おめでとうを伝える




「お誕生日会のケーキをお願いしたいんです」

 四月下旬の週末。
 ポアロにやって来た毛利蘭にそう頼まれて、安室は食器を拭く手を止めた。

「お誕生日……蘭さんのですか?」
「あ、いえ。私じゃなくて、コナンくんです。コナンくんの誕生日、五月四日なんですよ」
「へぇ」

 安室は、蘭と一緒にやって来て、珍しく大人しくオレンジジュースを飲んでいるコナンに目を向けた。少し不機嫌そうなのは、照れているからだろうか。
 安室はにっこり笑ってたずねた。

「そうなんだ。──コナンくんはいくつになるのかな?」

 わざとらしい問いに、コナンはにこーっと、これまたわざとらしい笑みを浮かべ、パッと右手を広げ、左手は二本指を立てて、安室の前に突き出した。

「ななさいだよ!」

 ──いつもながら、よくやるなぁと感心してしまう。

「そっか。コナンくん大人びてるから、もっと年上かと思ってたよ」

 そう言うと、コナンは先程までの無邪気な笑顔をシュッと引っ込めて、嫌な顔をした。

「それで、そんな重要な役目を僕にお任せいただけるんですか?」

 蘭に話を振れば、蘭はうなずいた。

「コナンくんが、ポアロのケーキがいいって」
「ちょ、蘭姉ちゃん! ボクはただ、どこのケーキが美味しいと思う?って聞かれたから、」
「へえ、コナンくんは僕が作ったケーキを美味しいと思ってくれてるんだ」

 からかうように言うと、コナンはじとりと安室をにらむ。

「……ケーキなんて他じゃほとんど食べないってだけだし」

 すると蘭が、こつりとコナンの頭を叩いた。

「こーら、そんなこと言って。園子が高級ケーキ手配しようかって言ったのに、安室さんのケーキがいいって断ったの、コナンくんでしょ」
「そ、れは! ……だって、ボクみたいな子どもの誕生日に高いケーキとか、別にいいってば」
「年に一回のお誕生日なんだから、気にしないの!」

 まあ、何となく事情は読めた。
 コナンが遠慮をした結果、安室にお鉢が回って来たのだろう。
 江戸川コナンという少年は、端から見ても過ぎるほどに、「居候」という立場をわきまえている。七歳という年齢を考えれば、少しおかしなくらいに。
 気ままに行動しているように見えてわがままは言わないし、毛利親子に対しても、一定の遠慮がある。
 コナンが毛利探偵事務所の居候だということは、誰もが知っていることだが、吹聴して回っているわけでもないのに親子や姉弟に間違われることがあまりないのは、コナンのそういう態度によるところが大きいだろう。
 お誕生日会というのも、おそらく蘭たちが言いだしたことで、コナンはあまり大げさにはしたくないに違いない。
 ちらりと見れば、視線が合ったコナンが気まずげに目をそらす。
 内心で苦笑して、安室は明るく声を上げた。

「鈴木財閥のお嬢様が手配するケーキを断って指名してくれたんですから、腕によりをかけないといけないですね!」

 蘭がほっと息を吐いた。

「良かった。でも、いいんですか? ケーキの依頼なんて、普段は受けていらっしゃらないですよね……?」
「ええ。でも、コナンくんは特別なお客様ですから」

 コナンは微妙な顔をしている。どんな裏があるのかと思っているのだろう。
 コナンの表情は無視して、たずねる。

「ケーキの種類は何がいい? ショートケーキでもチョコレートケーキでも、リクエストに応えるよ」
「……普通の。ショートケーキ」
「了解。──お誕生日会、参加者は何名ですか?」
「ええと、歩美ちゃんたちと、園子と、阿笠博士と、お父さんと……あと、沖矢さん。だから、十名ですね」
「……では大きなケーキにしないといけませんね」

 予想通りのメンバーに付け足された予想外の名前に一瞬間が開く。
 沖矢昴。暇なのか。
 内心顔をしかめる安室に、蘭が「そうだ」と手を叩く。

「安室さんは、当日お仕事ですか? お誕生日会、阿笠博士の家で開くんですけど、もし良かったら安室さんも参加しませんか」

 蘭は本気で誘ってくれているらしいが、隣の席のコナンはものすごい顔をしている。
 コナンの協力者である阿笠の家には、どうも安室を避けている様子がある少女が同居していて、その上沖矢昴まで参加するのだから、当然の反応か。
 正直、正式に招かれるとなれば、是非とも訪ねて探りを入れてみたいメンバーが揃ってはいる、が。
 安室は苦笑して首を振った。

「その日は仕事でして」

 折角の誕生日だ。少年探偵団の子どもたちや園子がいるところで、大人がギスギスするのも良くない。あの似非大学院生の正体をあばく場面は、他でも作れる。

「ケーキは、当日朝までに準備しますよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 蘭は残念そうな顔で、うなずいた。さぞかしホッとしているだろう──とその隣を見れば、コナンは何故か、微妙な顔をしていた。
 これはどういう反応だろう、と内心首を傾げる。
 コナンは安室の視線に気づいて顔を上げたが、ふいっと目をそらし、ずぞぞ、とお行儀悪くジュースを飲み干した。

「こら、コナンくん」
「ごめんなさあい」

 じゃあ、お願いしますね、と頭を下げた蘭と一緒に、コナンはぷいっとどこか不機嫌な様子で帰って行った。





 安室はその日から、ショートケーキの研究を始めた。
 定番のショートケーキは、シンプルだからこそ、作り手の技術がそのまま表われる。
 評判の店のケーキを食べてみたり、お菓子の本を買ってみたり、試作を重ねて、レシピを考える。
 ポアロでもショートケーキは出しているが、それはそれ。今回は江戸川コナンの誕生日ケーキなのだから特別だ。

(……誕生日、か)

 自分が彼の誕生日をお祝い出来るなんて、想像もしていなかった。
 友人たちを亡くしてから、「誕生日祝い」なんてする機会が無かったのもあって、話を聞いた時はまず「そうかこの子にも誕生日があるのか」と間の抜けたことを考えたくらいだ。どれだけとんでもない子でも、人の子なのだから誕生日くらいあって当然だ。
 しかし、五月四日とは。その日が誕生日であるはずの別の人物を思い出して、慎重なんだか大胆なんだか、一周回って安室の推測は間違っていたのか──本当にこの子はわからないなと遠い目になる。
 ともあれ。誕生日はめでたいことだ。
 この世に生まれてきて、年を重ね成長して、未来に向けてどんどん進んでいく。
 お日様のようなあの子と安室が出会ったのは偶然で、組織の件がどう決着しようと、おそらく、来年の誕生日をお祝いすることはない。
 この一度きりの機会に、ケーキをプレゼント出来ることは幸運なことだった。


 誕生日の朝早く。
 安室は丁寧にケーキを作ると、チョコレートのプレートに『お誕生日おめでとう』と書いて飾り付けた。
 我ながらうまく出来た。
 美味しく食べてくれればいいなと思いながら、安室はケーキを箱に入れた。





 ケーキは朝一番に蘭が取りに来た。
 準備をするのでコナンより先に阿笠の家へ向かうという。その後で家を出たらしいコナンとは、結局会えなかった。
 連休中だということもあって、ポアロはいつもより人が少ない。
 昼のピークも過ぎ、一段落したところで、ドアが開いた。

「いらっしゃいませ──あれ、毛利先生」

 意外な来客に目を見開く。
 時計を見上げたが、まだ午後も早い時間で、誕生日会が終わったとは思えない時間だ。

「おう、安室くん。コーヒー頼む」

 小五郎はカウンターに座った。コーヒーを出しながらたずねる。

「先生、今日はコナンくんのお誕生日会なのでは?」
「あ? おう、そういやケーキありがとうな。蘭が無理言って悪かったな」
「いえ、それは全然。もう終わったんですか?」
「ん? ああ」

 小五郎はそこでようやく安室が何を気にしているかに気づいて、肩をすくめた。

「俺は留守番だよ。ガキのお誕生日会にうるせー保護者がいても仕方ねーだろ」

 一応蘭たちがいるし、阿笠博士もいるしよ、と小五郎は続ける。
 なるほど、と安室はうなずいた。

「それもそうですね」

 小五郎は、少年探偵団の子どもたちとも顔見知りではあるが、別に仲良くしているわけではないし、彼自身子ども好きなタイプではない。小学生と女子高生ばかりのパーティーに参加するのは面倒臭い、というのが本音だろう。まして、他人の家で開かれるとなれば尚更だ。おそらく、あの大学院生はそんなこと気にしないのだろうけれど。

「どうせ夜には帰ってくるんだ。そん時祝えば十分だ」
「ケーキ、先生の分もあったんですが」
「あん? 大丈夫だろ、コナンの友だちの……あのデカいのが食べるだろ、きっと」
「いえ、それは心配していないんですが。結構力作だったんで食べていただきたかったなと」
「安室くん、試作もたくさんしてたもんね」

 隅で豆を挽いていたマスターが口を挟む。
 小五郎はフンと鼻を鳴らした。

「安室くんの作るケーキが美味いことは知ってるよ。ま、特別製だったっていうならちっと残念だけどな」
「では、これはサービスです」

 ショートケーキを出す。コナンに作ったケーキと全く同じものではないが、残りの材料を使ったのでいつものショートケーキよりは美味しいはずだ。
 甘いものが嫌いではない小五郎は、「悪いな」と目を輝かせフォークを入れた。

「──ん。美味い」
「良かったです」

 小五郎はもぐもぐとケーキを味わい、ふと安室を見上げた。

「今日、安室くんも誘われてたんだろ? 行けば良かったのによ」
「仕事がありますから。今日は梓さんもお休みですし……それに、僕こそ部外者ですからね。阿笠さんのことは、お名前を聞いたことがある程度ですし、却って主役に気を遣わせてしまいますよ」
「……あー、まあな」

 小五郎はうなずいてコーヒーをすする。
 そして、マスターに声をかけた。

「マスター、安室くん借りていいか?」
「どうぞ」

 マスターはあっさりとうなずく。
 急に何だ。安室は困惑して小五郎を見た。小五郎は、そんな安室を無視して「ケーキセットもう一つ」と注文する。

「え。あ、はい。おかわりですか」
「ちげーよ。人もいないし、休憩していいだろ。そんで、ここでお前も食べろ」
「は? はあ」

 安室は言われるまま、コーヒーとケーキを用意して、小五郎の指し示すまま隣の席に並べた。

「エプロン外して、座る」

 指示されて、黙って従う。
 隣に座ると、小五郎は「食え」と言った。

「一人でここにいない奴の誕生日ケーキ食ってるのおかしいだろうが。付き合え」
「──はい」

 逆らっても引き下がりそうにもなかったので、安室は大人しく自分で入れたくコーヒーと、自分で作ったケーキを口に運んだ。

「美味いだろ」
「……はい」

 答えて、思わずふきだす。
 作ったのは自分なのに、何故小五郎が偉そうに言うか。
 しかし、ケーキは本当に美味しかった。そう作ったのだから、当然だけれども。

「やっぱり会心の出来ですよ。──コナンくんも、満足してくれてるといいんですが」
「してるだろ」

 小五郎は肩をすくめて、ケーキを口に運んだ。

「中に入ってる苺の量がすげーな、これ」
「間に他のフルーツを挟むか悩んだんですが、他の果物を入れると少し安っぽくなる気がして……美味しいんですけどね。ショートケーキなら苺で勝負するべきかなと、色んな種類のを試してみたんです。上に乗せた苺と、中の苺、種類が違うんですよ。中の苺は三種類使ってて」
「はーん? ったく、果報者だなあいつは」

 ぺらぺらと解説すると、小五郎が呆れたように言う。
 言葉に詰まり、とっさにごまかす。

「……依頼には全力で応えたかったので」
「そうかよ」

 小五郎は笑った。
 この人は本当に、何をどこまで察しているのか、わからない。
 とてつもなく鈍い時があるし、探偵を名乗るには推理力が足りないように思えることも多い。でも、変なところで鋭いというか、こちらのことを全部わかっているのではないかと思わせるところがあった。
 いまも、まるで見透かしたようなことを聞く。

「ほんとに、参加しなくて良かったのか?」
「……いいんですよ」

 安室は苦笑した。
 誕生日を、直接祝いたかったかと言われれば、その通りだ。
 でも、今の自分たちの関係では、「そうなんだ、おめでとう」と告げるくらいの、さらりとした祝い方がちょうどいい。
 安室の周りには監視の目もあって、必要以上に親しくしていると、不審に思われる。それは、本意ではない。
 時計を見上げれば、午後三時。
 ──今頃、コナンもケーキを食べているだろうか。美味しいと思って、ちょっとでも製作者の顔を思い浮かべてくれたら嬉しい。
 安室はふっと笑った。

「なんだよ?」
「いえ。先生とケーキが食べられて、得しちゃったなって」
「なに言ってんだお前は」

 小五郎は顔をしかめて、安室を小突く。
 その時、ポアロのドアが開いた。

「ここに毛利さん、いらっしゃいますか」

 入ってきたのはこのエリアを担当している宅配業者だ。
 小五郎が手を上げる。

「おー、また荷物か」
「はい。海外からと、これは長野からのお荷物ですね」
「ったく……今日はこれで終わりだよな?」
「多分。夜の便には無かったはずですよ」

 毛利はさらさらとサインをして荷物を受け取った。
 小さめの荷物がいくつか。伝票を見れば、宛先はどれも毛利様方江戸川コナン宛だった。

「……これは?」
「ん? ああ、悪いな。ここ来る時、事務所のドアに『ポアロにいる』って貼り紙して来たからよ」
「それはいいんですが」

 荷物を一つ手に取ると、小五郎がああとうなずいて取り上げる。

「コナンの奴への誕生日プレゼントだよ。──あいつ、妙に顔が広いから、昨日からあっちこっちから荷物が来るんだよ……昨日もよくわかんねー奴が海外からなんか送ってきたけど……これはあいつのかーちゃんからだな。昨日のパパからってのは何だったんだ。一緒に送りゃいいだろうに……ったく、そもそも子どもの誕生日くらい帰って来れねーのかよ」

 小五郎はぶつぶつぼやいて、海外からと言われた荷物をカウンターに置いた。

「昨日、てか今日の夜もよ。日付が変わった瞬間にあいつのスマホにメールが届き出してよ。うるせーったらありゃしねえ」

 コナンと小五郎は同じ部屋で寝ている。夜中にスマホが鳴り続けたら、それはうるさいだろう。

「関西の探偵坊主も、あいつがガキだってこと考えろってんだ。十二時なんてお子様は夢の中だっつの。目ぇ覚ましちまって、寝かしつけるのに苦労したぜ」
「……それはお疲れ様でした」

 関西の探偵坊主。服部のことだろう。確かに彼は、一番にお祝いをしたいと思いそうなタイプだ。
 安室は、届けられた荷物に目を向ける。
 プレゼントがたくさん。──彼らしいといえば彼らしい。あの子はどこでだって、人を、それも面倒なタイプの人間を引っかけてくるのだ。
 小包を眺めていると、小五郎がにやりと笑った。

「こんだけ朝から晩まで大量に祝われてちゃ、ケーキは埋もれてるかもしんねーな?」

 安室は顔をしかめた。思わず恨めしげに言ってしまう。

「……先生は意地悪です」
「ケッ、いい年してす拗ねても可愛かねーんだよ!」

 可愛い一番弟子にデコピンを食らわせて、小五郎は荷物を抱えると「じゃあな」と帰って行った。





 言われなくても、山ほどのプレゼントにケーキが埋もれるかも知れないなんてことは、わかっていたことだ。
 みんなで食べれば消えてしまうケーキと、手元に残り続けるプレゼント。プーレトに書いた祝いのメッセージと、直接告げたお祝いの言葉。どちらが強いかなんて、考えるまでもない。
 わかっていて、いまの自分に相応しいものをあえて選んだ──の、だけれど。
 
(……いざ想像した通りの光景を目の前に出されると、面白くないものだな)

 人をこんな気持ちにさせて、あの子は本当に困った子だ。
 コナンに責任転嫁して、ため息をつく。
 閉店後、丁寧に掃除を終えて、店を出る。
 自棄で始めたコンロ掃除に夢中になったせいで、もう夜も遅い。
 小五郎も交えた二回目のお誕生日会も、終わっているだろう。昨日夜中まで起きていたなら、今日はもう寝ているかもしれない。
 スマホを取り出して、一言、メッセージくらい入れようか迷う。
 ──今更だ。
 今更だし、メッセージひとつ送ったところで、彼が今日もらった数多の祝福の言葉に埋もれるだけだ。
 そう、ため息をついてスマホをしまいかけたところに、メッセージが届いた。
 表示された「江戸川コナン」という名前に驚いてメッセージを開くと、写真が一枚。
 ──安室が作った、ケーキの写真。
 正確には、そこに乗せられた、チョコプレートの写真だった。
 お誕生日おめでとうと、丁寧に、それこそ苺の飾り付けより時間をかけて書いたメッセージ。

『ケーキ、ありがとう』

 開いたままのメッセージ画面に、追加のメッセージが表示される。
 瞬時についた既読の文字にためらったような少しの間のあと、もう一文。

『美味しかった』

 安室は電話帳からコナンの番号を選択すると、発信ボタンを押した。

『──はい』

 声は、スマホの向こうからと、もう一つ別の方向から直接、聞こえてくる。
 顔を上げると、毛利家の窓から、コナンが顔を出していた。
 安室は苦笑した。

「まだ起きてたのかい」
『まだ寝る時間じゃないよ』

 夜も遅い。声を張るわけにもいかないので、顔を見ながら電話をするという不思議なシチュエーションのまま、話を続ける。

「昨日寝るの遅かったんだろう? 連休だからって夜更かしばかりしてると、休み明けが辛くなるよ」
『やなこと思い出させないでよね……』

 コナンのげんなりした顔に笑い、一呼吸置いて、たずねる。

「……ケーキ、口に合ったかな?」
『美味しかったよ。いつものポアロのケーキと全然違うんだもん。びっくりしちゃった』
「君の誕生日に、あり合わせのものは贈れないよ」
『……』

 コナンは黙って、安室を見つめる。
 ややあって、コナンはためらいがちに口を開いた。

『あの、さ。メッセージプレートの写真……消した方がいい?』

 安室は目を丸くする。
 コナンが気にしているのは、筆跡のことか。潜入捜査中の安室が、己の痕跡を残さないよう慎重に行動していることを、この子は知っているのだ。
 ──確かに。普段なら、しなかっただろう。
 「お誕生日おめでとう」なんて、三百六十五日使われているありふれたメッセージのプレートは、探せば山ほど既製品があるだろう。それを使う手だってあった。
 それでも、書くことを選んだのは自分だ。ありふれたメッセージでも、せめて気持ちが伝わるようにと。

「大丈夫だよ。筆跡は、変えてるから」
『……そか。そうだよね』

 コナンが小さく笑う。
 彼がその言葉をどう受け取ったかは、なんとなくわかった。その誤解は、そのままにしておいた方がいい。
 そう、わかっていたけれど、思わず言っていた。

「とっておいて、欲しいな。──君のための、特別製だったんだ」

 ぱちりと、頭上のコナンが大きな目を瞬かせる。
 コナンは安室を見つめ、きゅっと唇をかんだ。

『……安室さんさ』
「うん?」

 首を傾げると、コナンは怒ったように言う。

『何か、言うことないの。あともう安室さんだけなんだけど』

 安室は目を瞬かせた。
 言うこと、なんて、一つだけれど。

「……あんなにみんなにお祝いされたのに、僕の言葉も要るの?」
「『はあ!?』」

 コナンが声をあげる。
 スマホからの声と直接聞こえる声がほぼ同じくらいに聞こえて、コナンはパッと口を押さえて部屋を振り返った。
 幸い、小五郎も蘭も気づかなかったようだ。コナンはほっと息を吐いて、安室をにらんだ。

『なんで他の人に言われたから安室さんに言われなくていいってことになるんだよ。わけわかんない』
「──それはつまり、僕にお祝いしてほしいってこと?」

 少し赤くなった顔が可愛くて、つい意地悪く尋ねると。
 コナンは真っ赤になって、『もういい!』と叫んだ。

「待った! ごめん。待って」

 慌てて止める。
 コナンは窓から顔の上半分だけ出して、じとっと安室を見下ろす。
 少し浮かれて、からかいすぎた。
 ひとつ息を吐く。
 いざ、言葉にしようとすると、何だか緊張してきた。
 安室は下を向いた。

「──お誕生日、おめでとう」

 通話口に向けて小さく、言うと。
 しばらくの沈黙の後

『──ありがと』

 ぽそりと小さな返答があって、電話が切れた。
 慌てて顔を上げたが、窓はもう閉まっていた。
 しばらく窓を見上げていたが、開く気配はもうない。
 安室は諦めて「おやすみ」とつぶやいて、歩き出した。
 ──何故コナンはわざわざ連絡をしてくれたのか。
 わからないけれど、コナンは、彼の周りにたくさん届けられた祝福の中に、安室の一言がなかったことを、気にしてくれていた。
 そのことが、とても嬉しかった。

(──誕生日なのは、僕じゃなくてコナンくんなんだけどな)

 あの子はいつも、安室にいろんなものをくれる。こんな日でさえも。
 もしかしたら、今年が最後ではなくて、次があるかもしれないなんて──そんな夢まで、見てしまう。
 安室はスマホを取り出す。
 今日が終わる一分前に、改めておめでとうの言葉を送ろう。
 夜中にスマホを鳴らしたら、小五郎は怒るかもしれないが、謝れば許してくれるだろう。
 そんなことを考えて、安室は笑った。