不気味なほど静かで、視界に入る色は清潔な白ばかり。
病院という場所の独特な雰囲気には、いつ訪れても慣れない。
沖矢昴は少し足を速めて、目的の部屋にたどり着いた。
病院内でも特別な患者しか使われない個室の入口には、一日限りの検査入院だったからか、患者の名札はかかっていなかった。
ドアは開いている。開いたドアを形だけノックすると、すでに支度を終えていたコナンが振り返った。
こちらの顔を見て、まるで知っていたかのように笑う。
「昴さん、おはよう。わざわざごめんね」
「いえ。準備はもう出来ているようですね。──蘭さんですか?」
今日は、少年の退院日だ。本来、迎えに来るのは保護者の毛利のはずで、彼もそう聞いていたはずだった。そこに沖矢がやって来たのに、驚いた様子がない。
無論、迎えに来る人間が変わるなら事前連絡があって然るべきだが、少年がいまスマートフォンを持っていないことを、沖矢は知っていた。事件後、少し調子が悪いと修理に出されたそれを、阿笠から預かって持っているのは他ならぬ自分だからだ。
蘭もそのことは把握していたのだろうか。ならば、病院に電話をかけて伝言でもしたかもしれない。
そんなことを考え、スマホを返却しながら問えば、コナンは「まあね」と答えた。
「お迎えが昴さんに変わった事情までは、聞いてないんだけど」
「毛利さんは急遽依頼が。蘭さんは部活で急に召集がかかったそうです。阿笠博士は、代理を快く譲って下さいました」
無論、毛利に断りにくい筋からの依頼を入れたのはFBIで、蘭を呼び出したのも、ジョディが潜入中に得た伝手を使ってのことだ。コナンもそれは察しているのか、苦笑して「そう」とうなずいた。
「帰りましょうか。──君は今日工藤邸にお泊まりです」
「はあい。お邪魔します」
コナンは荷物が入ったリュックを背負って、ベッドのそばの小さな冷蔵庫から、ケーキをテイクアウトする時の小さな白い箱を取り出した。
「ん、じゃあ行こうか」
「──それは?」
「ああ、これ。お見舞いにって、もらったんだ」
「そうですか」
それ以上は問わず、ナースステーションで挨拶をして、会計で精算を済ませる。
江戸川コナンの入院に関わる費用はFBI持ちだ。彼の今回の貢献に対するせめてもの礼で、当然の責任だが、毛利家には説明がしにくい。だから少々強引な手を使って、毛利家の二人を遠ざけて沖矢が来たのだ。少年が保険証を持っていないことも、把握している。
そこそこまとまった額の入院費を支払ってコナンの元へ戻れば、コナンは忙しなくスマートフォンを操作していた。おそらく、一晩でかなりの数、連絡が来ていたのだろう。
「お待たせしました」
一段落したところで声をかけると、コナンは顔を上げて、少し申し訳なさそうな顔をした。
「ううん、全然。──ありがとう」
入院費のことを気にしているのだろうが、素知らぬふりをして「大した手間ではありませんよ」と答える。
「行きましょうか」
手を差し出すと、少し間を置いて手が取られる。
その手は小さくて、沖矢は思わず込めた力を、ひとつ息を吐いて緩めた。
車が走り出すと、コナンはシートに背中を預けてふうっとため息をついた。
「大丈夫ですか? 疲れているなら寝てしまってもいいですよ」
「ううん、平気。それより、昨日はありがとう」
昨日。昨日一日で起きたあれこれを思い返すと、ため息が出た。
「──それは、こちらの台詞だろう」
思わず口調が赤井のそれに戻る。コナンは笑って「そんなことないよ」と首を振った。
「仕事、大丈夫? 大変だったんじゃない?」
「いや? 後は日本の警察に任せたからな。関与した人物が人物だから、ジェイムズあたりが報告書は作っているだろうが……ジョディやキャメルも、捜査協力はしているかもしれんな」
赤井が放った一発の弾丸については、おそらくジェイムズが何とかしてくれるはずだ。
──大変なのは自分たちではなくむしろ日本の政府と、警察組織で言えば公安だろう。
何せ、経緯はともあれ自国の人間が起こしたテロによって開催間際のWSGのメイン会場は大破、鳴り物入りで公開された真空超伝導リニアライナーも線路諸共ボロボロときている。どう始末をつけるものか、自国で起きたらと想像すると、ゾッとする。
公安といえば、安室透こと降谷零の所属元だが、潜入捜査中の彼は、今回のことには関与しないだろう。──おそらく。
事件の前に彼の姿を近くで見た気がするが、あの男が沖矢昴を疑って監視しているのはいつものことだ。それとも、十五年前の連続誘拐事件に端を発する今回の件に、FBIが絡むと予測しての行動だったか。それは、終わった今となっては赤井には関係のないことだった。
「アランさんは大丈夫だった?」
「君よりはな」
赤井は包帯を巻いた少年をにらむ。
他人を、それもFBI長官まで務めた経歴のある大人を心配している場合ではないだろう。しかしコナンは、赤井の苛立ちには気づかず、ほっと息を吐いた。
「なら良かった」
何が良いのかととがめる言葉を口にしかけたが、コナンがふと目を伏せたのが見えて、赤井は反射で言葉を飲み込んだ。
「……世良のことだけど」
何かと思えば。
今度は妹の名が出てきて、赤井はため息をついた。
赤井の妹である世良真純は、コナンと共に行動しリニアにも同乗していた。彼女も怪我をしたが、程度は軽いと、今朝秀𠮷から連絡は受けていた。
コナンと同じ病院に入院していた彼女が、コナンより少し朝早く退院手続きをして帰っていくのを、赤井は病院の駐車場で見ていた。
心配はしたが、元気そうだったし、彼女は母親と一緒にいるはずなので任せても大丈夫だろう。
彼女たちとは今回の件で意図せぬ接触があった。しばらくは、これまで以上に気をつけて、距離を置く必要がある。
「彼女は自分で、ボウヤについて行ったんだろう」
「そう、だけど、」
「なら、ボウヤが気にする必要はない」
コナンはうっと言葉に詰まり、しぶしぶうなずいた。
赤井は内心でため息をつく。
もう少し自分のことを大事にして欲しいのに、彼は他人のことばかり考える。それはコナンの美点であり、欠点でもあった。
そもそも。巻き込んだのは赤井たちだと、この少年は思わないのだろうか。たしかに、彼の知人の父親が誘拐されて、毛利小五郎がジョン・ボイドの依頼を受けた時点で、FBIが絡んでいようといまいと、彼は今回の件に首を突っ込んだだろう。しかし、関係者に接近できる彼の立場を利用してFBIが協力を求めていたのは事実だ。──これだって、彼に言わせればお互い様、なのかもしれないけれど。
ふと、脳裏に大破したリニアが浮かんで、赤井は首を振った。
助手席のコナンは黙って、リュックとケーキの箱を抱えて窓の外を見ている。
赤井はそれを横目で見て、無言で車を走らせた。
程なく工藤邸に到着し、赤井は沖矢として毛利家と阿笠に無事退院の連絡を入れると、変装を解いた。
もう今日は出かけるつもりも、来客を受け入れるつもりもない。
戻ってくると、コナンは居間で赤井を待っていた。ケーキの箱がテーブルに置いてあるが、皿もフォークも出ていないので食べた様子ではなかった。
「寝ていてもいいと言っただろう」
声をかけると、コナンは振り返って顔をしかめた。
「大丈夫だってば。心配しすぎだよ。入院だって、する必要なかったくらいなのに。おじさんがうるさくって……」
「心配して当たり前だろう」
少し口調が強くなる。
たじろいだコナンに息を吐き、赤井は少年の隣に座った。
あざが残る細い腕に触れると、湿布と消毒液の臭いがした。
──昨日。
ジョディたちと犯人を確保した後で、赤井はリニアの惨状を知った。コナンと真純、アラン・マッケンジーの無事を聞いた後に見ても、大破したリニアの映像は血の気を引かせるに十分過ぎるものだった。
よくあれで生きていたものだ。死んでいておかしくなかったし、大怪我をして当然の惨状だった。あんな目に遭ったのだ、表向きの怪我の程度がどうであれ、しっかりと検査して安静にする必要があることに間違いはない。
「ひどい振動と衝撃だっただろう。後から影響が出ることもあるんだから甘く見るな」
「……ごめんなさい。でも、検査は異常なしって言われたから、大丈夫だよ」
「周りはそう簡単に安心出来ないのをわかってくれ」
「……はい」
赤井の声に懇願の色がにじんだことに気づいたのか、コナンは素直にうなずいた。
そっと息を吐き、頬に触れると、コナンは少し目を細めたが、そのまま大人しくしている。
顔色が少し悪い。
「──寝不足か?」
「なんか、興奮したのと……目閉じてもぐるぐるしてる気がして。ジェットコースター乗った後みたいな」
「気分は悪くなっていないな? 吐き気は?」
「無いよ。大丈夫」
「無くても、二、三日は大人しくしておくべきだ」
「うん。わかってるよ」
「……本当だろうな」
「いろんな人に言われたから」
コナンは苦笑した。
毛利蘭。毛利小五郎。おそらく隣家の少女もそう言ったはずだ。彼らも肝を冷やしただろう。
こちらを見上げる少年の顔を見下ろす。
包帯が巻かれた頭にそっと触れ。薄い肩と細い腕をなぞる。
少年は少し不思議そうな顔をしながらも大人しくしている。きょとりとこちらを見上げる大きな瞳には警戒の色などまるでなくて、赤井は今更ながら、恐ろしくなった。
この小さな体が、損なわれていたかもしれないこと。
この少年が、こちらに向ける信頼の、その大きさ。
──いざという時にそばで助けることも出来なかったのに。
(いや、それは違う)
赤井は首を振った。
赤井は求められたことを確実に遂行した。
コナンはコナンの成すべきことをし、赤井は赤井の成すべきことをした。それが事実だ。
そういえば、礼を受けただけで、こちらから何も言っていなかった。
「──昨日は、よくやったな、ボウヤ」
そう言うと、コナンは目を細めて笑った。
「うん。赤井さんたちのおかげだよ」
「……それはこちらの台詞だと、さっきも言ったがな」
ほっと、息を吐く。
脳裏に、以前彼と東都水族館で共闘した時のことが浮かぶ。観覧車の暴走を止めた彼に、あの時自分は同じ言葉をかけて、そして、彼はその時も「うん」と答えた。
でも、その顔はくもっていて、赤井はあの後、観覧車を止めたのがコナンのボールだけではなかったことと、観覧車に押しつぶされた小型クレーン車に乗っていたのが公安からNOCリストを盗み出した組織の女だったと知った。コナンたちと交流があったと言う。
コナンの引きの強さに呆れると同時に、そんな短期間交流した女にも心を裂くのかと、若干苛立ちに似た気持ちを覚えた。
この子は、情に篤すぎる。だからこそ、自分のような人間だって懐に入れてしまうのだろうけれど。
東都水族館の一件で不本意ながら共闘する羽目になった安室だってそうだ。現在も組織に潜入中の公安警察官なんて、味方にする利より危険が多い。なのに、彼が安室を警戒していたのは一時で、いまは安室の立場を理解しつつ一定の信頼を置いているように見える。
安室が優秀な男だということは、赤井も承知している。疑われながらも、組織の中でコードネーム持ちの幹部であり続けていることがそれを証明している。赤井の生存にも気づき、彼を退けるのに、コナンと工藤優作の力を借りなければならなかったほどに。
(──彼ならば)
コナンに怪我をさせることは、なかっただろうか。
ふと、そんな考えが浮かんで、赤井は馬鹿馬鹿しいと首を振った。
無意味な仮定だ。
今回の件で、赤井もFBIの仲間も、役割を果たした。共犯者がいることを承知の上でリニアに飛び乗ったコナンは、その時点でもう一人のことを、小さな相棒や毛利に、そしてFBIに任せたのだ。役割分担と、協力。それは自分たちでなければ出来ないことだった。
そもそも、赤井秀一はスナイパーだ。近距離ではなく遠距離からの支援が役割で、持ち場であり、赤井が前線に出ることは、最悪の状況でしかあり得ない。
最前線に出て行きがちなコナンとは、真逆。
それは自分たちの相性が良いということを意味するが、しかし、互いが己のポテンシャルを最大限に活かそうとすれば必然的に距離が離れるということでもあった。
無茶をしがちな彼をすぐそばで支えることも、赤井の実力ならば出来るだろう。けれど、それは最適解ではない。
それは、承知している──けれど。
賢く、強いこの子どもは、小さくて脆くもある。この子どもが自分の手が届かない所で危険な目に遭うことを想像するのは、ひどく嫌な気分だった。
──昨日撃った、一発の弾丸。
赤井はその弾の行方を、彼に託した。長くスナイパーをしていて、そんなことをしたのははじめてだった。
他人に標的を誘導させることは、間々ある。でもそれは、対象を狙撃可能な位置に誘導させるだけのことで、頭を、心臓を、肩を──決めた場所を撃ち抜くのは赤井の意志だ。今回のこととは、根本的に違う。
赤井は今回、リニアの通路中央に立つ人間の心臓を貫く位置に、弾を撃った。
けれど、弾の行方をコナンに託した時点で、赤井は弾がその通りには当たらないことを、知っていた。
江戸川コナンという少年は、警察機関の人間ではなく探偵で、そして、どんな状況であろうと、人の命を奪うことを良しとしない信念を持っている。それに彼は、他人が撃った弾を使って人を殺すなんてこと、絶対にしないだろう。例えそれが、人を殺したことがある人間の撃った弾であろうと、撃った人間がそれを容認していようと──絶対に。
彼は最後まで、赤井に待てるかと聞いたし、後から確認したリニア内の映像でも、弾が届くまでの間に、何とか狙撃以外の手段で犯人を無力化しようとしていた。
最初の奇襲が成功していたら、きっと、赤井の弾は何も貫かずにあの場を通過していただろう。きっと、それがこの少年が望む最善だったに違いない。
でも、共犯者のせいでそれは成らず、切り札は正しく切り札として使われた。──それだって、彼は読んでいたのだろうけれど。
そっと、額に巻かれた包帯に触れる。
こちらを見上げる真っ直ぐな視線に、赤井は目を伏せた。
──そういう、彼の思いを理解しているのに。
赤井は、あの時弾丸が犯人の肩を貫いたことに──自分の撃った弾が彼の切り札として機能したことに、安堵してしまった。
切り札なんて、使われない方が良いのに。それを少年が望んでいたことを、知っているのに。
もしも使われなかったとしても、切り札が──赤井が、不要になることはないと、承知しているのに。
彼に自分の力が必要だったという事実が得られたことを、喜んでしまった。
──まったく、情けないことだ。
額を押さえて、ため息をつく。
「……まだまだだな」
「──え? ……何が? 怪我するなんて、まだまだってこと?」
見当違いのことを言うコナンに苦笑する。
「違う。俺のことだ」
「……は? 赤井さんの何がまだまだなのか、全然わかんねーんだけど」
コナンは顔をしかめる。
赤井は苦笑いして、そっと少年の頬を撫でた。
「──まだまださ」
赤井秀一はFBI捜査官だ。誰一人殺さずに全ての事件を解決しようなんて夢物語だと、知っている。
銃弾が、正確にターゲットを捉えて、撃ち落とすことに意味があると、知っている。
それでも、この少年と共にあるならば、例え自分の撃った弾が何も貫かずに、遥か彼方へ消えていく日が来るとしても、笑ってそれで良いと思えなければならないのだ。
いまの自分にはまだ、その余裕がない。
少年の信頼を得ていると知っているのに、超然としていられないのは、いまだ彼の口から彼の秘密を明かされていないからか。──あるいは、東都水族館でも共闘した男のことが、頭にあるからか。
かつて、組織で組んでいた頃、ライフルのスコープの先、ターゲットのすぐそばの、最前線にいた男。
少年の隣を持ち場に出来る男。
(……無い物ねだり、というのだろうな)
コナンと赤井が持ち場を分けることは、信頼の証だと知っている。それは、いまの安室透が持ち得ていないものだ。
けれど、おそらくそう遠くはないうちに、あの男はそれを手にするだろう。何をしてでも欲しいと思わずにはいられないほどに、この少年の存在は強烈で、眩しい。──そして、コナンが無視できないくらい、あの男が優秀であることも。赤井は承知していた。
ふっと息を吐く。
(──きっと、腹を立てているだろうな)
リニアのことや会場のこと以上に、コナンが検査とはいえ入院するような事態になったことを。きっと、あの男は怒っているだろう。
赤井は、ため息をついて、いままであえて視界に入れないようにしていた、テーブルの上のケーキの箱を手に取った。
「──彼は、何時頃来たんだ?」
たずねると、コナンは目をぱちりと瞬かせ、にっと笑った。
赤井が気づくことくらい承知していただろうに、というよりも、隠そうとしてもいなかったくせに、まるで気づいたことを褒めるような笑みだった。
「夜中、って言っても、病院は消灯早いからね。十時過ぎかな」
「……迎えの件も、彼が?」
「ううん。でも、明日帰ってから食べてって、持ってきたのがそれだったから」
赤井は紙箱を開いた。
中にはショートケーキが一つ。それだけだ。
思わず顔をしかめる。
安室は、退院後食べろと言っておきながら、その時一緒にいるであろう人間に配慮出来ない男ではない。
毛利、あるいは阿笠が迎えに来るならば、この箱の中にケーキは三つ、入っていなくてはならない。
なのに、一つ。
安室はおそらく、赤井の、FBIの動きを察していたのだろう。沖矢昴が迎えに行くことになると知って、あえて、一つだけケーキを差し入れした。
それは、一緒にいるであろう人間には、死んでも差し入れなんかしたくないというメッセージに他ならない。
「……」
しばらくケーキを見つめ。
赤井はおもむろにそれをわしづかむと、目を丸くしたコナンの口にいちごだけ押し込み、そのままかぶりついた。
──甘い。甘いが、美味いケーキだった。
喫茶店で出している、彼の手作りケーキだろうか。
残念ながらコナンではなく大嫌いな自分の胃に入ったがな、と内心で嗤い、二口でケーキを食べてしまう。
指についたクリームを舐め、呆気に取られてこちらを見上げるコナンにニヤリと笑う。
「彼は、ケーキ屋に転職した方がいいんじゃないか? ──今回の件といい、以前のIoTテロの時といい、日本の公安はテロリストに易々と制御系統をジャックされすぎだ。真面目に仕事をしているのか疑問だな」
「……いや、それは公安だけの責任じゃないっていうか……あと、IoTテロのこと言うなら、NAZUはアメリカの組織だよね?」
まったくその通りだったが、赤井は無視して指に残ったクリームを舐めた。コナンはため息をつく。
「もう、お行儀悪いよ! なんなの急に拗ねて……」
「拗ねてるのはボウヤじゃないのか? ケーキが食べたかったなら、俺が買ってやるから機嫌を直してくれないか」
「拗ねてないしケーキは別にいいんだけど……てか赤井さん、変装取っちゃったんだから買い物いけないじゃん」
「変装は、またすればいいだけだ。昼も夜も、食材は買ってあるが、ボウヤがケーキをご所望ならば変装くらい何度でもするさ。出来れば、今日くらい家で大人しくしていて欲しいがな」
額の包帯に触れると、コナンはしばらくじっと赤井を見上げ、やがて諦めたようにため息をついた。
「──家にいるよ。今日は大人しく寝てる」
「そうするといい」
赤井は立ち上がって、キッチンで手を洗い、ケーキの箱をゴミ箱に捨てた。
居間に戻って、ふわ、とあくびをしたコナンを抱き上げる。
「さあ、昼食まで少しでも寝ておけ」
「はあい」
もう色々諦めたのか、コナンは文句を言わずに赤井の首に腕を回す。
寄せられた小さな体から、とくとくと鼓動が伝わってきて、赤井はそっと目を閉じた。
ふっと、笑みがこぼれる。
この子どもの信頼は、恐ろしいけれど──やはりどうしようもなく、心地良かった。
コナンが顔をあげ、首を傾げる。
「なに?」
「いや? ──そうだ、今度安室くんに会ったら、『ケーキ美味かった』と伝えておいてくれ」
コナンが呆れ顔になる。
「仲良くしてよね、ほんと……」
「それはボウヤ次第だな」
顔をしかめて抗議する少年に赤井は笑って、寝室に向かって歩き出した。