選択の権利




 仕事で外に出たついでに、風見は図書館に立ち寄った。
 今日はコナンとの集会ではなく、普通に本を借りに来た。せっかく利用者カードも作ったのだ、使わなくてはもったいない。
それに、改めて考えてみれば、大人の協力者とだって、図書館で会ってもいいわけだ。人が多いというのは、ある種の隠れ蓑になる。そんなことを考えて、入館してまず一周、建物を見て回った。

 ──ちょっとしたやりとりには便利そうだが、思っていたよりも人目が多いし固定客も多そうだ。じっくり情報交換するのには向かないかもしれないな。

 一通り図書館内部を確認した後で、風見は外国文学の棚に行き、目当てのものを手に取った。
 服部にすすめられたエラリー・クイーンだ。言っていたタイトルと若干違うのが気になるが、『謎』でも『秘密』でも変わらないだろう。いや、こんなことを言ったら、「訳者が違えば別の本」派の少年に怒られてしまいそうだが。
 首の無いホトケさんに興味あるならこれ、と服部が言っていた本をパラパラとめくる。
 首無し死体に興味があるも何もないが、服部に言わせれば、ミステリーにそういうケレン味を求める層はいて当然、とのこと。
 曰く、「わかりやすいし派手でええやん」。
 そんな軽口を叩きながら、そういうのが苦手ならこっち、あとコナンくんと仲良しの風見サンにはこっちかな、と服部はいくつかおすすめを教えてくれた。

「君はどれが一番好きなんだ?」

 風見がそう問うと、若干嫌味まじりの答えが戻って来る。

『一番好きなもん、好きやから読んで~って素直に言うほど、風見サンのこと信用しとるわけやないですから、オレは』

 先日の彼とのやりとりを思い返し、感心する。

「君、本当に江戸川くんのことが大好きなんだな」
『は!? アホかボケ!』

 怒鳴り声の後、ブツリ、と通話が切れた。
 服部平次からの連絡は、たいがいが電話だ。最初はメッセージが送られてくるのだが、リアルタイムで返すと、すぐに電話に切り替わる。そういう主義らしい。
 服部はすぐにまた電話をしてきて、何事もなかったかのように、近く東京に来る予定があることを教えてくれた。

「随分頻繁に来ているんだな」

 ファミリーレストランで会話をしたのは、つい先日のような気がする。

『こないだは和葉の用事、今度はオレの用事や。で、時間あんなら会えへんかなって』
「私に? 江戸川くん同席でか?」
『いや、あいつのおらんとこで』
「──何かあったのか」
『なーんも。せっかくやし、知り合いに会いたいっちゅうのは普通やろ』
「その言葉を素直に受け止められるほど、君のことを気安く思っているわけではないんだが」
『おお、冷た。公安の刑事さんはさすが、冷たいわー』
「公安の刑事は多忙なんだ。察するに、滞在中に、江戸川くんが不在の日があるんだな?」
『お、風見サン名探偵。アラサーのフリーターやあるまいし、小学校のプールについてくわけにもいかんやろ。プールの日? があるんやて』

 いろいろと、気になる情報が詰め込まれていた気がする。
 服部に、降谷の正体が気づかれるのはまずい。安室透を過剰に気にするのはよろしくないが、しかしこれは知り合いの小学生に関わる情報としては一般的に聞き逃せない類のものだろうと判断する。

「フリーターというのは、喫茶店の男か」
『おう』
「プールについていく?」
『いちグループに一人、成人の保護者が必要なんやて』
「それは君、逆についていかなくていいのか。あれだけ胡散臭いと言っていたのに」
『は? ああ、まあそらそうやけど、プールで警戒せなかんのはあの男がペ……』

 そこで服部は言葉を切って、声のトーンを落とした。

『まさかあの男、そういう前科ありのリストに載っとるとか』
「──さあ。知らないが」

 そんなわけないと即答したかったのを、なんとかこらえる。

『調べといてや』
「公安はそういう部署ではないんだが」
『コナンくんのためやろ。その可能性は考えとらんかったわ』

 服部はふむふむと感心している。

『顔はええからな、あいつ』
「……君は本当に江戸川くんが好きだな」
『客観的な事実や。もうその手には乗らんで。──ま、あとで日程送るから、三十分でええし開けといてな。それまでにエラリー・クイーン一冊、ノルマやで』

 そうして、服部からの嵐のような電話は切れた。
 ──風見が図書館でエラリー・クイーンを手にしているのは、そういう事情である。

 小学生の引率でプールに行く上司のことはまあ、いったん脇に置いておくとして、服部平次とのつながりを降谷にどう報告して良いものか、風見は悩んでいる。
 顔見知り、なのは以前病院であった時に把握しただろうが、それ以上にやりとりをする仲だということは、その理由も含めて説明しにくい。だが、何らかの報告はしておくべきだろう。
 彼に関しては、コナンにも伝えていないわけだが、これもどうも落ち着かない。
 服部が風見とのつながりをコナンに告げていないのは、何か考えがあってのことか、または、自分の知らぬつながりを持つ彼への対抗心か。年相応に子どもっぽいかと思えば、探偵に相応しい鋭さを見せる彼のことは、そう軽く判断すべきではないと思う。
 降谷が安室であることを考えると、服部にはなるべく接触しないに限るのだが──あっちから来るものはどうしようもない。まだ予告してくれるだけ、ありがたいと思うべきなのだろう。
 菓子折攻撃を受けた時点で、何かもう少し考えておくべきだったかもしれない。

 ──彼とのやりとりは神経を使うんだよな。

 思い返していたら、なんだか疲れてしまった。本を選ぶのも面倒臭くなってきた。一番のおすすめがあるわけでもないようだし、どれでもいいだろう。

 ──首がとれるやつにしよう。

 風見は最初に手にした本を持って、自動貸出機に向かった。



 図書館で本を借りた後、警視庁に戻るついでに昼食をとろうと定食屋に寄る。
 ようやく、メンチカツが食べられる。
 いただきますと手を合わせたところで、顔見知りが入店してきた。高木だ。
 先日鉢合わせた時同様、ひとりだ。外回りの刑事は基本的に二人組だし、捜査一課は仲良く見えたのだが、昼食は個別なのだろうか。高木の性格で孤立していることもあるまいと、余計なことを考えていると、高木は人の良さそうな笑みを浮かべて風見のいるテーブルにやってきた。

「ここ、いいですか」

 頷いて了承する。先日と違い、ピークを過ぎた店内は席を選べる程度には空いている。
 風見のメンチカツに目をやり笑顔を見せたあと高木はトンカツ定食を注文して、「暑いですねぇ」とため息をついた。

「こう暑いと外に出るのが嫌になっちゃいますよ」
「車でも、日差しはどうにもならないからな」
「そうなんですよ。すっかり焼けちゃいました」

 日焼けした腕をさすって、素早く出てきた定食を前に一度手を合わせ、箸を割る。

「そういえば、コナンくんもちょっとこんがりしてましたよ。どこか遊びに行ったのかな」
「プールじゃないか」
「ああ、小学生はプールがあるのか……いいですね、プール」

 高木は心底うらやましげに言って、味噌汁をすする。

「最近彼は、おとなしくしているか?」
「そうですね、先日ご連絡した以降は、特には」

 そうか、とホッとしかけたが、高木の把握していない花火大会の件があった。あれは、つい先日だ。
 これまでにも高木が把握していない事件はあったのかもしれない。いや、あっただろう。風見はため息をついた。
 たしか、夏休みには海に行くと言っていたはずだ。何事もないといいのだが。
 メンチカツを咀嚼しながら考える。
 降谷も、プールの引率ではなく海に行く時に引率した方がいいのではないか。そんなに暇ではないことは、よく、知っているが、何かあるなら海だろうし、降谷にも多少日頃のストレスから解放されるイベントがあってもいい気がする。
 ──高木や吉田歩美の話を聞くかぎり、安室透はかなり好き勝手やっている気もするが、あの人が出来る人だから余裕ありげに見えるだけで、日々神経をすり減らしていることに変わりはない……はずだ。

「風見さん、どうかしましたか?」
「いや。……プールなんてもう何年行っていないかと思ってな」
「ですよね。プールの後に昼寝するの、最高に気持ち良かったですよね……なんか思い出しちゃいますね」

 高木はしみじみという。
 言われてみれば、と風見もうなずく。言われるまでそんなこと、すっかり忘れていた。高木の方が若い分、子どもの頃の思い出にも近いのだろう。
 自分の小学生時代を思い返す。
 学校に行って、友達と遊んで、食事をして。それが毎日の全てだった。
 テストが出来たとか出来なかったとか、友達と比べサッカーボールが上手く蹴れないとか、母親が口うるさいとか、プールの日に晴れるだろうかとか。心配ごとといえばそれくらいな、ごく普通の。
 比べて、あの少年はどうだろう。
 改めて、異質さを実感する。
 でも彼だって──いや、彼はああだからこそ、普通の子どもには縁のない葛藤も抱えているのだろう。
 先日はなんとなく流されてしまったが、彼に、なにか隠し事とそれにまつわる懸念事項があることには、変わりない。あの時彼が、「本当のことを見せたとして、信じてもらえるかわからない」と言ったあれが、すべて風見を取り込むための演技であったかというと、違うのだろう、と思う。
 過剰に感傷的に見せていたかもしれないが、とっさにつく嘘としては曖昧にすぎるし、だいたい、なんだかんだ彼は最後まで、降谷との関係の継続を確信出来ないでいるようだった。
 そこまでの秘密とは、なんだろう。
 何度か考えたことを、また考える。
 どうやら何か知っているらしい服部は、彼と普通に付き合っているし、先々の心配なんてなにひとつ、していないではないか。
 食べ終えて箸を置き、風見は前の席でのんびりと付け合わせのキャベツを食べている高木をうかがう。
 彼は──おそらく、知らないだろう。可能性があるとしたら、少年の持つ様々な道具を開発した発明家と、あとは服部との話で出た少女、灰原哀か。
 考えて、止める。
 あの子に秘密に、興味がないわけがない。ただ、浮ついた好奇心で触っていい件ではないだろう、と思うのだ。

「そういえば、吉田歩美ちゃん、この間会ったんですが、クッキーは無事出来たそうです」
「ああ……公園の」

 そういえば、コナンからも先日、クッキーの写真が届いていた。
 ただ、それには安室のクッキーだ、と書いてあった気がする。あの少女が作ると言っていた、ハートや星のような可愛らしい形ではなく、シンプルなスクエア型のチェック模様のクッキーだった。
 日頃は店で出すケーキばかり焼いているはずの降谷が、なぜクッキーか。タイミング的に嫌な予感がするが、まさか、小学生の女の子に張り合ったわけではあるまい。

「コナンくんにも無事受け取ってもらえたみたいですよ。この味好きだなって言ってもらえたみたいで、喜んでました」
「……そうか」

 風見は麦茶を飲みながら、それでまた、あの人が拗ねていないといいのだがな、と思う。
 高木たちと接していると、どうも、余計な情報があれこれ入ってくる。コナンと知り合う前は、なかったことだ。あの人が普段、どんな風に過ごしているかなんてこと、知らなかったし、知る必要だってなかった。
 すごい人だ、と思っていることに変わりはないが、コナンと一緒にいる時の降谷は、これまで見せなかった顔を見せるので、風見の中の降谷像も、少し、変わってきている。
 風見が、自分はあの人の右腕なのだということを強く意識するようになったのも、ここ最近だ。
 以前だってそのつもりではあったが、より、自分の立ち位置というか、方針というか、そういうものが明確になった気がする。
 ごちそうさまでした、と箸を置いた高木と、店を出る。
 公安部と一緒にいるところを見られては高木が刑事部でやりにくいだろうと、「では私はこちらから」と最短ルートとは別の道を指すと、高木は妙な表情をした。

「そういうとこ、気にされるんですか……。せっかく待ってて下さったのに。一緒に帰りませんか」
「……君が食べ終わるのを待っていたわけではなく、話の区切りの都合だ」
「はあ。……了解しました。では、また」

 高木は少し考えるようなそぶりを見せた後で、苦笑して、一礼すると警視庁に戻って行った。
 そういえば、今日は落ち着かない素振りはなかったな、と気づく。だからなんとなく、こちらから立ち去ってやらねば、と思わなかったのだろう。
 それにしても、一緒に帰ろう、とはまた。それこそ、小学生以降なかなか口にしない言葉だ。
 風見は苦笑して、別ルートから警視庁に向かった。




 警察に休みなどない。潜入捜査官なら尚更で、そうなるとその連絡役だって道連れだ。
 電車が幾分空いて、早朝に制服姿の学生を見かけなくなると、ああ夏休みかと思いはするが、日々の生活で実感することはない。
 花火大会で二人の会話を立ち聞きして以降、降谷とは直接顔を合わせていない。定時連絡も事務的なものに終始している。あとで注意されるかと思ったが、そういうこともない。だが、明確に雑談を避けている様子で、それもあって、風見は服部のことを言うタイミングを逃している。
 気まずさや気恥ずかしさもあるだろう、と思うが、しかし一方で、あの少年とのことでは、降谷はいささか、風見に対して開き直っている面もある気がしている。こうもあからさまに、その話題に触れるな、という空気を出しているのもまた、開き直っているゆえだろう。
 しかし、いつまでも報告しないわけにはいかない。風見はその日の定時連絡時、切り出した。

「江戸川くんがらみで、一点ご相談があるんですが」
『──なんだ』
「彼の友人の服部平次について、ご意見をうかがえないでしょうか」

 風見はざっと、病院で顔を合わせた時から警戒されていたらしいこと、先日偶然会って連絡先を交換するに至ったという事実のみを話す。

「申し訳ありません、自分の背後に誰かがいることも、察したようです。彼の経歴も調べましたが、警戒して対応すべき相手かと思います」
『彼は、あの子の探偵仲間で、あの子も一目置いている。付き合いも長いらしいからな。あの子の周囲に得体の知れない大人が増えるのをひどく警戒する傾向がある』

 警戒対象筆頭はそう答える。

『あれは、過保護、というんだろうな……。あの子の無茶苦茶ぶりを考えれば、過ぎているとも言いにくいが。──敵対するような相手ではないが、こちらの手の内をさらす必要もない。そのカードを切る必要がある時はこちらで対処する』
「了解しました。私はなるべく接触回数を減らすように注意します」
『……あの子は本当に話していないんだな』

 ぽつりと、降谷がつぶやく。風見は一瞬迷った後、言った。

「以前、あまり危ないことに巻き込みたくないのだと、言っていました」
『──なるほど』

 安室はため息をついた。そして、不意に言う。

『風見。お前、服部平次に近づくことは出来るか』
「出来、なくは……ないですが。リスクがあります」

 遺憾ではあるが、現状、彼に安室透の正体が露見するとすれば、風見がきっかけなってしまう可能性が高い。

『それは承知の上だ』

 さらりと降谷は答える。

『風見も察しているだろうが、あの子には、何か隠していることがある。おそらく、例の組織に関わることだ。服部平次は、おそらくその秘密を知っている。──あの子が隠していることをあばく、糸口になるものを何か、引き出せる人物がいるとしたら、彼はそのひとりではないかと、僕は考えている』

 風見は息をのんだ。

「──探れと」
『踏み込む必要はない。観察をしろ。一言一句、一挙手一投足を。何をどう言って、何を口にしないか。彼は確かに、油断のならない相手ではあるが、高校生だ。無論、こちらでも動くが、彼は安室透を警戒している。警戒が薄い風見相手だから見せるものがあるはずだ』

 咄嗟に返事が出来なかった。
 逆に足を引っ張るリスク。その影響。
 ああもう、と心底心配そうにため息をついた、服部の顔と、巻き込みたくないと言ったコナンの顔。

『何か感じて、気づく点もあるだろう。その上で』

 降谷は言葉を切った。

『僕に報告をする内容は、お前が取捨選択しろ』

 意味を理解するのが遅れた。

「──それは、どういう」
『そのままの意味だ』

 常識的に考えれば、風見が、降谷に指示された行動で知り得た情報を、降谷に報告しないことなど、あり得ないことだ。
 その取捨選択の権利を、風見は持たない。持っていいはずがない。些細な情報からでも降谷は何か読み取るかもしれず、それが命を救うことだってある。
 風見と協力者とのやりとりや、江戸川コナンとのやりとりの報告についてはまた別だが、それは主体が風見にあるからだ。
 それをあえて、取捨選択しろと指示した意味。
 衝撃を受けて鈍くなった頭を、それでも必死に回す。
 降谷零は公安の人間だが、現在、単純にその立場で行動できるというわけではない。
 組織の人間として行動しなければならないこともある。その時に──組織の人間としての彼が知っていては不都合なことが、あるかもしれない、ということか。
 江戸川コナンは、例の組織に関係している。あの少年の性質を考えると、敵対、対立していると考えて良いだろう。
 その彼の、隠し事。
 風見はうめいた。

「降谷さん」
『情けない声を出すな。お前以外に出来る人間がいないだろう』
「っ……仰る、通りです。──承知しました」

 腹をくくる──ことなど出来るはずがないが、そう返事をする。
 それ以外の返答は認められない。

『頼んだ』

 短い言葉のあとに、通話は切れた。



 日々肝に銘じているつもりではあったが、自分が公安の刑事でゼロの連絡役なのだということが、改めて重く実感された。
 あの少年について、あの組織との関わりについて、安易に触れるべきではないと言い訳して、風見は無意識に考えるのを避けていた。だが、本来考えるべきことだった。
 服部についてだって、彼が何か知っていると察したなら、降谷に言われるまでもなく、もっと注視すべきだった。
 無意識に、踏み込むのを避けたのは、それであの少年との関係が損なわれることを恐れたからだ。
 最初に「入れ込みすぎるな」と注意されたが、風見は最初からとっくに、入れ込んでいたのだ。
 自分よりよっぽど少年に近いだろうに、きっちりと線引きして、やるべきことをやる降谷は、やはり違う。
 もしかしたら、今回の指示も、目を覚ませという意味なのかもしれない。
 ──いや。でもそれなら何故、報告内容を選択しろなどと、言ったのか。

 取捨選択しろ、というのは、かなり難しい指示だ。
 選別には、どうしたって風見の意思が反映されてしまう。
 どこまで開示し、何を隠すか。それがどこに、どのような影響を与えるか。
 選択には、常に責任が伴う。
 風見は降谷の部下だ。降谷の利益と、公安の利益を考えればいい。
 ただ、ことがそう単純にいかないのは、降谷が複数の顔を持つからだ。
 組織に潜入している彼にとっての利益が、単純に降谷零の利益とイコールになるとは限らない。
 そこをどう線引きするか。──そして、江戸川コナンのことをどう考えるか。
 例えばの話、風見が、コナンにとって致命的な不利益になり、かつ、降谷の利益になる情報を得た場合、どうするか。
 風見はそれを報告できるだろうか。
 あの少年が傷つくことを風見自身が望まないのはもちろんのこと、降谷だって、望みはしないだろう。代償に何かを得られたとしても、降谷もまた傷つく。そういう、感情的な話に限らず、あの少年と敵対することが、長期的に見て有利になるとも思えない。だが降谷の利にならないと判断し報告をためらったことで、組織内での降谷の立場が危うくなれば、それは命にかかわる。
 ──考えれば考えるほど、難しい話だった。
 そして、おかしな話だった。
 ある意味、責任の一端を風見に押し付けるようなやり方は、普段の降谷にはないものだ。
 頼られている、信頼されている、と取るべきか。あるいは──試されているのか。
 よくよく考えるまでもなく、風見に調べられることくらい、降谷なら当然、調べられる。警戒されているから、と言っていたが、そのハンデがあっても、必要な情報を引き出すことくらい、容易だろう。伊達に組織に探り屋として潜入しているわけではないのだ。本気でやろうと思えば、降谷に出来ないわけがない。
 それをあえて風見に指示したのは、風見の力量を試しているのか、あるいは、降谷はすでに何かをつかんでいて、それを風見がどう報告するかを確認しようとしているか。
 あるかもしれない、と思う。つまり、自分以外の視点で情報を得て、照らし合わせたい、という場合。だがしかし、それで風見を選ぶだろうか。
 考えても、答えはわからない。
 どれもありそうに思え、そして無さそうにも思える。
 ──降谷は、風見にどんな立場を求めているのだろう。
 従順な連絡役か、物言う右腕か、それともあるいは、全く別の何か。
 風見は大きく息を吐いて、椅子の背もたれに寄り掛かった。
 自分の立ち位置が明確になった気がする、などと思った次の瞬間にこれだ。そんなものはただの錯覚で、降谷はいつだって、風見の想像の範囲を超えている。

 とりあえず、いま知っていることを、頭の中で羅列していく。
 服部平次と会話をして知りえた情報は、彼が少年の親友であること。何か風見たちの知らないことを知っていること。
 同じ秘密を、おそらくは灰原哀という少女と、発明家の阿笠博士も知っているだろうということ。
 このあたりはおそらく、安室透も把握しているだろう、と思う。
 その他でいえば、どうやら服部は、普段コナンを別のあだ名か何かで呼んでいるらしいこと。大阪から頻繁に会いに来るくらい気にかけていること。顔がいいと評価していること。人使いの荒い少年にこき使われるのが嫌ではないらしいこと。無理ばかりするので心配しているということ──。
 風見は途中で首を振る。
 こんな感覚的で情緒的な印象は、情報とは言えない。

 降谷には、服部と少し踏み込んだ話をしたことまでは、言っていない。
 あれは、お互い気にかける者がいるもの同士の会話であって、わざわざ詳細を話す類の会話ではないからだが、ここでひとつ、選択は発生している。
 服部とそういう話をしたと知っていたら、降谷は同じ指示をしたかはわからない。
 まだ、彼に対して気を許しすぎているとか、そういうことはない。ないが、あの会話には、多分にシンパシーと言えるものが含まれていたし、彼は江戸川コナンの親友だ。最初から幾分査定に色がついていることは否めない。
 風見は首を振って頭を切り替える。
 指示は指示だ。とりあえずは、その通りに行動するまでだ。
 情報収集をして、そして、どうするかは、今度こそ、突き詰めて考え続けねばならない。

 数ヶ月前。最初に公園でコナンと話をした時のことを、思い出す。
 「君を傷つけるとわかっていても降谷さんの指示に従うだろう」と言った風見に、「やっぱりあの人の部下だ」と笑ったコナンの顔を。
 あの時と同じことを、いま、風見は言えるだろうか。
 もし、言えなくなったとして、少年は、そんな風見にどんな顔を見せるだろうか。
 ──考えても、詮無いことだった。




 考えて、仕事をしているうちに、服部が来る日になった。
 指定された時間は昼時で、また同じファミリーレストランで待ち合わせることにする。
 待ち合わせ時間より少し早く店に入り、案内された席に座って、顔を上げた風見は「ん?」と首をひねった。
 少し離れた、斜め前の席で、険しい顔つきで店の入り口をにらみつけている少女に、見覚えがある。
 少し考えて、思い出した。資料で見た、遠山和葉だ。
 コナンは一緒ではないが幼馴染の少女は一緒なのか、と席を見たが、少女の他には誰もいない。机の上のお冷もひとつで、連れがいるようには見えない。
 その時風見のスマホに、着信がある。服部だ。

『すまんすまん、ちょーっとだけ遅れそうや。先なんか注文しといてください』
「それはいいんだが、店に遠山さんがいるんだが、待ち合わせしているのか」

 遠山に気づかれないように小声で言う。遠山和葉は、風見など見向きもせずに入り口をにらんでいたから、無用な気遣いかもしれないが。
 電話の向こうで、服部が「はぁ?」と声をあげる。

『和葉がなにしとんねん』
「私にわかるわけないだろう。聞いてみるか?」
『待った待った、風見サンもう注文してもうた?』
「まだだが」
『そったら、和葉の目ぇ引かんようにそーっと出て来て下さい』
「……また喧嘩でもしてるのか?」
『またてなんやねん。しとらん。朝も別に普通にしとったんやけどな』

 わからん女やで、と服部は首をひねっている様子だ。
 風見は、注文を取りに来た店員に謝罪して店を出る。
 適当に、別に店がありそうな方向に歩きながらたずねる。

「今日彼女は毛利さんと一緒じゃないのか」
『一緒のはずなんやけど。そこにはおらんのやろ』
「いなかったな」
『──ところで、風見サン」

 電話からの声と、耳に直接届く声がダブって聞こえる。
 ギョッとした時には、背中にぐりっと銃口に見立てた指が押し付けられていた。
 いつの間にか背後から近づいていたらしい。

「和葉の顔なんて、どこで知ったんや」

 笑みを浮かべて、しかし底冷えのする声でたずねられ、風見は電話を切っておとなしく両手をあげた。

「──君を調べた時に資料でな。江戸川くんの周囲の人間を一度調査したんだ」

 正直に答えれば、服部は顔をしかめた。

「そんなこったろと思っとったけど。……なのに、安室透の前科については知らん、やったのは気になるところやけどな」
「他人の前科の有無を即答出来る方が怪しいだろう。ごまかすのは癖だ」
「公安の刑事さんらしい素敵な癖ですこと」

 わざとらしく言って、服部は切り替えたように、二ッと笑った。

「どーも、久しぶりやな風見サン」
「そんなに久しいという感じはないがな」

 会って数分で肝が冷える。風見はそっと息を吐く。

「そんで、前科あったん?」
「あったら放置していると思うか?」
「せやな」

 服部は納得したようにうなずいた。

「ああ良かった。これでも一応、プールに送り出すんは心配やったんやで」

 そういえば今日は、プールの日か。小学生とプールに行く降谷はなかなか想像しづらい。
 服部は帽子をとってパタパタとあおぐ。

「ガキとプールなんてご愁傷様やと思てたけど、こう暑いとやっぱ行けば良かった気ぃするわ」
「保護者も入れるのか? プールサイドでの監視要員かもしれないぞ」
「げぇ。ただの地獄やん」

 とにかくどこか店に入ろうと考えて、そういえばこの近くに降谷と会ったハンバーグの店があったなと、そちらに向かう。
 男子高校生だ、よく食べるだろう。

「遠山さんはあのままでいいのか?」
「後で回収しとく」

 服部はむすっとした顔でなにやらスマホを操作した。

「風見サンて、あいつとは普段どんな話しとるん?」
「特に中身のあるやりとりはしていないな……。言い訳するつもりはないんだが、そう頻繁にやりとりをしているわけではないんだ。それこそ、高木くんの方が話をする機会は多いと思う」
「一番最近は?」
「それこそ、君が遊びに来るという話だな」

 その連絡があったのは、三日前のことだ。そんなことを言いながら店に入り、テーブル席について注文をしたところで、スマホに通知が入る。
 見ればコナンで、プール!という短いメッセージと、プールに浮かぶ子どもたちの写真が届いていた。写真の後には、これからお昼食べて帰る、というメッセージが来る。
 前のやりとりに特に問題があるものがないことを一応確認した後で、服部にスマホ画面を見せる。

「こういう感じだ」

 服部は写真を見てふはっと笑った。

「チビどもに交じって、まあ、楽しそうやな」

 すぐにハンバーグが来たので、一度スマホをしまって、食事にする。
 服部は、先日とは対照的に、無言でハンバーグを頬張っている。
 いかにも若者らしい豪快な食べ方だが、仕草がきれいなのは、育ちだろう。
 彼は先日愚痴交じりにコナンをお坊ちゃんと言っていたが、彼だって、風見からすれば良家のお坊ちゃんだ。
 ──相対していると、読み取れることは多々ある。
 たとえば、テーブルの上に置いたスマホを気にする仕草から、遠山和葉を気にかけているのだろうということ。
 写真を見た時の「チビにまじって」という言葉から、彼がコナンを子どもとは扱っていないこと。
 いま見たスマホ画面から、コナンと風見が他愛のないやりとりをしているというのが嘘ではないと確認して、少しホッとしているらしいこと。
 そして、写真から読み取れたことに、思いを巡らせていること。
 ──そう、一枚の写真から読み取れることだって、たくさんある。
 少年本人が写っている、写真。
 撮影者は彼ではなく、プールに入っている友人たちでもない。濡れない位置にいる誰かだ。
 少年と撮影者は、少なくとも撮った写真をやりとり出来る程度には親しい。
 もしかしたら、自分のスマホを預けたのかもしれないが、その場合、少年は自分のスマホに重要な情報を入れていないのだ、ということも読み取れる。
 そして、楽しそうな子どもたちの様子や、少年の笑顔を見れば、少年が撮影者を悪くは思っていないことも、撮影者が相手をどう思っているかも、伝わってきてしまう。

「……たぶんやけど。害意はないんやろなっちゅうことは、わかっとるんです」

 食べ終えた服部が、口を開く。何の説明もなく話し出したのは、風見がついてこられると思っているからだ。その程度には、服部は風見を評価してくれているようだ。

「あいつ、こないだ病院から帰る途中で、疲れて眠ってしもて。オレが戻るまでずっと、あの人が見とったんやけど。あいつ、自分が寝とる間になにされたかわからんのに、起きても全然、平気そうで。セキュリティーは強化したから平気やって、ゆうとったんですけど」

 服部はため息をついた。

「ツッコミ待ちかい、ちゅう話やないですか。目の前で寝こけて平気やっちゅうなら、それでええんやけど、セキュリティー強化したからて、つまり、強化せなかんかったっちゅうことやろ。そら良かったなー、なんて言うわけあれへん。
 ただ……めっちゃくちゃ、うっさんくっさいけど、あん人が、あいつのこと、なんちゅうか、大事に……や、ちゃうか、うーん、尊重しとる、が近いか。つまり、ちゃんと扱っとるのは、わかっとるんです。わかっとるけど、なんや、あん人もあいつも、お互い、警戒しとる感じで、だから、スッキリせんっちゅうか、まあ……気に食わんなって」
「スッキリしないから気に食わないまで随分一足飛びだな」
「どんな関係か知らんけど、ふたりの秘密っちゅうのがあるんやろ。そら、気に食わんわ」
「君はほんとに、」
「ハイハイ、江戸川くんのことが大好きですよ。なんせ親友やからな」
「そうか」

 思わず笑ってしまう。感情の表現がストレートで、好ましい。どこかの誰かさんたちのように捻くれていない。
 服部は少し顔をしかめて、聞いてくる。

「風見サン的には、あの男どうなん」
「どうもこうも、病院でしか話したことがないからな。あの年齢でフリーター、というのも昨今珍しくもないし、私立探偵として活動しているのも本当のようだ。江戸川くんの保護者からも信頼されているようだし、だいたい、江戸川くん本人が保護者代理と認めていたわけだから、特段警戒する理由はない、という感じだな」
「……つまらん」
「つまるもつまらないもないだろう」

 風見も食べ終わって、ごちそうさまと手を合わせる。
 服部はまたため息をついた。

「しょーじき、風見サンかて信用出来るかどうか半々やなってとこなんやけど。悪い人ちゃうんやろなって思うんは、ほんま、そういうとこやで」

 そういうところとはどういうところだ。風見は顔をしかめる。
 店が混み始めたので立ち上がる。
 昼代くらい払おうと思ったが、まだ信用したわけちゃうからな、と服部は自分の分を支払い、今回も清く正しく割り勘だ。店を出て歩き出してから、思い出す。

「ああ、そういえば、エラリー・クイーン読んだ」
「せやから、そういうとこや。で、何読みました?」
「そういうとはどういうところだ? 読んだのは首のないホトケのやつだ」
「おっ、あれおもろいやろ」

 服部の声が弾む。そこに、声がかけられた。

「平次兄ちゃん? と、風見さん?」

 振り返ると、ビニールのカバンを肩から下げた、プール帰りのコナンだ。当然ながら、降谷が隣にいる。
 先日高木がちょっとこんがりした、と言っていたが、なるほど少し日に焼けた様子だ。丸く見開かれた瞳の白目がいつもより目立つような気がする。

「げっくど、」

 服部が小声で呻く。

「風見サン、話合わせてや」

 そう囁いた後で、服部はコナンに駆け寄った。

「おう、坊主。プール終わったんか」
「うん。平次兄ちゃん、風見さんと一緒にどうしたの?」

 コナンは不審げに服部と風見を見る。服部はぐりぐりとコナンの頭を撫でた。

「いまさっき、たまたまそこで会うてな。いっつもコナンくんがお世話になってますーって挨拶しとったとこや」
「お菓子のお礼をしていたところだ」

 風見が歩み寄って言葉をそえると、ふうん、とコナンは首を傾げる。
 ちらりとこちらを見上げる目に、余計なことは言っていないだろうな、という牽制の色を読み取り、肩をすくめる。服部からの好意が大きいように見えるが、この子もたいがい、友人思いだ。
 言っていないという意図は伝わったのか、コナンはにこりと笑顔を見せた。

「あんまり変なお菓子送ってくるなって、ちゃんと言えた? 風見さん」
「変な菓子てなんや」

 服部がコナンの頬をつねる。

「いたーい。風見刑事助けて」

 子どもぶって悲鳴をあげ、コナンが服部の手を逃れ風見後ろに隠れる。
 近づいて来た時に、ふわりと、塩素のにおいがした。プールのにおいだ。高木と話した時のことを思い出して、風見はまだ少し濡れた少年の頭を撫でた。

「プールだったんだな。楽しかったか? 何か事件は起こらなかっただろうな」
「小学校のプールで何があるっていうの。楽しかったよ。暑いからずっと入ってたかったんだけど」
「体を冷やしすぎるのは良くないよ」

 降谷がそう言って、おいで、とコナンを引き寄せた。ついでのように風見に会釈するのに、会釈を返す。
 降谷は服部に顔を向けにっこり微笑む。

「これからお昼ご飯食べに行くんですが、服部くんお昼は?」
「あー、さっき食べたとこや」
「風見刑事は」
「私も少し前に済ませました」
「そうですか。ご一緒出来ればと思ったんですが、残念です」

 よく言うな、とやや呆れる。
 ハンバーグ食べに行くんだ、とコナンが報告してくる。
 ピクリ、と服部がわずかに肩をゆらす。風見もそうか、と答えながら内心ヒヤッとした。なるほど、危ないところだったらしい。
 服部はついて行きたそうな顔をしていたが、店にUターンするわけにもいかない。そしてふと顔をしかめた。手にしていたスマホが何度か震えている。おそらく、遠山和葉だろう。

「オレはちょっとこれから用事あるんで。コナンくんは、また事務所でな。たくさん食べや」

 そういえばあの量を小学生が食べられるだろうか、と思ったが、降谷が一緒なら、残しても降谷が食べるだろう。
 服部はまた震えたスマホを見て顔をしかめ、そしたらな、と手を振って走っていった。

「それでは、私もこれで」

 頭を下げると、ばいばい、とコナンが手を振り、降谷が頭を下げる。
 毎度、この三人でこのやりとりをする意味はあるのかと思いつつ、いまあの人は安室透だしな、と考え直した。
 あの写真と、乾いた髪を見れば、保護者は監視員でプールに入れはしなかったのだろう。この炎天下にご苦労様だ。
 風見は、そっと振り返りふたりの後ろ姿を見送る。

 ──おすすめの、美味しいハンバーグが食べられる店に連れてきたかったんだな。

 コナンのことだとは知らず、風見に「今度連れて来ればいい」と言っていたあの日のことを思い出す。風見が「無理だ」と言ったので、自分で連れて来たのだろう。そして、あの日の降谷の似てない物真似のことを思い出し、きっと降谷も店で思い出すのだろうなと、考える。
 口元に笑みが浮かびかけ、きゅっと、引き結ぶ。
 ──しかし。
 降谷は裏で、あの子どもの秘密を探り、あばこうとしている。
 笑顔で話しながら歩いていくふたりは、仲の良い親戚同士か何かにしか見えないのに。
 ふたりとも、相手に言えぬことを持ち、相手を、警戒している。
 今更ながら、少年の言葉を実感する。
 裏切ったり出し抜いたり嘘ついたり。そういう関係だと、彼は言った。
 いまのところは、という注釈はあったし、先々の希望はあると言っていた。それでも、それはすべてが片付いたらの話だろうし、終わりが見えないいまのところは、まだ、本当にその言葉のままの関係なのだ。
 ふたりの後姿が見えなくなるまで、風見はその場にただ立ちつくしていた。
 『頼んだ』と言った降谷の声を思い出す。
 少年の隣を歩く安室と、服部を探るように指示した降谷。
 そのどちらも、結局は、あの人であることに、違いはない。
 降谷は、冷静で冷徹な人間だ。──だが、それだけの人ではない。
 潜入している組織の秘密を探るために、何かしら関係しているであろう少年の秘密をあばこうとしていることが事実でも、少年に無茶をするなと懇願したことも、少年を大切に思う気持ちがあることも、嘘になるわけではない。
 矛盾だらけだったとしても、そのどちらもが、あの人の真実だ。
 そのことを知っているのは、降谷のそばで、コナンと接してきた風見だけだ。
 うぬぼれではなく、そう思った。
 風見の判断で取捨選択しろ、と言われたことの意味を、もう一度考える。
 人通りのない路地で、風見は一度、息を吐く。
 考えて、改めて、立ち位置を定める。
 公安の刑事として組織に貢献することに加えて、風見のすることは、降谷零の、サポートをすることだ。
 風見は、服部が去って行った方に目を向けた。

 ──とりあえず、彼の口にした、くど、という言葉の意味を、調べなければならないだろう。おそらくは、呼び名だ。

 スマホが震えた。見ると、服部とコナンだ。
 服部からは、エラリー・クイーンの感想は今度ゆっくりと、というメッセージ。
 コナンからは、ハンバーグの写真だ。そして、「ここ、前に風見さんが食べてたとこでしょ」というメッセージ。
 両方に返信をする。
 IoTテロの際、毛利親子を利用した降谷に怒りを見せた少年は、自分の弱みをあぶりだすために親友が利用されることもまた、嫌うだろう。
 しかし、相手を好ましく思う感情が本当でも、それはそれとして、やるべきことはやる。──それが、風見のスタンスだ。

「……すまないな」

 つぶやいて、風見はメッセージの送信ボタンを押す。
 風見は結局、どこまでも降谷の部下なのだ。
 選択するならば、降谷につく。己の希望は、その、次だ。

 ──考えろ。

 降谷の望みはなにか。風見に何が出来るか。
 ──何が、本当にあの人のためになるか。
 無茶苦茶な指示をふっかけてきた上司に応えるために、風見は大きく息を吐いて、覚悟を決めた。