立派な猫を着こみたい




 最近、コナンくんが可愛い。
 いや、あの悪魔のような子猫は常日頃から可愛いのだが、ここのところ、可愛さに磨きがかかっている気がする。
 安室は、店の外で梓の飼い猫・大尉と戯れるコナンを見て、眉間にしわを寄せた。

「めっっちゃくちゃ可愛くないですか? 写真撮らせてくれないかな……」

 安室の隣で梓がつぶやく。

「──写真を撮ってどうするんですか」
「待ち受けにします」

 安室は思わずたしなめる。

「梓さん」
「だって! 見て下さいよあの猫と子猫の戯れを!」

 言われて視線を戻すと、コナンは大尉の目の前にしゃがんで、何か熱心に話をしていた。

(……猫と話せるのか、江戸川コナン)

 そんなわけないのだが、例の博士の発明品があれば不可能ではない気がしてくる。

「あの猫ちゃんパーカー、どこで売ってるんだろ。安っぽさがなくて、猫耳パーカーなのに男の子向けのかっこよさもありますよね。可愛いけど。コナンくんによく似合ってる……わかってますよ、あの服を選んだ人は」

 そうだ、あの格好はなんだ。
 安室は、コナンの着ているパーカーを見つめる。柔らかそうな生地のフードには、猫耳が付いている。梓の言う通り、フードを外していれば、小学生の男児が着ていてもおかしくないデザインである。問題は、コナンがご丁寧にフードをかぶっていて、頭の上でひょこひょこと猫の耳が揺れていることであった。
 パーカーのフードなんて飾りのようなもので、よっぽど寒い日でもなければ、いや、それこそ山の中で急に悪天候になって遭難でもしなければ、かぶらずに放っておくものである。今日はポカポカ陽気だ。フードをかぶる必要なんて、どこにもない。

「……なんでフードかぶってるんですかね」
「可愛いからじゃないですか?」

 可愛いから。
 あり得る話だ。あの子は現在、可愛さを磨いているのである。既に十分可愛いくせに、可愛さとあざとさの追求に余念がなく、小動物との合わせ技で更なる加点を稼ごうという向上心の持ち主でもある。
 不安になってくる。
 あんな風に無防備に道で猫と遊んでいたら、危ないのではないか。ほら見ろ、通り過ぎる人がみんな見ている。
 大尉が鳴いて、店の方へ視線を向けた。つられてコナンもこちらを向く。安室と梓が見ていることに気づいたのか、コナンは大尉を抱き上げると、前足を持って、手でも振るようにこちらに向かって揺らした。
 ──可愛い。
 安室はグッと堪えて、なんとかいつもの笑顔を返した。
 しかし。コナンはそれを見ると、不満げに顔をしかめ、ツンとそっぽを向いてしまった。どうやら安室のリアクションがお気に召さなかったらしい。

「……コナンくんて、ほんと猫みたいですね」
「そうですね……」

 気まぐれなところとか、目を離すとすぐどこかに行ってしまうところとか、かと思えば、不意に足元に現れるところとか、そっくりだ。
 また大尉と何か話しはじめたコナンを見て、安室はため息をついて食器洗いに戻った。

「──あ」

 梓の声に、何だと顔を上げると、店の外でコナンが男に話しかけられていた。
 反射でカウンターを出て、そのまま店のドアを開ける。

「ねえ」

 コナンがパッと振り返った。話しかけていた男が、急におどおどと不審な態度になる。
 安室はにっこりと笑顔を作った。

「そろそろお店に戻って。──そちらの方は、何かこの子に御用ですか?」

 すっと目を細めて男を見ると、男は慌てて「いや、道を聞こうと思っただけで」とかなんとか、もごもご言いながら退散した。
 ため息をつく。コナンは安室を見上げた。

「……ありがと、かな? ボク一人でも追い払えたけどね」
「いいからお店に入って。危ないから」
「でもボク、今日お金持ってないし……」
「そういうことを気にしなくていい。ケーキくらいおごってあげるから、こっちにおいで」

 言って、自分の発言に顔をしかめる。
 保護が目的なのに、こちらが変質者のようだ。
 コナンはしかめっ面の安室を見てふきだすと、「はぁい」と言って素直に立ち上がった。

 店内に入ると、コナンはフードを外してしまった。
 ああ、と梓がガッカリした声をあげる。

「え、なに、どうしたの梓姉ちゃん」
「なんでもない……。あ、そうだ安室さんグッジョブです。コナンくん、大丈夫だった?」
「うん、『何してるの?』 って聞かれただけだよ」

 コナンはけろりと答えてカウンター席に座る。梓は、大尉を回収しに行った。

「何にする? ケーキセットでいいかな」
「うん! アイスコーヒーと、ケーキはおまかせで」
「はい」

 とりあえず、アイスコーヒーを出す。梓が戻ってきて、さっそくコナンに話しかける。

「ところで、コナンくん。コナンくんっていつもかわ…カッコイイ服着てるけど、誰が買ってくるの?」
「ん? 親戚のおさがりもあるけど……貰い物が多いかなー」
「貰い物?」
「うん。いろんな人がくれるの」

 ケーキを用意する手が止まる。

「……いろんな人」
「あ、大丈夫危ない人じゃないから。親戚のおばさんとか、近所の人とか……ほら、ボク親と離れて暮らしてるでしょ? だからみんな、困ってるんじゃないかって、お下がりとかくれるんだ。おじさんと蘭姉ちゃんも買ってくれるし」
「あら、貢がれてるのね。着せがいありそうだもんね、コナンくん」
「そうかな……」

 ハハ、と乾いた笑いをこぼすコナンに、安室は顔をしかめた。
 親戚のおばさん。近所の人。──それは、例の高校生探偵の身内のことだろうか。「とか」の中に、他に誰が含まれるかは知らないが、例の屋敷に居候している男が入っているんじゃないだろうなと考えて、指先に力がこもりチョコレートが折れる。
 カウンターの中でのミスに、梓もコナンも気づかず、まだ洋服談義は続く。

「今日のお洋服は? 蘭ちゃんのセレクト?」
「これ? これは、親戚のおばさんが。……どう?」

 コナンはフードをかぶって、にこっと笑う。梓は身を乗り出した。

「可愛い。すっごく似合う。──あのさ、コナンくん。帰りがけにちょっとでいいから、うちの大尉とのツーショット撮らせてもらえないかなぁ」
「え? ボクと、大尉のってこと? ……いいけど」
「やった。ありがとう!」
「その服は、コナンくんの好みなの?」

 口をはさむと、コナンは首を振った。ピコピコと頭の上で猫の耳が揺れる。

「ううん、そういうんじゃないよ」
「じゃあ、親戚の人の好み?」
「……うーん、それもちょっと違うかな……向き不向きっていうか……」

 コナンはことりと首を傾げた。
 向き不向きとは何だ。眉を寄せると、コナンと目が合う。コナンは安室を見上げ、そして何を考えたか、指を曲げ猫の手を作って、顔の横に掲げた。そして一言。

「ニャー」

 安室は笑顔で固まった。
 可愛い、が、何だこれは。

「…………どうしたの」

 コナンはけろっと答える。

「深い意味はないよ」
「……そう」

 深い意味もなく、攻撃をしてこないで欲しい。心臓に悪い。

「こういう格好してるし、折角だからさ。……やっぱ効かないか。──あ、ありがと」

 コナンは、安室がケーキを出すと、ぱっと手を伸ばした。食事をするからか、フードはまた外されてしまう。残念なような、そうするといつものコナンで安心するような、複雑な気分だ。
 コナンは何か考えながら黙々とケーキを半分ほど食べて、そして少しためらいがちに安室を見上げた。

「……あの、さ」
「うん?」
「安室さんって、どういう服が好み?」
「え?」
「あ、自分の服じゃなくって……ボクに、どんな服が似合うと思うかってことなんだけど」
「コナンくんに」

 復唱して、少し恥ずかしそうに、居心地悪げにしている少年を、まじまじと観察する。
 どんな服が似合うか。
 カッチリした格好も、ラフな格好も、両方見たことがあるが、どちらも、というか、この子の場合何を着ても、似合う気がする。今日のようなあざとく可愛い格好は言わずもがな。
 ──かなり難しい質問だ。
 安室はうなった。

「それは……実際色々着てみてもらわないとわからないよ。例えば、コナンくんには青が似合うっていっても、青も物によって色合いや印象が変わるし、服は形で大分見え方が変わるだろう? 体形との相性もある。着てみたら意外にも……ってこともあるし」
「面倒臭……いえ、安室さん、拘りますね」

 梓が若干呆れたように言う。コナンも顔をしかめた。

「着てみないと、って……ファッションショーはもういいよ……」
「え?」
「なんでもない。そういう、真面目な話じゃなくて、かるーい好みの話でいいんだけど。可愛い系とカッコイイ系ならどっちがいい? とか、淡い色とハッキリした色ならどっちがいい? とか」
「……僕の意見を聞いてどうするの」

 たずねると、コナンはあっさり答えた。

「動物園に行く時に着ていく服の、参考にしたくて」

 ──動物園。
 それは、もう何度も約束が立ち消えになっている、コナンと安室のお出かけの話だ。
 コナンはパーカーのフードをつまんで言う。

「何着て行こうか、悩んでて。これも候補の一つだったんだ。でも、これ着てハムスターを見に行ったら、捕食してるみたい見えるって言……あ、いや、見えないかなーって、思って! ハハ」
「アハハ、猫はネズミの天敵だもんね」
「そうそう。食べちゃうぞー、なーんてね。ハムスターが怖がったら可哀想だから、これは無しになったんだ」

 何だその可愛い理由は。いや、その前に、捕食しているように見えると言われた、と言いかけなかったか。誰に言われたのだ。
 そんなことを考えて咄嗟に真顔になる安室をよそに、梓とコナンは会話を続ける。

「候補って、他にはどんなのがあるの?」
「あのね、パンダとか、ペンギンっぽいのとか」
「えー、見たいなー」

 コナンはフォークを置いてスマホを取り出した。

「見る? 写真撮ってもらったから」
「いいの!? 見る見る!」

 梓はカウンターを出てコナンの隣に座り、スマホをのぞき込んだ。
 安室も上からのぞこうとしたが、気づいたコナンに遮られる。

「安室さんは駄目」

 キッパリと言われ、少しムッとする。

「なんで」
「だって、動物園行く時の服を選んでるんだよ? これはまだ候補で、この中から選ぶんだもん。いま見たら、当日効果半減じゃん」

 効果。効果とは何だ。やっぱりこの子は、安室を己の可愛さで攻撃して、またあの日のように打ちのめそうとしているらしい。なんて怖ろしい子だろう。
 事情を知っているようで全くわかっていない梓が、うんうんとうなずく。

「なるほど。それなら、安室さんは見ちゃ駄目だね」
「ね」
「でも、見ないとどれが好みとか、わからないだろう」
「だいたいの方向性だけ言ってくれればいいの! 参考にするから。具体例を見る必要はないでしょ」

 そう言って、安室の位置からは見えないように角度を調整して、梓と写真を見始める。
 ──仲間外れだ。寂しい。これはいじめではないだろうか。

「あ、これ可愛い。私はこれ好きだなー」
「ほんと? じゃあこれチェックつけとこう」
「……あ、これは、安室さんの好みな気がする」
「え。ほんと? ……へぇー……安室さんこういうのが好きなんだ」
「多分ね。安室さんは案外、こういうベタなのが好きだと思う。こっちの、これとかも」
「うんうん」

 二人は安室を放置して盛り上がっている。
 何を勝手なことを言っているのだろう。安室の好みとか言っているが、それは一体どんな服なのか。気になる。

「わ、まだあるの? ……すごい数だねぇ」
「大変だったんだよ、着るの」
「これだけの服、準備するのも大変だと思うよー。……あ」
「あ」

 二人の手が止まり、コナンがパッとスマホを伏せる。

「え、待って待ってもう一回見せて。双子コーデ? ていうか、これだと親子コーデかな? お揃い可愛い!」
「え、へへ。ちょっとね」

 ──お揃い。
 安室は目を細めた。バチリ、とコナンと目が合う。その瞬間、気まずげに目をそらされ、安室はますます顔をしかめた。
 コナンが安室の目を意識して、隠そうとする人間。親子ほどに年が離れて見える人間。着せ替え会の現場に居合わせる可能性のある人間。ちなみに、コナンは先日、親戚のお家に泊まりに行く、と毛利家を不在にしていた。

(──なるほど)

 コナンがうかがうように、そろりと、こちらを見る。目が合って、安室はにっこりと微笑んだ。コナンがひくっと頬を引きつらせる。

「──コナンくん」
「はい」
「服だけど。今度僕と買いに行こう」
「……はい?」

 コナンはきょとん、とした。安室は繰り返す。

「だから、動物園に着ていく服。僕が上から下まで選んで買ってあげる」
「え。え? なんで?」

 コナンは困惑して、助けを求めるように梓を見たが、梓は腕を組んで「ギリギリセーフかな。アウトかな」とつぶやいてる。梓に助けを求めるのを諦めて、コナンは安室を見上げた。

「いや、いいよそんな……服なら、いっぱいあるし」
「誰に貰ったかわからない服だろ」
「……えっと。服は主にはおばさんが買ってくれるから、大丈夫っていうか」
「でも、誰かさんが既に見た服だろ」

 コナンは顔をしかめた。

「──でも安室さん、喫茶店のアルバイトって、いっぱいお給料もらってるの? ボクに使って大丈夫?」

 知っているくせに、白々しいことを言う。
 梓の「ほんとだ、大丈夫かな」という視線がバシバシと刺さる。これは放っておくと「マスターと私でカンパしますよ!」とか言い出しかねないやつだ。面倒臭いことになる前に、キッパリはっきりと言っておく。

「お金はあるから、買わせて。むしろ、使わせて欲しい」

 先程から随所でチラつく気に食わない男の影に腹が立っての提案ではあるが、お金が余っているのは、事実である。車にしか使うところがないので、たまっていく一方なのだ。「いまのはアウトですかね」と梓がコメントした。
 確かに、微妙な発言だった。安室は咳払いして、ひとつ深呼吸した後で続ける。

「……とにかく、どうせなら僕が選んだ服を、着て欲しい」
「でも……安室さんに服買ってもらうなんて、おじさんが怒るんじゃないかな」
「確かにね。でも、僕が何度も約束を破ってるから、先生、そのことに少し怒ってるだろう? だからこれくらいのお詫び、して当然だって思ってくれるんじゃないかな。君に対して申し訳なく思ってるのも本当だ。──お詫びさせてよ。……駄目かな」

 眉を下げて見せると、コナンはうっと言葉に詰まった。コナンが自分の困ったようなお願い顔に弱いのは先刻承知。その上、こちらに借りがあるのも事実だ。隙を逃さず畳みかける。

「僕たち、普段ここでしか会わないだろう? プライベートで……コナンくんと一緒に買い物に行ったら、きっと楽しいと思うんだ。……そう思うのは、僕だけかもしれないけど」
「そ、んなことはないけど」

 コナンの表情がくるくると変わる。確かに普段と違うことをするのも楽しそう、潜入捜査官のプライベートも気になる、でもやっぱり悪いし、何か企んでいるのかもしれない、とか考えている顔だ。
 もう一押しだ。
 コナンの興味を引きそうなこと。──世界的に有名な名探偵。事件、謎。でも、そんなもので気を引いても、そちらに夢中になって自分が放っておかれそうだ。──いささか自惚れも込みで考えれば、コナンはいま自分にだって興味があるはずだ。
 安室は考えながら口を開く。

「せっかくだし、僕の買い物にも付き合ってよ。僕も、動物園に行く時の服を買おうかな」
「……安室さんの服?」
「そう」
「安室さんが、いつも買ってるとこで?」
「そうそう」

 コナンはわかりやすく揺れた。

「お気に入りのケーキ屋さんにも付き合って欲しいな」
「お気に入りの……」
「休日はよく行くんだ」
「……行きつけ……でも」
「……あと、そこの近くに最近大きな書店が出来たから──」
「行く!」

 即答だ。
 やっぱり本まで出さないと即答はしてくれないか、と内心若干の敗北感を覚えながら、表面上はにっこりと微笑む。一応目的は達成出来そうなので、良しとしよう。

「良かった! じゃあ、今度の週末どうかな」
「うん、土曜日なら大丈夫」

 よし、と頷いて頭の中で計画を組み立てる。
 ──実のところ。服は、情報交換がてら公安の部下が持って来るものを、適当に着ている。一応支給品扱いなのである。その辺の適当な店に連れて行って、普段の服と違う、と怪しまれないように、どこで買っているか、後で聞いておかないといけない。
 勢い込んで返事をしたものの、既に「やっぱり早まったかな」という顔をしているコナンに、断らせるものかと笑顔で圧をかける。

「すごく楽しみだなぁ。コナンくん何が似合うかな」
「……着せ替えは三回までね」
「努力しよう」

 努力はするが、多分、しおらしくお願いしたら十回くらいはいけるだろう。
 コナンはしばらく疑うように安室を見ていたが、切り替えて楽しみにすることにしたのか、ケーキを食べながら「安室さんのプライベートかぁ」と目をキラキラさせた。

「そうだ、土曜日何着て行こうかな。……安室さんは、犬派だったよね」

 こちらを見上げる猫耳フードのコナンを見て、安室は答える。

「まあ、どちらかと言えばそうだけど、でも、猫も嫌いじゃないよ」
「でも犬の方が好きでしょ」
「犬も好きだけど、猫も好きだよ」
「だよね、犬の方が好きだよね」

 コナンはうんうんとうなずいた。人の話を聞いていない。梓が口をはさむ。

「コナンくん、私は白を推します」
「わかった。そうする」

 ──なんだ、それはつまり、いまのこれの犬版があるということか。しかも色違いも。
 安室はコナンのスマホを見つめる。コナンは視線に気づいて、ささっとスマホをしまってしまった。
 ──とても見たいが、おねだり顔で「見せて欲しい」と頼んだら見せてくれるだろうか。
 いや、あの男の写真が入っているとなると、素直に見せてはくれないだろう。
 安室としても、別にあの男の写真など見たくないから、今日一度隠蔽する猶予を与えておいて、買い物当日に見せてもらうことにした方が、勝率が高いし、無駄に不愉快な気分にならずに済むだろう。
 目が合って、安室とコナンはにこっと笑みを交わした。
 コナンは椅子から飛び下りる。

「ごちそうさまでした! じゃあ安室さん、土曜日にね」
「うん。時間とか、また連絡するよ」
「ふふん」

 コナンは楽し気にうなずいて、フードをかぶった。ぴょこりと猫耳が揺れる。

「じゃあ、楽しみにしてるね!」

 そしてそのまま出て行こうとするので、慌てて止める。

「ちょっと待った、フード取ってから外に出て!」

 だいたい、何故いまかぶった。
 コナンは振り返り、少し面白くなさそうな顔をした。

「……はあい」
「返事だけじゃなくてすぐに外す。──あ、待って。送って行くよ。またさっきみたいな変な奴が寄ってきたら大変だ」
「大丈夫だってば。階段のぼるだけだもん」
「さっきだって店の前だっただろう。……定期的に確認してる気がするけど、君は本当に、僕の言っていることを理解しているのか?」

 危ない、気をつけろ、心配だと、何度も言っているのに、コナンがそれを本気で受け止めているようには見えない。
 にらむと、コナンはツンとそっぽをむいた。

「わかってるってば。可愛くて、危なくて、特殊な訓練が必要なんでしょ。……だいたい安室さんこそ、ボクがなんでわざわざこんな格好してるか、わかってるの?」
「は? なんでって……」

 安室は目を丸くした。
 ──何故こんな格好をしているか。
 なんでだろう。可愛いからか。
 反射でそう思ってしまってから、首を振って、真面目に考える。
 何故。──そうだ、動物園に行く時の格好を検討している、と言っていた。今日の服も候補の一つだったと。だから安室の好みが知りたい、と言っていた。
 その候補から外れた服を着ているのは、もったいないからだろうか。そうだ、せっかくだから、とも言っていたか。安室を「犬派だろう」といいつつ猫耳パーカーを着ているあたり、その線が濃厚だ。すると答えは「折角もらった洋服だから」──だと思うのだが、しかし、なら何故安室にそんなことを聞いてくるのかがわからない。
 じいっとこちらを見つめるコナンを見つめ返し、結局、最初に浮かんだことを口にする。

「……可愛いから……?」

 すると、コナンはぽかん、とした後で一気に真っ赤になって、キッと目をつり上げた。

「~~あ、むろさんの! 馬鹿! 見てろよ、ぜってーぎゃふんと言わせてやるんだからな!」

 バッタン、と大きな音を立てて店のドアが閉まる。
 安室は呆気に取られて、小さな猫が事務所へ続く階段に消えるのを見送った。姿が見えなくなってから、梓を振り返る。

「……コナンくん、怒ってましたか」
「怒ってましたねぇ」
「……そんなにまずいこと言いましたか、僕」

 褒めたつもりだったのに。梓は苦笑して首を傾げる。

「うーん……まあ、半分は照れたのもあるんでしょうけど。……安室さんも鈍いですね」

 それはどういう意味だ、とたずねようとした時、梓が「あっ」と大声を上げた。

「あー、コナンくん、大尉と一緒に写真撮ってくれるって言ったのに……! 私ちょっと追いかけてきます! いや、あー、でもいま私が追いかけて写真お願いするのもちょっと……! ──安室さんのせいですよ!」
「え。なんでですか」
「コナンくんを怒らせたの、安室さんじゃないですか。もう、あんなにわかりやすいのに」
「わかりやすい……って、コナンくんがですか?」
「そうですよ。そもそも今日、コナンくんがなんであんな人通りの多い道端で遊んでたのかってことですよ!」
「なんでって、大尉がいたからでしょう?」
「…………安室さん」

 梓は気の毒そうな目で安室を見上げた。

「安室さんて、本当にモテなさそうですよね」
「失礼な」

 逆なら何度も言われたが、モテなさそうなんて言われるのは初めてだ。だいたい、自分と絡んでいて女子高生にSNSで燃やされたのは誰なのだ。
 梓は、じろりと安室をにらんだ。

「そうやって顔がいいことに胡坐をかいていると、足元すくわれるんですから。いいですか、今日中に! 毛利さんのところに差し入れを持って行って、コナンくんのご機嫌をとること! 土曜日のお出かけ、無しになりますよ」

 そう言われると、にわかに不安になってくる。

「いやでも、何を謝ればいいのかわからないんですが……」
「謝罪はしなくていいです。余計に怒らせます。ただひたすらに、許してくれないと悲しいって顔すればいいんです。コナンくんは大人ですし優しいから、許してくれますよ」
「……はぁ」

 それは、根本的な解決になっていないのではないか。
 しかし、謝っても逆効果らしいし、何が悪かったかわからないとなると、どうすればいいかわからない。
 すると、梓が「それです!」と声を上げた。

「その顔! 差し入れとかいいですから、いますぐその顔をキープしたまま上に行ってきてください!」

 背中を押されエプロンをはぎとられ、店から追い出される。
 上へ行ってこいと言われても、と困惑して見上げた時、毛利探偵事務所の窓が開いた。
 そしてコナンが顔を出す。コナンは、下にいる安室に気づいて目を丸くした。
 反射で笑顔を浮かべそうになったところで、梓の言葉を思い出し、キープってどうすればいいんだと、咄嗟にどうすることも出来ずに固まると、コナンは目を瞬かせ、しばらくして、小さくため息をついた。

(ため息つかれた)

 軽くショックを受けていると、コナンはそれを見て何かこらえるように顔をしかめ、べ、と舌を出すと事務所の中に消えてしまった。
 その後から、小五郎が顔を出す。

「あ? やっぱり安室くんか」
「……こんにちは」

 なんとか笑顔を浮かべると、小五郎は一度室内に目をやってから、安室に目を戻した。

「まーたうちの生意気なチビ猫が何かしたのか? 『安室さんのばーか』って言いながらどっか行っちまったぞ」
「……怒ってました?」
「いや? ニヤニヤしてたから怒ってはねぇだろ」

 ニヤニヤ。──確かに、怒ってはいないようだ。
 とすると、よくわからないが、許してもらえたと思っても良いのだろうか。

「──先生、今度の週末コナンくんをお借りしたいんですが、その件でこれからそちらにうかがってもよろしいでしょうか」
「あん? 例の動物園か? 今度こそ大丈夫なんだろーな」
「あ、いえ、それとは別件なんです」
「は? ……まあいい、ついでにコーヒー持ってきてくれ」
「はい!」

 笑顔で返事をする。
 ついでにコナンにも、カフェオレでも持って行こう。コーヒーが大好きなあの子のご機嫌が、少しは取れるかもしれない。
 そう考えて、安室は急いでポアロの店内に戻った。