居候は見守っている




「あら困ったわ。コナンちゃん何着ても似合う」

 カシャ、と有希子のスマホが軽い音を立てる。

「さすがは私の可愛いむ、遠い親戚の子だわぁ」

 楽し気な有希子の声。コナンは若干飽きたような表情で、その場でぐるりと一周回った。

「じゃあ、もうこれでいい?」
「あらでもコナンちゃん、ハムスターとの合わせ技で攻撃力が上がるのは絶対次のお洋服よ」

 そう言われて、コナンは大人しく白と黒のパーカーを脱いだ。

 本日工藤邸では、動物園に行く時の服を何にするか検討するためのファッションショー、もとい試着会が開催されていた。
 主催は有希子、モデルはコナン、見学は沖矢。ちなみに開催は二回目である。
 有希子は沖矢を振り返った。

「昴ちゃん、いまの服どう思う?」

 沖矢は、黒い耳のついたフード付きパーカーを見て、口を開く。

「パンダをイメージしているんですよね。確かに可愛らしいですが……パンダを見終わってしまえばあまり効果はないかもしれませんね」

 衣服には正直あまり興味関心がないが、十着以上続けて見ていればコメントも慣れる。
 沖矢の意見に、有希子はうなずいた。

「そうよねぇ。パンダは最初だって言うし、あんまり最初に全力投球してもね」

 これは落選かしら、というコメントとともに、服が奥の山に置かれる。
 そこでコナンが、いささか疲れた様子で口をはさんだ。

「でもさ、パンダが一番、距離が遠いじゃん?」
「……距離、ですか?」

 意味がわからず聞いた沖矢に、コナンは真面目な表情でうなずいた。

「そう、ボクと可愛いものの距離。ゾウは柵だけで近いし、ハムスターは直接触れるし、爬虫類もガラス越しだろうけど多分パンダよりは近いでしょ。パンダが一番遠い。距離がある分、アピールは強めにしないと効果ないんじゃない?」

 沖矢は首を傾げた。何を言っているのかサッパリだ。何でもいいから終わりにしたいほど疲れているのかと思っていると、有希子が大きくうなずいた。

「そうね。それも一理あるけれど、コナンちゃん、ここは別の視点で、こうも考えられるんじゃないかしら? ──距離が遠い、人も多い、となると、きっと透くんは抱っこしてくれると思うの」
「! なるほど。可愛いものとの距離が遠い分、オレと安室さんの距離は近くなるってことか」

 コナンの顔にパッとやる気が戻って来る。
 沖矢は沈黙した。二人の会話は、沖矢には全然意味がわからなかった。対象と己の距離がどう、なんて、狙撃の際にしか気にしたことがない男なのである。

「そう。だから、ここは格好よりも、抱っこしてもらった時に効果的な行動を、考えるべきじゃないかしら。せっかくの機会だもの」
「効果的な行動……」
「最前列が取れて抱っこしてもらえないということもあり得るのでは」

 意味はわからなかったが、このまま放置しておくと二人の会話がどんどん不穏な方向へ行きそうだったので、なんとか口をはさむ。
 だいたい、パンダなんて子どもが好きそうな動物のいる場所、子どもが鑑賞するための配慮がされていないとは思えない。

「その時は、抱っこして、って言えばいいじゃない」

 有希子がコナンにもこもこしたパーカーを着せながら言った。袖を通して、パーカーのフードをかぶると、今度のそれは猫だった。
 これが対ハムスター最適装備なのか。捕食していないか。攻撃力とは、対安室ではなく対ハムスターなのか。沖矢は感想を聞かれた時のコメントを考えながら頭の中で突っ込む。
 コナンはふむ、とうなずくと、有希子の袖をちょこんとつまみ、眉を下げながら上目遣いで言った。

「……パンダ見えない。抱っこして?」
「勿論よ!」

 有希子はぎゅうーっとコナンを抱きしめ、そのまま立ち上がるとくるくる回った。

「いいわね、その調子よ。服の袖じゃなくて、指を掴んでみてもいいかもしれないわよ。小指をこう、ちょこっと」
「……こう?」
「バッチリよ! あー、動画で取っておけば良かった……優作にも見せたかったのに」

 すると、コナンがギョッと目を見開いた。

「何でだよ。止めてよ! 写真も、とう、優作おじさんには見せないで!」
「えー、なんで? 優作にも意見を聞きましょうよ」

 有希子はコナンを下ろして、スマホで写真を撮る。

「優作おじさんはこんなの見ても楽しくないよ」
「あら、そんなことはないわよ。見たいに決まってるわ」
「でもさ……」

 そこでコナンはちらりと沖矢を見た。沖矢は首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「え、っと。いや、昴さんも、つまんなくない? 別に見てなくてもいいんだよ」

 沖矢が参加しているのは、有希子に「ファッションショーよ」と引っ張って来られたからなので、合意ではないとコナンは思っているようだ。沖矢は首を振った。

「いえ、楽しいですよ」
「……何が楽しいの」
「いつもの君と雰囲気が違いますし、小さな子の服は色々あるんだなと。──フード付きが多いのは有希子さんの趣味ですか?」
「そうよ。お得じゃない?」
「お得」
「最初は外しておいて、ここぞってところでかぶるのよ。重ね着して、後から一枚脱ぐっていうのもありだけど、荷物になっちゃうし」
「着ていける洋服は一着だもんね。一着でいかに演出するかだ」
「わかってきたじゃない、コナンちゃん。……コナンちゃんがもう少し大きければ、下に少し露出の多い服を着て、上からカッチリした上着を羽織るとか、そういう作戦も取れるんだけど」
「有希子さん」

 思わずとがめるような声が出る。

「大丈夫よ。今回はそういう方向じゃないのわかってるから」

 有希子はコナンのパーカーを脱がせると、今度は少し長めのカーディガンを着せ、何か思い出したように、ふふっと笑った。

「思い出しちゃうわ。私が優作とデートした時のこと。素敵なレストランに連れて行ってもらったのよ。私、気合を入れて、友だちに似合うって言われた背中の開いたノースリーブのドレスを着て行ったの。それで、レストランで上着を脱いだら……優作ってば、『周りの人に見られたくないから上着は羽織ってくれ』って、すっごく慌てた顔で! いっつも澄まして落ち着いた顔してるあの人のあんな顔、初めて見たわ。この人こんな可愛い顔するんだーって、ドキッとしちゃった。私がドキドキさせてやろうと思ってたのにね」

 有希子は思い出すようにうっとりと目を閉じた。コナンは何か言いたげな、少し居心地の悪そうな顔で口をへの字に曲げる。
 確かに、身内のこういう話は照れるだろうが、あまり見ぬ表情がおかしくて思わず笑うと、有希子とコナンの視線がそろって沖矢に向けられた。苦笑して謝罪する。

「すみません。有希子さんと優作さんはいつも仲が良くて、羨ましいなと」
「そうかな。二人ともよくつまらないことで喧嘩してる気がするけど……」
「仲が良いからよ!」

 有希子はむにっとコナンの頬をつねる。

「ホラ、いいから仕上げにこのハンチング被って。──うん、この方向もいいんじゃない? 後ろ姿がちょっとペンギンさんっぽい」
「ペンギンは見ないんだけど」
「それはそれ! これなら一枚脱げるから、下に着るものに何か仕込めるし……あ、露出の多い格好ってことじゃないわよ? これ着てるとちょっとシックでかっこいいけど、脱いだら可愛い、とか」
「なるほど、場所にあわせて脱ぎ着してイメージ変える戦略だね」
「そうよ。……うーん、でも、いつ動物園に行くかにもよるけれど、あえて薄着をしていくのもいいかもしれないわ。夕方寒くなってきたら、透くんに上着を借りるの」
「……それはさすがにサイズが大きすぎるでしょう」

 想像して思わず突っ込むと、有希子はため息をついた。

「そうよねえ。……効くんだけど、オーバーサイズ」

 それは、たいがいの男に効くだろう。藤峰有希子なら尚更だ。
 沖矢は在りし日の優作に思いを馳せる。これは、付き合いたての頃相当振り回されていたに違いない。

「いろいろあるんだな……」

 優作に同情している沖矢の気など知らず、素直な少年は感心して、服の山を見ている。そして一つ一つひっくり返していたが、やがて容量オーバー、という様子で顔を上げた。

「あり過ぎてよくわかんなくなってきた……。安室さんの好みもよくわかんねーし。反応見るって言っても、いっぺん着て見せたやつは二回目効果が薄れるんじゃない?」
「そうねぇ……」

 うーん、とよく似た二人はそろって目を閉じ腕を組む。

「ここは、多数決にしてみる? 私とコナンちゃんと、昴ちゃんと優作で、一番いいって思うものを選ぶの」
「偶数じゃん。割れたらどうすんだよ」
「その時は、コナンちゃんが自分で着たい服を選べばいいんじゃない」
「いやでも、やっぱり奇数の方がいいんじゃないかな……優作おじさんは忙しいと思うし」

 コナンは何やらもごもご言っている。有希子は、それを無視して「えいっ」とスマホをタップした。

「いま優作に写真ぜーんぶ送ったわ」
「はあっ!? 何してんだよ!」

 コナンが有希子に噛みつく。先ほどから嫌がる素振りを見せていたが、どうやら本気で、優作には見られたくなかったらしい。

「送信キャンセルして! まだ見てないかもしれないから」
「ざーんねん。バッチリ休憩中だったみたいよ?」

 有希子がスマホの画面を見せる。既読マークでも付いたのだろう。

「ひどい。止めてって言ったのに……」

 コナンはすっかりへそを曲げてしまう。
 優作の前ではしっかりしているところを見せたがる彼のことだ、年相応に、いやそれ以上に、可愛らしい格好をしているところを見られるのは照れ臭い、というよりも嫌に違いない。沖矢にもそれはなんとなくわかる。
 これはどうしようか、と内心うろたえたが、有希子は気にせずにしれっと言った。

「あら、優作だけ仲間外れは駄目よ。前回着せ替え会の写真も、すごくうらやましそうに見てたんだから」
「そうなんですか?」
「ええ。だって可愛い可愛い一人息子は、小さな頃から反抗期で、ちっとも可愛い格好させてくれなかったんだもの。いまようやく、オシャレに目覚め……た、コナンちゃんがいるんだから。昔息子で見られなかった分も、見たいに決まってるじゃない! ……まあ、ちょーっと、可愛すぎないかって言ってたけど」

 自信満々に言った後で、小声でボソッと付け足す。
 やっぱり、と沖矢はため息をついた。
 優作は優作で、コナンがあんまり可愛い格好をするのは気になるのだろう。離れた場所にいるなら、当然のことだ。まして、この少年はとんだトラブル吸引体質なのである。
 コナンは別方面でショックを受けたようだった。

「可愛い……」

 優作に可愛いと言われたことがショックだったらしい。

「あら、いいじゃない。可愛いって言われたいんでしょ」
「それは安室さんとの勝負の話! とう、優作おじさんに可愛いって思われなくってもいいんだよ!」
「あら、透くんは特別ってこと? 優作が妬いちゃうわねー」
「何言ってんだよ。ああもう!」

 コナンは地団駄を踏む。

「それより、昴ちゃんはどのコーディネートに一票入れる?」

 いきなり矛先がこちらに向いて、沖矢はたじろいだ。
 期待するようにキラキラした目でこちらを見上げる有希子と、何やら裏切り者でも見るような厳しい視線を向けるコナンに、一歩身を引く。
 どう答えてもどちらかの不興を買いそうだ。

「……ええと。私はあまりその手のセンスはないので」
「単純な好みでいいの! ホラ、昴ちゃんと透くんは年も近いし、好みも近いんじゃない?」

 ある特定の件についてはそうかもしれないが、うなずきにくいし、うなずきたくない。
 第一、よくよく考えれば、コナンが安室とデートに行く時に着ていくものの相談に、自分が乗らねばならない理由はないのではないか。
 口ごもる沖矢に、有希子がにじり寄る。

「忘れちゃったなら、最初っから写真見る? ほらこの、フードの耳の位置を確認してるコナンちゃんとかすっごく可愛いと思うんだけど」
「ねえそれコーディネート関係なくない!?」

 その時、ピロン、と有希子のスマホが鳴った。
 優作から返信が来たらしい。有希子とコナンが画面をのぞき込む。

「えーっと、なになに……」

 返信を読んだ有希子の顔が、みるみるしかめっ面になる。対照的に、コナンの顔はパッと明るくなった。
 好奇心に負けて、画面をのぞかせてもらう。
 優作の返信は、こうだ。

『どれもとてもいいと思うが、うちには昔新一が着ていたホームズの衣装があったのではないかな。コナンくんにはそれが一番よく似合うと思う。』

「そうだ、それがあった! さすが優作おじさんわかってる!」

 有希子が悲鳴をあげた。

「ちょっとしん、コナンちゃん! 本気じゃないわよね? 動物園デートなのよ?」
「でも、オレにはあれが一番似合うと思う」
「もう! 昴ちゃん何か言ってやって」
「──コナンくんは優秀な探偵ですし、やはり探偵の格好が一番似合うのでは」

 有希子は裏切られた、という顔をし、コナンは目を輝かせた。先程と真逆である。

「でしょ? あのね、父さんがイギリスで作ってくれたとっておきの一着、なんだって、えっと、新一兄ちゃんが言ってたんだー!」
「それは是非着て見せて欲しいですね」
「取って来る!」

 先程までの拗ねた様子はどこへやら、コナンはあっという間に部屋を出て行った。

「……もう、昴ちゃんの裏切り者」

 有希子ににらまれ、沖矢は苦笑した。

「すみません。でも、これに関しては優作さんの味方をさせていただきます」

 そう言うと、有希子は拗ねたように口をとがらせた。コナンが拗ねた時の顔とそっくりだ。

「二人とも過保護なんだから!」
「優作さんのご心配ももっともかと。あれだけ可愛い上に、有希子さん直伝の猫が加わったら悪い狼を引っかけそうだ」
「もう引っかかってるし、透くんは悪い狼じゃないでしょう?」
「確かに、彼は九十九点までは待てが出来る狼かもしれませんが、何が琴線に触れて百点を超えるかわかりませんからね。第一、ボウヤなら何を着てたって可愛く見えるでしょう」
「わかってないわね、優作も昴ちゃんも」

 有希子はむうっとふくれる。

「自分が可愛いのなんて、先刻承知よ。それでも、相手は鉄の理性の持ち主で、百二十パーセントの力を出さないとグラついた様子を見せてもくれないんだから。気は抜けないの」

 それは、安室のことなのか、優作のことなのか。
 首を傾げる沖矢の隣で、有希子は続ける。

「この前コナンちゃん言ってたの。普段と違う顔が見たいんだって。その気持ち、すっごくよくわかるのよ」

 普段と違う顔。つまり動揺してグラついている顔か。
 ──いい趣味をしている。
 優作も大変だったんだろうな、と沖矢はため息をついた。有希子はこう言うが、沖矢としてはどうしても、優作の方とシンクロしてしまうのである。
 優作のいささか大人げない返信に乗っかって窮地を脱したお礼代わりに、フォローをする。

「……優作さんも、おめかししたコナンくんが他の人と遊びに行くのが面白くないだけではないでしょうか」

 そう言うと、有希子はきょとん、と目を丸くした。
 そしてしばらくして、ふむ、とうなずく。

「──なるほど。それはあるかもしれないわね。……もう、あの二人お互い大好きなのに格好つけて、っていうか、捻くれてるんだから」
「男同士というのはそういうものですよ」
「ふうん?」

 有希子は首を傾げながら、優作に返信を打つ。そして、沖矢を見上げた。

「──でも、優作も、ってことは、昴ちゃんも、なのかしら?」
「さて」

 ごまかすと、有希子はふふっと笑った。

「昴ちゃん、自分とコナンちゃんがお出かけするなら、今日着ていたお洋服の中でどれがいい? ファッションショーに付き合ってくれたお礼に、これから三人で出かけましょ」
「それは、優作さんに恨まれそうですね」
「あら、なら止める?」
「いえ、是非お供させて下さい」

 有希子はにっこりと微笑んだ。

「そう来なくっちゃ! じゃあ、どれがいいか選んでね」

 言われて考える。着せ替えに興味はなかったが、そういう条件ならば話が別だ。
 どれも可愛かったし似合っていたが、最後に着ていた服、というか被っていたハンチングが自分の持っているものと少し似ていた気がする。
 折角だからお揃いでもいいのでは、あれとあれを組み合わせたらいけそうだ、と考えていると、有希子のスマホが鳴った。

「あら。ふむふむ。……優作はこれが好みなのね」

 どうやら、優作にも同じような質問をしたらしい。めげない人だ。

「どうこれ。見て見て!」

 そこに、ミニホームズが戻って来た。部屋で衣装を着てきたらしい。
 無邪気な笑顔だ。日頃の、大人ぶった言動や、逆に、わざとらしく子どもっぽく振る舞っているところと比べると、新鮮だ。
 これも身内の有希子の前だからで、でも、その身内相手に見せる顔をこちらにも向けてくれる程度には、沖矢にも気を許してくれているのかもしれないと思うと、悪い気はしなかった。多分これは、安室は見たことがないコナンの顔だろう。
 沖矢は目を細めた。

「よく似合ってる」

 そう言うと、コナンはボッと顔を赤くした。

「あ、りがとう、ゴザイマス……」
「……?」

 随分と可愛らしい反応だが、何故いまここで照れるのだろう、と首を傾げる沖矢には、自分がいまどんな顔をしていたか自覚はない。

「あら、久しぶりに見るけどやっぱり素敵。ズボン丈が完璧だわ」

 有希子がふむふむとうなずき、まず褒める。

「それもいいわね。──いいけどね、コナンちゃん。ホラ、優作がこれもいいんじゃないって。あと、昴ちゃんも何か意見があるみたいよ?」
「ええ? 嘘だろ」
「コナンちゃーん? 目的を忘れていない?」
「うっ……わかってるけど多数決……」
「ファッションはTPOよ! その衣装はミステリーイベントでデートする時にでも取っておきなさい!」
「その手があったか」

 どの手かと首を傾げつつ、スマホを取り出して、きゃっきゃとじゃれている有希子とコナンの様子を撮影する。
 それを優作に送って、ついでに二人のエスコートをする許可を求めるメッセージを送ると、しばらくして、よろしく頼む、という返事が来た。
 その後に、『二人とも可愛いだろう?』というメッセージが送られてくる。
 苦笑して同意の返信をすると、沖矢は、さてお出かけには何を着てもらおうかと、服の山と向き合った。