あずかった子猫は目が離せない
「買い物? こいつと、服を?」
「お話が」と言って事務所にやって来た安室の話に、小五郎は首を傾げた。
持参したコーヒーとクッキーを置いた安室は、にっこりと笑ってうなずく。
「はい。なので土曜日の午後から、コナンくんを連れ出す許可をいただけないかと」
小五郎は、自分の隣でカフェオレを飲みながらクッキーを食べている少年に目をやった。
視線を受けて、コナンは丸い頬を軽くふくらませる。
「ボクは、別に服とかいいって言ったんだけど……」
「コナンくんには色々、不義理をしているので」
安室は少し申し訳なさそうに、眉を下げた。
毛利探偵事務所本日最初の来訪者であるこの男、安室透は、依頼人ではなく、階下の喫茶店ポアロのアルバイト店員だ。本業は私立探偵で、小五郎の弟子でもある。
人目をひく整った顔立ちをしていて、探偵としてもなかなか優秀な男だが、目立つのが嫌いなのか、「まだまだ勉強中」という自分の実力を弁えているのか、小五郎と行動する時は一歩下がって控えめにしていることが多い。
しかし実のところ、彼が、本人が周囲にそう見せようとしている以上に優秀な人間らしいことは、小五郎も察していた。その上で小五郎に教えを乞うているのは、謙虚さゆえか、また別の理由か。
来客用ソファの横で姿勢よく立ったまま、こちらの返答を待っている姿は、どこか自身の前職を思い出させ、小五郎は少し、落ち着かない気分になった。
詳しく聞いたことはないし、問いただすつもりもないが、三十手前という年齢からいっても、たまに見せる隙の無い身のこなしからいっても、自分と同じように警察を退官して探偵をやっている可能性は、ある気がする。
──まあ、とりあえずいまは安室の現職も前職も関係ない。
彼はいま、毛利家に居候している小学生、江戸川コナンを連れ出す許可を取りに来ているのである。
江戸川コナン。娘の蘭が連れてきた、小学生。蘭の幼馴染の、探偵ボウズこと工藤新一の遠縁で、新一の幼い頃によく似た、生意気な子どもだ。
彼を毛利家で預かることになった経緯と事情については、コナンの両親と新一に対して思うところが多々、あるのだが、当人には責任はない。むしろ大人に振り回されている不憫な子──なのだが、当の本人にそんな物悲しげな気配はまるでなく、日々元気いっぱいだった。
好奇心旺盛で無駄に行動的で、目が離せない困ったところはあるが、蘭と二人の生活が賑やかになったのは事実であるし、気のせいかコナンが来てから探偵事務所の仕事も増えた気がするし、ラッキーアイテム的に、小五郎は小五郎なりに、コナンのことは可愛がっているつもりである。
安室が来たからと、小五郎に呼ばれて事務所に顔を出したコナンは、安室を見て少し警戒するような様子を見せたが、結局カフェオレとクッキーにつられて大人しく小五郎の隣に収まっている。
小五郎からすればさして大きなサイズでもないクッキーを、両手で持ってサクサクと食べている様子は、今日の格好も相まって小動物のようだ。
「夕飯の前にあんま食うなよ」
頬についた食べカスを雑に払ってやって、ついでにガキは柔らかいなと丸い頬をつつくと、コナンは鬱陶しげに顔をしかめた。
しかし、食べ過ぎて夕飯が入らなくなれば、困るのはコナンだ。
コナンは食が細い。小学一年生ならこんなものか、とも思うのだが、実際、日頃仲良くしている子どもたちと比較しても、コナンは若干サイズが小さめだ。よく動くわりにあまり食べないのだ。
おやつを食べ過ぎると夕飯が食べられなくなるし、そうなると蘭を困らせる。娘に懐いている少年にとっては、それは避けたい事態だろう。保護者としても、おやつより夕飯をきっちり食べてもらいたいところだ。
そんなことを考えながら、「まあ座れ」と今更ながら安室を促すと、安室は少しためらった後で、言われた通り来客用のソファに腰かけた。そして申し訳なさそうに口を開く。
「……すみません先生。さっき下で、コナンくんにケーキをごちそうしてしまいました」
「あん? お前またポアロに行ってたのか。ポアロは遊び場じゃねーんだぞ! 安室君も、こいつにホイホイ菓子を与えるな」
「遊びに行ったわけじゃ」
抗議するコナンから食べかけのクッキーを横取りして、自分の口に放り込む。
「あー!」
コナンが非難の声をあげたが、無視してガリガリと咀嚼する。依頼人がたまに持参するデパートのクッキーのような味がしたが、安室が持ってきたということは、彼の手作りだろう。この弟子は、器用なのだ。
小五郎とコナンの小競り合いには言及せずに、安室は眉を下げた。
「いえ、本当に遊びに来たわけではなくて、僕が連れ込んだといいますか、保護したといいますか……」
隣でコナンが「げっ」と顔をしかめる。どういうことだと目で促すと、安室はコナンをちらりと見て、言いにくそうに答えた。
「コナンくん、お店の前で遊んでいたんですが……その、少々不審な男に声をかけられていたので。ケーキでつって保護したんです」
「道聞かれただけだよ!」
「馬鹿野郎! 学校で習わなかったのか。わざわざお前みたいなガキに道聞いてくるような奴は不審者だから大人を呼べって! ったく……すまないな、安室君」
「いえ、何事もなかったので」
コナンは不満げに頬をふくらませた。安室はコナンをちらりと見て、続ける。
「……余計なお節介かもしれませんが、あんまり目立つ格好をするのは、避けた方がいい気がします。さっきは、眩しかったのかな? フード被ってたのも、目を引いたのではないかと」
小五郎は、少年の背中でへたっとしているパーカーのフードをつまんで、頭に被せた。ぴょこん、と猫耳が頭の上で揺れる。
この少年が、野暮ったい眼鏡で隠れているが可愛らしい顔をしていることを、同じ部屋で寝起きしている小五郎は知っていた。
そして、そのことをこの子ども自身がよく、承知していることも。
コナンはよく、「ねえねえ」とわざとらしく幼い声で大人におねだりをしているが、あれは明らかに、自分の見た目をどう使ってどう装えば効果的なのかを、理解しての行動だ。この年で、まったく生意気にもほどがある。
その上、猫を多頭飼いしているこの少年は、いささか、自分を過信しているところがあった。
小学一年生にして巻き込まれた事件は数知れず。無駄に経験値が高く、行動力もある。どうせ、変質者くらいどうとでもなる、となめてかかっているのだろうが、大人を甘く見るな、と言いたい。コナンはどんなにこまっしゃくれていようと小学生で、大人からすれば守るべき子どもだ。だいたい、この子どもは、関わった事件の数だけ、怪我もしているのである。正直、懲りて欲しい。
何度か事件現場で行動を共にしたことがある安室も、コナンを心配しているのだろう。
そこで、今日の申し出の理由を何となく察する。
「──それで……買い物に行くって?」
話を戻すと、安室は「それで、というわけではないんですが」と苦笑した。
「自分の買い物のついでに、お詫びをしたいというのが本命ですよ。もう何度も約束を破っているので」
安室が言っているのは、コナンを動物園に連れて行くという約束のことだ。
初回の当日ドタキャンの後も、何度か、約束しては都合が悪くなって流れて……を繰り返している。
コナンは動物園を楽しみにしているので、そろそろ何とかしてやって欲しいところだ。
「買い物なんて行ってないで、土曜日行きゃいいだろ、動物園」
「土曜日、コナンくんは午前中、学校ですし」
「動物園は一日かかるよ、おじさん」
「あん? オリの中のクマ見るだけだろ。だいたいな、忙しい安室君に一日付き合ってもらおうってのがワガママなんだよ」
クマだけじゃないよ、とコナンが抗議し、ワガママなんてそんな、と安室がフォローする。
同時に声をあげた二人は、顔を見合わせて、片方は顔をしかめ、もう片方は苦笑した。
しかし、安室も物好きなことだ、と小五郎は思う。
コナンは確かに、妙なことによく気づく子どもだが、安室が忙しい仕事の合間をぬって熱心に構う理由が、よくわからない。特別子ども好きにも見えないから、不思議だ。
そして、コナンの態度だ。
コナンは大抵の大人に対して、わざとらしく子どもっぽく振る舞う妙な癖がある。自我が芽生えたこの年頃の少年なら、背伸びしたがる方が自然なのだが、逆なのである。
そのコナンが、どこか警戒して、わざとらしい子どもぶりっこを止めるのが、安室の前であった。
正直、仲が良いのか悪いのか、よくわからない二人なのである。
「まあ、買い物に行くのはいいんだけどな。こいつに服買ってやる必要ならないぞ」
小五郎はキッパリと言う。
「ただでさえ、有希ちゃんだの他の知り合いだのにあれこれ貢がれてんだ。安室君までこいつを甘やかすな」
「……甘やかすつもりは、ないんですが」
「わーってるよ」
小五郎は、コナンがこっそり手にとったクッキーを取り上げて、また口に放り込む。
「ボクのクッキー!」
悲痛な声を無視して、苦笑する安室に目をやる。子どもに甘い大人ならば、ここで小五郎を非難の目で見るなり、自分のクッキーをわけてやるなりするのだが、安室は見ているだけだ。
安室がこの子どもに甘いわけではないことは、日頃の対応を見ても明らかだ。なので、そこを心配しているわけではない。
小五郎が服を買ってやる必要などない、と言うのは、そんな義理はないからで、断わるのが保護者としての常識だからだ。
安室はコナンの親戚でもなんでもない。コナンが着るものに困っているわけでもない。ならば、他人である安室が、コナンに服を買う道理はないのである。
すると安室は、少し考えた後で、口を開いた。
「工藤新一くんのお母様と、蘭さん。……コナンくんの服を買っているのは、主にこのお二人ですよね」
「あん? ……まあそうだな」
あとは、探偵ボウスのお古。それもまあ、有希子の見立てと言えなくもない。
「先程も差し出がましく意見しましたが、目立つんですよ、コナンくん。──着せがいがあるので、仕方ないと思うんですが」
言いたいことを察して、小五郎はふむ、とあごに手をやった。
有希子と蘭。この二人は女性で、センスはいいのだが、とにかく可愛らしいものが好きだ。
今着ている猫耳パーカーもそうだが、二人はどうも、この見目の良い子どもに可愛らしい格好をさせたがる傾向がある。
最近蘭が、有希子の与えた可愛らしい衣服に対抗心を燃やしたのか、子ども服のカタログを見ながら唸っていた記憶もある。
「どこであんな猫耳パーカー見つけたんだろ……着ぐるみパジャマ系ならあるんだけどなぁ……あ、これ可愛い! ……と思ったら赤ちゃんサイズか…………コナンくんもう少し縮まないかな……」
そんな不穏なことをぶつぶつと言い、コナンが「この上更に」と戦慄していたのは、つい先日のこと。やっぱり本人も小柄なのを気にしているのかと、小五郎は密かに、おやつを減らしてでも朝晩の食事量を増やしてやろうと思っている。
それはともかく。安室が言いたいのは、背伸びしたいお年頃の男の子には、可愛らしい服が多いのでは、ということだろう。
生意気に見えて一応の遠慮はあるコナンが、居候の身で与えられた服に文句を言えるはずもない。まして蘭や、あの有希子相手だ。本人にさほど気にした様子がなかったので放置していたが、同じ男である安室からすれば、コナンの格好には思うところがあるのかもしれない。
(あー、これは気が利かなかったかもな……)
そう反省する。自分が着るものに頓着しないタイプなので、そこまで気にしていなかった。
小五郎はちらりと隣に座るコナンに目をやり、そこで「ん?」と首を傾げた。
安室の提案に喜んでいるのかと思えば、顔をしかめている。そしてハッと何かに気づいた様子で、険しい表情になった。
「……まさか、そんな魂胆が」
すると、安室が少し慌てた様子をみせた。
「コナンくん、ちょっと待って。多分、誤解がある」
「……何が誤解なの」
「──こっちに来て、僕と内緒話をしないか」
「……やだ。ボクおじさんの隣がいい」
コナンはぎゅ、と小五郎の腕を掴んだ。
なんだなんだ、と自分の腕を盾にして安室をにらむコナンを見下ろす。
安室は真剣に繰り返す。
「コナンくん。話を聞いてくれないか」
コナンは答えずにふいっとそっぽを向く。
小五郎は思わず口を出した。
「……オイ、よくわかんねーが話を聞いてくれって言ってんだから、聞いてやれよ」
「だって……」
「だってじゃない!」
腕にしがみつくコナンと小競り合いをしていると、小さなため息が聞こえた。
そろって、安室に顔を向ける。
安室は、コナンの視線を受けて、眉を下げて悲しげに微笑んだ。
「ごめんね。……余計なことを言ったから、嫌われちゃったかな……?」
腕を掴む小さな手がピクッと震えた。
反省したのかと思えば、コナンはぎゅっと目を閉じて、ぐぬぬと何やら悔しげにうなっている。
呪詛めいた、「負けてたまるか……」というつぶやき。
何がなんだかわからないが、話が進まない。小五郎はため息をついて乱暴にコナンの頭を撫でた。
コナンが目を開けたのを確認して、口を開く。
「……オイ、コナン。お前、安室君と買い物行きたくなくなったのか」
「ち、違うよ。買い物は、行く。けど……」
「お前、いまとは別の格好したいとは思わねーのか?」
「べ、つに、いまのに不満はないよ。蘭姉ちゃんたちが選んでくれた服だし……だからボクの服はやっぱりいいよ。さっきおじさんもダメって言ったじゃない。そうでしょ?」
コナンは腕を掴んだまま、ぐりぐりと大きな目で小五郎を見上げた。
それを引っぺがして、小五郎はふむ、と腕を組む。何故か安室が感嘆したように小五郎を見るのが目の端に映った。──多分助け舟に感謝しているのだろう。
(……さて、こいつはこう言ったが)
多分、だが。余計なことに気の回るこの子どもは、安室にお金を出させることの意味に、気づいたのではないだろうか。
子どもとの約束が守れない程度には、探偵の仕事も入っているようだが、小五郎へ払う授業料もあるし、喫茶店のアルバイトが辞められないくらいだ。生活に余裕があるとは思えない。その上自分の服なんて……と思ったのだろう。
しかし、先程少し言いよどんだところを見ると、己の格好に思うところがあるのも間違いない。
「──まあ、安室くんの言いたいことはわかった」
「では」
「でも、だ。やっぱり安室くんが金出してこいつの服を買う必要はない」
安室は一瞬何か言いたげに口を開いたが、閉じて、ため息をついた。
「……わかりました。先生がそう仰るなら」
コナンがホッと、感謝の目で小五郎を見上げる。
(こいつは本当に)
普段容赦なく人を使うくせに、肝心な時に頼って来ないのだから、厄介な子どもだ。
小五郎は、被せたフードの上からぐりぐりとコナンの頭を撫でる。
「わ、何、おじさん」
「何でもねーよ」
小五郎は顔を上げ、前に座った弟子の残念そうな、いささか悲しげな顔に目をやった。
安室の申し出は、無論善意と好意からのものだ。お詫びに、なんて言っていたのも気を遣わせないためだろう。
変なところで気を遣う。──もしかしたらこの二人、ちょっと似ているのかもしれない。
そんなことを考えながら、小五郎は立ち上がって、デスクの引き出しから封筒を取り出した。
それを持って応接ソファに戻り、ほら、と安室の前に差し出す。
「……これは?」
安室とコナンが揃って首を傾げ、小五郎を見上げる。小五郎はソファに座って腕を組み、鼻を鳴らした。
「一応な、こいつの養育費はもらってんだ。その中には当然服飾費もある」
その時点で、安室の目に理解の色が浮かぶ。小五郎は咳払いして続けた。
「あー、本来ならば、保護者の義務として俺が買いに行かなければならないところだが、名探偵毛利小五郎は忙しい。なのですまんが安室君、代わりに頼まれてくれないか」
「ハイ! おまかせ下さい毛利先生!」
安室が元気よく返事をする。小五郎はうむ、とうなずいた。
これぞ両者の要望を満たす大岡裁きだ。
しかし、コナンは納得いかない様子で小五郎の腕を揺すった。
「おじさん、いいって! ボク服ならいっぱい持ってるってば! ボクの服にお金使わないで、ほら、蘭姉ちゃんとか……」
「バッカ野郎! お前の親からもらってる金はうちの金じゃねーっつうの! ガキは余計なこと気にすんな!」
怒鳴るとコナンは顔をしかめる。
「ほら安室君さっさとしまえ」
「お預かりします」
安室はさっさと封筒をしまう。小五郎は飲み切ったコーヒーのカップを、出前用のトレイに乗せた。
「美味かった」
「いえいえ。では、僕は失礼します」
「ちょっと!」
往生際悪くコナンが暴れるのを押さえて、ほらさっさと行け、と手で示すと、安室はぺこりと頭を下げて「コナンくん、後でちゃんと話そうね」と言って事務所を出て行った。
「もー、おじさん、なんでお金渡しちゃったの!?」
安室が帰った後、小五郎が仕事用のデスクに戻って新聞を読み始めてもまだ、コナンはぎゃんぎゃんと抗議を続けていた。
「うっせーな。お前の服買う金もらってんのは事実だろうが。それを蘭に渡そうが安室君に渡そうが、結果が同じならどっちだっていいだろ」
「服ならいっぱいあるから、ボク要らないってば!」
「おーおー、その可愛らしいパーカーとかな」
手を伸ばして、いつの間にか外れていたフードを被せてやるとコナンは顔をしかめた。
フードを被ったままむすっと黙り込んで、不満げにこちらを見上げるコナンに、小五郎はため息をついた。
「何が不満なんだ。お前のことだから、安室くんの気遣いはわかってんだろ?」
「いや、あれは気遣いじゃなくて……」
コナンはぶつぶつ言っていたが、諦めたようにため息をついて、恨めしげに小五郎をにらんだ。
「おじさん、途中まで駄目だって言ってたくせに……安室さんの顔にコロッと騙されちゃってさ」
「あ? 顔ってなんだ」
「お願い断られて悲しいなーって顔してたでしょ、さっき」
「ん? ああ……」
そう言われれば、悲しそうな顔をしていた気がする。
「あれは安室さんの作戦なんだから、引っかかっちゃダメじゃん」
「別にそんなもんに引っかかってねーよ。要ると思ったから渡したんだろ」
「……おじさん、この服駄目だと思うの? 似合ってない?」
眉を下げたコナンに、小五郎はため息をついて新聞を畳んだ。
「駄目じゃねーし似合ってはいるがな。さっき変なのに絡まれたんだろ? そういうのは、格好変えりゃ多少減らせるかもしれねーだろ。安室君も、心配してるんだろ」
「そうかな。それもあるかもしれないけど、安室さんはボクが少しでも可愛くない方が都合がいいんだ、絶対。……まさかそんな狙いとは」
「あ?」
コナンは小五郎を無視してぶつぶつぐるぐると、その場を歩き回る。
本物の猫のようだ。
それを眺め、小さいなぁと感心し、こんな時期は一瞬なんだよな、としみじみと思う。
子どもの成長は早い。
そのうちコナンだって、身長が伸びてますます生意気になり、わざとらしく猫をかぶることもなくなり、おじさん、と呼んで腕を掴んでくることなんてなくなり、あの関西の探偵ボウスのように、オッサン、とか言うようになるのかもしれない。
──いや、コナンの場合、そんな時期が来る前に、親元に戻ってしまうか。
小五郎は顔をしかめた。
「……オイ、コナン。ちょっとこっち来い」
声をかけると、コナンは足を止めて警戒するように小五郎を見る。
「なに?」
「いいから来い」
コナンは警戒しつつ、小五郎のそばに来た。
「お前、さっきは違うって言ったが、安室君と買い物行くの、本当は嫌なのか」
「……嫌じゃないよ」
「なら何が嫌なんだ。金は、お前の親からもらってるもんで、つまりはお前のための金だ。うちの懐が痛んでるわけでも、安室君の懐が痛んでるわけでもねーだろ。お前も、そうやたらと可愛い服ばっか来てるより、もうちょっと違う服着たいんじゃないのか」
「これはこれで、嫌じゃないよ。……可愛さを狙ってるし」
「あ? 何だって?」
「何でもない。別に、お出かけが嫌なわけじゃなくて、わざわざボクの服を買う必要はないでしょって。いっぱいあるんだし……。買われたら着るしかないじゃん。動物園には効果的な服を着て行きたいんだよ」
「動物園?」
うん、とコナンはうなずく。
「土曜日は、動物園行く時の服買おうって話してたんだよ。安室さんがそうしたいならまあいいかって思ってたけど……可愛くない服を着せて攻撃力を下げようって狙いとは……クソッ油断した」
後半何を言っているのかよくわからなかったが、小五郎は呆れて声をあげる。
「動物園に行く時の服だぁ? お前らなあ、デートじゃあるまいし、なーに気合入れてんだ」
「き、気合なんて入ってないよ! ただベストを尽くすために……」
「ベストぉ? 十分気合入ってんじゃねーか。……たかが動物園になぁ」
「たかがじゃないよ! これは大事な、あっ、でも、大事って言ってもそういう意味じゃなくって……ああ、もー!」
コナンは地団駄を踏みながらぐるぐるとその場で回る。
「大したことじゃねーなら、なんでわざわざ服買うなんて話になるんだよ」
「だって、着る服はいっぱいあるんだけど、何着ていけばいいか決まらなくて……どうしようかなって悩んでたら安室さんが買ってくれるって言い出して」
つまり、買う買わないより前に、動物園に何を着て行くかで悩んでいたと。
「やっぱり気合入ってるじゃねーか」
「だから……! ……いいよ、もう、気合入ってるってことでいいよ。勝負なの、これは!」
「勝負ねぇ」
動物園に行くのではなかったのか。勝負とは、何の勝負で、服はそれにどんな関係があるのだ。
「そうだよ! …………安室さんがその気ならこっちも受けて立つまでだ。ぜってークリティカルに決まるヤツを買わせてやる……!」
今度は何やら燃え始めた。
考えるのが面倒臭くなってきて、小五郎はまあいいか、とため息をついた。
何だかよくわからないが、楽しそうだからいいだろう。安室も、今日ここにコーヒーを持って来る前の、やや情けない顔からいつもの笑顔に戻って帰って行ったし、悪いことにはならないだろう。
見ればコナンは熱心に、取り出したスマホの画面をスワイプしている。
何をしているのかとのぞこうとしたが、見えない。椅子から下りるのも面倒だったので、コナンをつまみ上げてひざに乗せてみたが、気にする様子もないので、そのままのぞき込む。そして。
「……なんだこりゃ」
顔をしかめると、コナンは「コーディネート案だよ」と答える。
その通り、スマホに写っているのは様々な格好をしたコナンだ。
(有希ちゃんだなこりゃ……何着買ったんだこれ)
コナンの遠縁で工藤新一の母親、小五郎の同級生でもある有希子は、世界的に有名な女優で、旦那も著名な小説家だ。そのためお金に苦労しておらず、金の使い方が派手なところがある。
これは、コナンの教育に悪影響なのではないか。いや、遠い親戚だというなら親も了解済なのか。
悩んでいると、コナンが顔をあげる。
「ねえおじさん、おじさんはどれがいいと思う?」
「あん? ……どれも同じだろ。てか動物園に着て行くなら安室くんと相談しろよ」
「違うよ、いま選んでるのは土曜日に何着て行くかだよ!」
「知るか! そんなん何だっていいだろ」
「良くないよ! こっちの目指す方向に持って行くためには、着て行く服だって重要なんだから。勝負の分かれ目なんだよ。……うーん……可愛い系から遠ざけようとするならカッコイイ系に持って行こうとする可能性が高いな。……それを避けるには……これ見せて二番煎じだって示すのが一番早いんだけど……この写真を見せるのはリスクが高すぎる……」
また勝負ときた。動物園に行く時の服に悩んでいたのではなかったのか。出かけるたびに着て行く服に悩むつもりなのか。女子高生か。
小学生男子なのだから、カブトムシか戦隊ヒーローでも気にしていればいいのに、生意気だ。お洒落に気を遣うなんて十年早い。
「ガキはガキらしく仮面ヤイバーTシャツでも着てろ!」
「着ないよ! もー、おじさんは役に立たないから黙ってて」
「なんだと?」
小五郎は声をあげて、コナンの丸い頭をぎゅうぎゅうと締め上げた。
──後日。
無事ドタキャンもなく実施された「お買い物」に、やたらと気合の入った格好で出かけて行ったコナンは、夜になって疲れ切った顔で、安室に抱っこされて帰って来た。
安室がコナンと一緒に抱えてきた紙袋の数は相当で、金が足りたのかと呆れたが、半分は安室のものらしい。
夕飯に誘ったが辞退した安室が、やはり疲れ切った顔で帰っていくのを見送って、床の上でへたばっているコナンにたずねる。
「で? 勝負はどうなったんだ」
コナンはふっと笑った。
「一勝一敗ってとこかな……」
「ケッ、なーにが『一勝一敗ってとこかな……』だ。格好つけて」
放っておいたら寝てしまいそうだが、夕飯を食べさせねばならない。小五郎は紙袋の片付けを蘭に頼んで、コナンを抱き上げる。
軽くて小さな体は、よく見れば朝出て行った時とは違う上着を羽織っていた。よく、似合っている。
「──楽しかったか?」
たずねると、コナンはパッと顔を上げてうなずいた。
「うん! 着せ替えするのが楽しいのちょっとわかっちゃった。安室さん何着せても似合うんだもん」
「あ? 何してきたんだお前ら。……勝負だったんじゃねーのかよ」
「勝負だったけど、本番は動物園なんだよ」
「──まあ、次も流れないといいけどな」
「大丈夫だってば! ……多分」
小さな足が軽く腹を蹴ったお返しに頬をつねってやる。
ご飯にしようか、という蘭の声に、「はあい」「おう」と答える声が重なる。
顔を見合わせ、小五郎は苦笑した。
「おし。飯しっかり食って……デカくなれよ」
早く。でも、出来ればゆっくりと。
その言葉に不思議そうな顔でうなずいたコナンを抱えて、小五郎は食卓に向かった。