鈴木園子は愛している




 放課後、帰り道に新しく出来た喫茶店でケーキを食べて、園子は、失敗したな、といささか憂鬱になった。
 スポンジはパサパサ。クリームはベタついて妙に舌に残る。──期待外れだ。
 学生の財布にも優しい価格設定なので、ある程度は仕方ないだろうが、それでも「最低限のレベル」というものはある。
 園子は薄いコーヒーを飲みながら店内を観察する。立地はいいし、内装もそこそこ凝っている。ここまで雰囲気づくりをしているなら、もう少し価格を上げて質もあげた方が、リピーターは増えるのではないか。学校が多いエリアだから学生もターゲットに、ということなのかもしれないが、気楽におしゃべりするには少々敷居が高い雰囲気だし、フードメニューがこのレベルなら、学生はファーストフード店に行くだろう。

(中途半端、というかちぐはぐね。半年もてばいい方……ってとこかしら)

 蘭が部活でいない日に新しいお店を開拓して、いい店だったら二人で来ようと思っていたのだが、ここは駄目だ。パサパサしたケーキを、薄いコーヒーで流し込む。
 高校生のお小遣いの範囲内で、気楽に使えて美味しいお店を探すのは、なかなか難しい。

「あれ、鈴木さん?」

 声をかけられて、顔をあげる。帝丹高校の制服を来た女子生徒が二人、園子の座る席の手前で足をとめ、親し気に話しかけてくる。

「今日はひとりなの?」
「毛利さんは部活?」
「ええ」

 うなずきながら記憶を探り、そうだ隣のクラスの子たちだ、と思い出す。選択科目が一緒だったはずだ。

「暇だから新規開拓でもしてみようかなって。二人はここ、よく来るの?」
「ううん、私たちも初めて。新店オープンってお花飾ってあったから、試しに来てみたんだ」
「ビラ見たら、意外と安かったし、ね」

 そう言って二人は、園子のテーブルの上に置かれた空の皿を見た。

「でも、鈴木さん一人でもこういうお店来るんだね」
「こういうお店って?」
「近所の、お手頃な喫茶店」
「鈴木さん、ホテルのラウンジでお茶とか飲んでそうなイメージがあるから」
「毛利さんか世良さんと一緒なら、なるほどって感じだけど」

 園子はにっこりと、顔に笑みをはりつけて手を振る。

「やだ、私も高校生だよ。お小遣いなんて、みんなとおんなじだよー」
「そうなの? 意外」
「ね。鈴木財閥のお嬢様だから、お小遣いとか使いたい放題だと思ってた」
「そのへん厳しいのよ、うちの親」
「そっかー。ちゃんとしてるんだね」
「さすがだねー」

 感心したようにうなずく少女たちには、おそらく悪意はないのだろう。じゃあね、と軽く手を振って、空いた席へ向かう二人を見送り、園子はため息をついた。
 もう帰ろう、と立ち上がる。レジで会計を済ませて、まだ少し時間があるなと外に目を向け、そこに見慣れた小さな姿を見つけた。
 園子は財布をしまうと急いで店を出る。

「コナンくん!」

 スケボーに乗って走って行く背中に声をかけると、人ごみの中、うまく通行人を避けて、スケボーが停まる。コナンは振り返ってこちらを見て、目を丸くした。

「園子姉ちゃん」

 駆け寄って手をあげる。

「よ! 今日はいつものお友達は一緒じゃないの?」

 少年はうなずいた。

「今日はボク、ちょっと用があって。終わって今からうちに帰るとこ」
「へえ。あ、そうだ。帰るんだったら、一緒にポアロに行かない? お姉さんがおごってあげるわよ」
「え。……園子姉ちゃん、さっきまでお茶してたんじゃないの?」

 コナンの視線が、先ほど園子が出てきた店に向けられる。よく気づく子どもだ。園子は肩をすくめた。

「そうなんだけど、あそこちょっと外れでさ。口直し口直し」

 耳元に口を寄せ、ヒソヒソと内緒話のように囁くと、コナンは、ふうんとうなずいた。

「まあ、いいけど」
「コラ、ごちそうしてあげるって言ってるんだから、そこはありがとう、でしょ」
「付き合ってあげるんだから、チャラじゃないの」
「生意気なガキンチョね」

 軽く頭を叩くと、コナンは不満げに口をとがらせる。しかし付き合ってくれる気はあるらしく、スケボーから下りて小脇に抱えると、園子の隣をちょこちょこ歩き出した。
 この少年、江戸川コナンは、幼馴染で親友の毛利蘭の家に居候している子どもだ。彼は、こちらも園子とは長い付き合いの、工藤新一の遠い親戚らしいのだが、どういう事情か、工藤家ではなく蘭の家に世話になっている。生意気というか、こまっしゃくれた子どもで、大人の話に首をつっこんでは蘭の父親に叱られているが、ちっとも懲りる様子はない。要するに、悪ガキだ。

「今日は蘭姉ちゃんは一緒じゃないんだね」
「蘭は部活よ」
「それで、ひとりでお茶してたの?」
「新しい店が出来たっていうから、ちょっと試しにね。あーあ、いいお店だったら蘭とも行こうと思ったんだけどな」

 そう嘆くと、コナンは笑った。

「園子姉ちゃんって、ほんと蘭姉ちゃんのこと好きだよね」
「なによ、急に」
「だって、蘭姉ちゃんがいない時に、蘭姉ちゃんと一緒に行けるお店、探してたんでしょ。一人なら、よくわからないお店に行かなくても、好きなとこ行けばいいのに」
「……雰囲気良さそうだったからよ。あと、女子高生は常に新しいものにアンテナはってんの!」
「ふーん」

 妙に洞察力のある少年は、わざとらしく首を傾げた。生意気だ。


 先ほど同級生たちには「みんなと同じだ」と言ったが、実際のところ、園子の自由になるお金は、普通の高校生よりも多い。コナンの言う通り、わざわざ安いお店を開拓する必要なんてない。
 それでも、高校生の手が届く範囲で、という条件でお店を探すのは、ただ、蘭と一緒に行きたいからだった。
 まわりの人間にどう見えているかは知らないが、蘭と園子の付き合いにおいて、園子が一方的にお金を出すことは、まず無い。蘭は昔から、園子に一方的に何かをもらうことを良しとしなかった。高価なプレゼントは、たとえ誕生日であってもいい顔をしなかったし、贈ったものにはいつもお返しをくれた。
 園子は友だちだから、と蘭は言う。友だちだから、対等でいたいのだと。

「園子にとっては大したことないものなんだろうし、逆に、私に合わせるために気を遣わせちゃうんだけど……もらってばっかりだなって、思いたくないの。わがまま言ってごめんね」
「──ううん。蘭の気持ち、嬉しいよ。私も、色々あげてるから友だちでいてくれてるのかも、なんて思いたくないしね。……でも、家でもらった鑑賞券とか入場券とか、そういうのは許してよ。タダでもらったものだし、蘭と一緒に見たいし行きたいの。──ダメ?」
「ううん。じゃあそれは、甘えさせてもらおうかな。私も、園子と一緒が一番楽しいから」
「良かった! ……でも、本当の一番は、新一くんと一緒、なんじゃないのー?」

 からかうと、蘭は「園子ってば!」と怒った。
 園子は、蘭に合わせて手頃なお店に付き合うし、不必要に高価な贈り物はしない。蘭は、園子に合わせて本来は不相応に思える特典を受けてくれる。一見蘭にしか得がないように見えても、これが、お互いを尊重した「対等」のラインだ。
 それでも周りからは、二人の組み合わせは対等には見えないらしい。蘭が「お金目当てだろう」と言われることはよくあるし、逆に園子の方も、蘭をいいように振り回して、ボディーガード扱いしてると言われていることを、知っている。きっと、それが「わかりやすい」のだろう。実際、鈴木財閥のお嬢様なんてやっていると、お金目当てで近づいてくる人間はたくさんいるし、お嬢様という人種には事実、ワガママな子も多いのだ。
 園子が友だちでなければ、こんな陰口を叩かれることもないのにと、それが少し、蘭に申し訳なく後ろめたい。それでも蘭は「言わせておけばいいよ」と笑い飛ばしてくれる。
 幼い頃から、蘭のこういう強さと優しさに、どれだけ救われてきただろう。
 二人の付き合いは、蘭にしか得がないなんて、そんなのは嘘だ。園子は蘭にたくさん我慢させているし、いろんなものをもらっている。一方的に得をしているのは、間違いなく園子の方だ。
 だから、「適当なお店」にお茶をしにいくのだって、何でもないことのようにこなしたい。蘭に、「園子に気を遣わせてるかもしれない」なんて、思われたくないのだ。


 毛利探偵事務所と、ポアロが見えてきた。
 今日のことは口止めしておいた方がいいかもしれないな、と隣を歩くコナンを見下ろす。ケーキで買収されてくれるだろうか、と考えていると、視線に気づいたコナンが、「なに」と首を傾げた。

「そういえば、この前の怪我はもう平気なの?」
「え? この前? ああ、うん。大丈夫だよ」

 コナンは頬をさすった。この前の、と言われてもとっさにどれのことかわからなかったようだ。
 この子はすぐに事件に巻き込まれる。麻薬取引の現場に居合わせて怪我をした──なんて、普通は一生に一度起きるか起きないかだろうに、この子にとっては日常茶飯事なのだ。

「あんまり蘭に心配かけないようにしなさいよ?」
「はは……ごめんなさーい」

 ギロリとにらむと、コナンは肩をすくめて、愛想笑いした。園子は顔をしかめる。
 遠い親戚というだけあって、江戸川コナンは工藤新一とよく似ている。いまの反応なんて、そっくりだ。探偵を気取って同級生と少年探偵団など結成しているあたりも、確実に悪い影響を受けている。

「そういえば、新一くんは元気にしてるの」
「えっ、新一兄ちゃん? げ、元気なんじゃないかな」
「蘭には電話してきてる?」
「うん。あ、えっと、多分」
「まったく、いつまで蘭のこと放ってふらふらしてるつもりかしら」

 ぶつぶつ言いながら、ポアロの扉を押す。
 いらっしゃいませ、という声に、園子は笑顔を作った。

「こんにちは! ご無沙汰してます」
「園子さん。いらっしゃいませ。コナンくんも。──今日はまた、珍しい組み合わせですね」

 ポアロのアルバイト・安室透は、少し首を傾げながら、園子とコナンを交互に見た。さらりと、色素の薄い髪が揺れる。
 安室は今日もかっこいい。少し機嫌が上向く。

「ちょっとそこで会ったので。奥の席、いいですか?」
「どうぞ。いまの時間は選びたい放題ですよ」

 空いた店内を見回して、安室は苦笑する。コナンが安室を見上げた。

「今日は女子高生のお姉さんたち、いないんだ?」
「みたいだね」

 他人事のように言っているが、女子高生がこのいささか古びた喫茶店に来るのは、安室目当てでだ。滅多にいないイケメンだから、はしゃぐ気持ちはよくわかる。
 コナンと向かいあって座り、メニュー表を手に取る。

「ケーキセットでいいわよね?」
「うん」
「──注文お願いします! ケーキセット、二つ。飲み物は……私、コーヒーで」
「じゃあボクはオレンジジュース。園子姉ちゃん、一日にケーキ二つ食べて大丈夫?」

 余計な口出しをしてくるコナンを、ギロリとにらむ。

「悪いの? 私がダイエット必要なように見えるってこと?」
「ち、違うよ」

 注文を取りにきた安室が笑った。

「園子さんにはダイエットは必要ないですよね。むしろ、もう少し食べた方がいいんじゃないかな」
「やだー、そんな! ありがとうございます! でも、蘭と違って運動してるわけじゃないから、気をつけておかないと」
「そうですかね……って、この話題を深堀するとセクハラって言われそうだな」
「もう遅いんじゃない?」

 言われて、にっこりとコナンを見下ろす安室と、しれっとそれを無視するコナンは、なんだか仲が良さげに見える。
 コナンはこまっしゃくれた子どもだが、実際頭がいいので、大人受けがいい。大人受けがいい、というか、大人が対等に扱っているというか。警視庁捜査一課の面々も、なんだかんだ、この子どもの言うことに耳を傾けているし、園子の伯父・次郎吉も、怪盗キッドのことがあると呼び寄せて頼りにしている。

(安室さんも、そうなのかしら)

 そんなことを考えながら、注文を取って下がる安室の後ろ姿を目で追い、視線を戻すと、コナンが呆れた様子でこちらを見ていた。

「なによ」
「園子姉ちゃん、ほんとイケメン好きだよね」
「悪い?」
「悪くはないけど。京極さんっていう立派な彼氏がいるのになーって」
「真さんは真さん、安室さんは安室さんよ。イケメンはみんなの共有財産みたいなもんでしょ」
「ボクよくわかんない」
「ガキンチョには難しいかもね」

 新一によく似ている、将来はそこそこイケメンになるであろう子どもを見下ろす。


 工藤新一は、蘭の幼なじみであると同時に、園子にとっても幼なじみのようなものだ。
 母親が女優なだけあって、顔立ちが整っている新一は、実のところ、園子が初めて「この子カッコイイ」と思った同世代の男の子だった。
 ただ、新一に対して浮ついた気持ちになったことは、一度もない。なにせ、出会った瞬間から、新一は蘭に夢中だったのだから。
 新一と蘭は、理想的な幼なじみのカップルだった。二人をそばで見ながら、自分にも、自分だけを見てくれるかっこいい彼氏が出来ないかな、と夢を見たことは、当然、ある。
 でも、それが夢だということは、よくわかっていた。
 園子は、鈴木財閥の娘だ。自由恋愛なんて、あり得ない。将来は、家のためになる人と結婚することになる。両親は、それを無理強いはしないだろう。でも、あえて突っぱねて、自分の意志を通したいとは思えなかった。
 園子は両親も、自分の家も大好きだ。家を捨てることになればきっと、ずっと後悔するだろう。
 だから──というのは少し言い訳めいているが、園子は自分の彼氏というものに対してどこか、一時的な、その場限りのものというイメージを抱いていた気がする。
 どうせなら、イケメンで。スマートにエスコートしてくれて。面倒のない人。
 家を捨てる気はないし、利益にならない男を迎え入れる気もない。でも、年相応に恋愛は楽しみたい。窮屈な立場を忘れて、一時の夢を見せてくれるような人なら誰だって。──これでいい人が寄って来るはずなどない。それどころか、変な男ばかり引っかけていた。
 京極真と出会えたのは、真が園子を好きになってくれたのは、だから奇跡のようなことなのだ。
 しかも真ときたら、園子の家のことなど何も知らず、園子の性格もよく知らず、ただ園子が蘭を応援している姿に好感を持ったのだという。
 なれそめを話すと、たいがい「何それ」と笑われる。「そこにも毛利さんが出てくるの?」と、蘭と園子の関係を揶揄するようなことを言う子もいる。
 でも、園子にとっては、その理由が、何よりも重要なのだ。
 真は、園子が一等、大好きで大切にしている人を応援しているところを、素敵だと思ってくれたのだ。
 いびつだとか、不平等だとか、利用しているとかされているとか、そんな風に言われることもある蘭との関係を、これ以上ない形で、肯定してくれた。おかしな話だけれど、それだけで園子は、自分のことを全部受け止めてもらったような、そんな気がしたのだ。
 そして、真が現れて初めて、園子は自分が、蘭と新一のことをからかいながらも、どうしようもなく羨ましく思っていたことを自覚して、認めることが出来た。自分には恋なんて無理だと、わかったつもりで、諦めていたつもりで、実際には全然諦められていなくて無茶苦茶だったと、自覚した。
 園子の立場は、何一つ変わらない。でも真がいるなら、家も、恋も、諦めずにやっていけるのではないかと、そう思っている。
 真は、園子の特別な人だ。
 ──ただ、それはそれとして。
 かっこいい人を見たらかっこいいと、はしゃいで楽しんだっていいではないかと、園子は思う。だって、それは浮気ではない。娯楽だ。園子は元々楽しいことが大好きだし、それにいまは特に、それが必要なのだ。
 いきなり行方をくらませてろくに連絡もない幼なじみを黙って待ち続ける蘭は偉いと思うが、園子は蘭とは違う。蘭ほど強くも優しくもない園子の場合、毎日楽しくしているから、たまに帰ってくるくらいでも許してやる、と思うくらいでないとやっていられない。
 真の夢を応援したい気持ちだってある。いま以上にワガママを言って、嫌われたくはない。帰ってきた時は、出来れば笑って出迎えたい。
 でも、寂しいし、不安だし、待つのは性に合わない。
 その気持ちとバランスをとるために、「楽しく過ごす」のは園子には必要なことなのだ。
 多分、一途な蘭をそばで見ているコナンには、そして新一にも、わからないことだろう。
 園子は立てた人差し指をくるくると回す。

「『好き』が多いのは悪いことじゃないのよ。カッコイイひとも美味しいものも、面白いものも、ぜーんぶ、口に出して全力で騒いで、愛して、楽しんだ方が、断然、人生楽しいんだから」

 コナンはふうん、とやっぱりよくわかっていない顔で相づちをうった。

「ケーキセットお待たせしました。本日のケーキは半熟ケーキです」

 安室がケーキセットを運んできた。少し崩れたケーキにクリームがたっぷりかかって、フルーツが可愛らしくトッピングされている。

「わー! 美味しそう! 半熟ケーキ、初めて見ますけど、新作ですか?」
「ええ。コナンくんに協力してもらって出来た、新しいメニューです」
「いや、ボクが協力したのそこじゃないし……」
「いただきます!」

 フォークを取って、一口、口に入れる。

「……わ。美味しい……!」

 さっき食べたパサついたケーキの記憶が飛んで行く。

「すっごく美味しいです! ほら、ガキンチョも遠慮してないで食べなさい」
「いただきます」

 コナンが一口食べて、顔をほころばせるのを見守る。

「美味しいでしょ」
「うん」

 安室が笑った。

「園子さんはいつも、すごく美味しそうに食べて下さるので、作り甲斐がありますよ」
「だって美味しいんですもの。安室さん、イケメンでスポーツも出来て、ケーキ作りも上手って……最高!」

 コーヒーも、いつも通り美味しい。

「そこまで褒めてもらうと照れますね……。クリームのトッピングもう少し増やしましょうか」
「いいんですか? やった!」
「少々お待ち下さい」

 安室がにっこり笑って一度下がる。コナンが呆れ顔で園子を見上げた。

「上手だね……」

 園子は肩をすくめる。

「馬っ鹿ね、あんなの、こっちに合わせてくれてるに決まってるでしょ」

 安室レベルの人間なら、これまでもさぞ、たくさんの人に褒められてきただろう。賞賛なんて、飽きるほど聞いているに決まっている。今更、女子高生一人の世辞に気を良くして浮つくわけがない。
 店に来た時のコナンの言葉から推測するに、今日はいつもより客、しかもケーキ類を頼む女性客が少ないようだ。日持ちしない生クリームをちょっとサービスで追加するくらい、店的に痛くもかゆくもないだろう。それで客がいい気分になってくれるなら、儲けもの、というところか。まあ、それでも、好意には変わりない。

(こういうところ、私の可愛くないところなのよね。すぐ、裏を考える)

 幼い頃から大人の話を聞くことが多かったせいか、人の言葉に裏があることも、純粋な好意など滅多にないということも、よく知っている。
 だから蘭に憧れ、真にこがれるのかもしれない。

「園子姉ちゃんは、しっかりしてるよね」
「君もどっちかと言えばこっち側でしょー? 新一くんも、安室さんもそうじゃないの。……まああの二人はもっと上手というか、私とはちょっと方向性が違う感じだけど」

 コナンはちらりと園子を見上げた。

「……新一兄ちゃんと安室さんのことはわかんないけど。そしたら、園子姉ちゃん、このケーキセットも何か意味があるの?」

 やはり頭の回転の早い子どもだな、と苦笑する。
 今日のことの口止め以外にも、園子にはひとつ、気になっていることがあったのだ。

「まあ、そうね。蘭が少し前に、あなたたちのこと心配してたから、様子を見ておこうかなっていうのは、あったわね」
「ボクたち?」
「というか、あんたのことよ。様子がおかしい、安室さんを避けてるような気がするって」
「……ああ」

 誰かに指摘はされたのか、コナンは心当たりがある様子で曖昧にうなずいた。
 ちょうど、コナンが顔に怪我をする前くらいだ。蘭が、コナンの様子がおかしい、と心配していたことがあった。ポアロと安室を避けているとか、なんとか。深く考えずに思いついたまま、事件に巻き込まれて、大人の男の人に暴力をふるわれたのではないか、という推測を口にして、蘭を青ざめさせてしまったのは失敗だった。その後、「大丈夫だったみたい」という報告は受けていたが、気になっていたのだ。

「別に、そんなことなかったんだけど……」
「だよね。僕たち仲良しだもんね、コナンくん」

 安室が、クリームとフルーツを乗せたボウルを持って戻ってきた。

「折角なのでイチゴも追加でどうぞ」
「やった! ありがとうございまーす」

 バンザイして喜んでから、トッピングを盛っていく安室を見上げる。

「安室さん、この子と仲良しなんですか?」
「仲良しですよ。ねえ、コナンくん」
「ねー。ボク、安室の兄ちゃん大好きだよ!」
「わぁ、それは嬉しいなぁ」
「……」

 なんだこの茶番は。園子は半目で二人を見る。
 胡散臭くて逆に仲良くは見えない。──が、確かに、険悪にも見えない。

「……まあ、蘭に心配とか迷惑とかかけなければ、それでいいですけど」
「「──はい」」

 何故か神妙な返答が、そろって返って来た。
 後ろ暗いところでもあるのだろうか。ギロリとにらんで、念を押す。

「蘭が泣くようなことになったら、承知しませんからね」
「「はい」」

 またも返事が揃う。安室は園子の皿にイチゴをもう一つ追加した。
 ──このあたりで勘弁してやろう。
 園子はクリームたっぷりのスポンジをすくって口に運んだ。これだけクリームまみれになってもしつこくならないのは見事だ。
 思わずにっこりと笑うと、安室もつられたように小さく笑った。

「蘭さんと園子さんは、仲が良いですよね」
「子どもの頃からの親友なので」
「……幼なじみってやつですか」

 そこで安室はふと気づいたように、首を傾げる。

「ああ、でも、ということは園子さんは、工藤新一くんとも幼なじみ、ということになるんですか」

 そう言われ、園子は腕を組んで首を傾げる。

「え? うーん……まあ、そう言えばそうなんですけど……どっちかっていうと、あいつは蘭の付属品って感じかな。あっちも、こっちのことそう思ってるんじゃないですか。多分、蘭がいなかったらとっくに付き合いとか切れてると思いますよ」
「へぇ。まあ、幼なじみなんて、言ってしまえばただ近くに住んでるってだけですからね」
「そうなんです。選べるものでもないですけど、続けなきゃいけないものでもないので。だから、気の合う幼なじみって、奇跡的で特別なんです!」
「──それは、大事にしないといけないですね」
「ええ」

 うなずくと、安室は微笑んで、丁度来店した客に「いらっしゃいませ」と声をかけると、園子とコナンに「ごゆっくり」と言って離れて行った。
 コナンが細めた目で、その後ろ姿を追う。
 何か、気になることでもあっただろうか。何かを探るような、でも少し気にかけるような、子どもの不思議な視線に首を傾げる。
 仲良しというにはどうにも芝居がかっていて胡散臭いが、険悪というわけでもなく、なんだか妙な二人だ。
 子どもを可愛がる大人と、お兄さんに憧れる子ども──というのが「わかりやすい」姿なのだろうが、そういう感じではない。安室の態度は、先ほどもちらりと考えたように、どこか次郎吉を思わせるところがあり、つまり、この少年を一人前に扱っているように見える。次郎吉は実力主義なので、実績がある人間は相応に評価するし、利用する。コナンは何度もキッドの盗難を防いでいるので、そこを評価しているのだろう。
 安室にも、何かこの少年を評価するような理由があるのだろうか。

(キッド様といえば、予告状が出るとこの子が取り上げられるけど、小さいうちからあんまりチヤホヤしてたら、調子に乗りそうでちょっと心配なのよねー。……まあ、そこらの子役より見栄えするし、コメントしっかりしてるし、マスコミも扱いやすいんでしょうけど)

 ついたあだ名はキッドキラー。大層なものだ。
 正直、犯罪者が来ると予告されている場所に小学生が出入りするのはどうかと思う。キッドは人を傷つけたりしないので、コナンが対キッド秘密兵器として出て来ても、特に何も言われたりしないが、本来望ましい状況ではないだろう。
 鈴木財閥的には、コナンはキッドから何度も財宝を守ってくれている恩人だ。単なるラッキーであろうと、今後も何かあるなら験担ぎ的に協力はして欲しいところだが……護衛くらいはつけるべきかもしれない。
 といってもこの子は、目を離すとすぐいなくなってしまうので、護衛する方も大変だろう。
 そこで、思いつく。

(あ、護衛に安室さんとか、どうかしら)

 思いついてみたら、なかなかいいアイディアに思えた。安室も探偵だし、優秀だ。あの子が暴走しても、安室ならついていけそうだ。なにより。

(この二人、見た目の組み合わせがなかなかいいのよ。二人とも顔立ちが整ってるけど、どう見ても血縁者には見えないから、どんな関係かしらって気になるし)

 安室が護衛で参加してくれれば、現場にイケメンも増える。

(ちびっ子の護衛に謎のイケメン……それに立ち向かうキッド様。いいわね、盛り上がりそう)

 問題は、次郎吉が話題を取られるとごねそうなところだが、まあ、そこは安室について詳細を言わずに送り込んでしまえばいい。

(お揃いの衣装とか支給したら完璧ね。キッド様が白だし、二人は黒で揃えたらどうかしら……アクセントに赤をいれてもいいかも)

 うん、とうなずく。

「どうしたの園子姉ちゃん」
「ううん、なんでも。キッド様から予告状が来ないかなーって」
「はあ? 今度はキッドに会いたいの? ほんと節操ないな……」
「いいじゃない。ねえ、安室さん、明るい色の服着てるのよく見るけど、黒も似合いそうよね」
「え」
「ちなみにコナンくんは、黒好き?」
「え? え? ああうん、わりと」
「そっか。よしよし」
「ちょっと園子姉ちゃん、一体何なの」
「それは、来るべき日のお楽しみよ」
「何それ……」
「まあ、また険悪になったりしないで、安室さんと仲良くしておきなさい」
「だから、別に険悪になったりしてないってば。理由がないでしょ」
「そうかしら」

 園子は首を傾げる。
 そして一呼吸おいて、続ける。

「──おじさまの件じゃないの?」

 瞬間、コナンの表情が変わった。
 コナンは慎重に、園子を見上げる。

「……おじさんの、って?」

 警戒する表情に、近いところを踏んだな、と思う。
 園子は少年を見つめ返し、少し声をひそめて言う。

「──おじさまが逮捕された時。安室さんの姿を全然、見なかったじゃない。おじさまの弟子なのに、大変な時には何もしないで無視してた……って、思ったんじゃないの」

 それを聞いて少年は、緊張を解いた。

「……安室さんだって、自分のお仕事があるでしょ。そんなことで、怒ったりしないよ」

 ──なるほど、これは「ハズレ」らしい。
 園子はため息をついた。そばで蘭を心配するもの同士、蘭も聞けなかった「何でもない」以外の理由が聞き出せるかと、少し思ったが、難しいようだ。
 園子は肩をすくめてソファに背を預けた。

「そうね。……そう思ったのは、私だわ」

 コナンは眉をひそめた。

「……園子姉ちゃんが?」
「そうよ。安室さんも、新一くんもね。蘭が泣いてるのに、姿も見せないで。新一くんが、おじさまの疑いを晴らすために色々動いてくれてたっていうのは、聞いたわよ。安室さんだって、お仕事があったんだわ。……でも、蘭のそばにいて、『大丈夫』って言ってあげて欲しかったって、どうしても思っちゃうのよ。新一くんがそうしてくれたら、蘭には一番だったし、例えば安室さんが『大丈夫ですよ』って言ってくれたら、蘭は少しは安心したはずよ。私が、横で騒いでるよりね。──あの時私は、何も出来なかった」

 ケーキを飲み込んで、頬杖をつく。

「お金があってもね、なーんの意味もなかった。うちにどれだけ影響力があっても、公安って組織には、通じないんだって。無実を信じるしかないって、そうパパに言われたら、もう私に出来ることなんて何もなかった。そもそも、うちの力は、私の力じゃないしね。──そばにいて、なんにも出来なかった私が、一番、役立たずだった。だからこれは、八つ当たりよ」

 コナンが微妙な顔になったので、「蘭には言わないでよ?」と釘をさす。

「ま、私がこんなこと考えてるくらいだから、新一くんの連絡役になってたあんたは、もっと思うところがあったんじゃないかなーって、そう思ったのよ」

 コナンはしばらく園子を見つめていたが、目をふせ、オレンジジュースを一口飲んだ後で、口を開いた。

「……別に、誰がどう、とかはないけどさ。新一兄ちゃんも、大変そうだったし。安室さんは……安室さんの、やることがあったんだよ。大変な時に……っていうのは、オ、ボクも悔しかったけど」

 そうだろうな、とうなずく。

「でもさ。新一兄ちゃん、言ってたよ。どうしても戻れないけど、蘭姉ちゃんのそばには園子姉ちゃんがいるから、大丈夫って」

 思わぬ言葉に、園子は眉をひそめた。

「私……?」
「うん。園子姉ちゃんはいつだって蘭姉ちゃんの味方だし、しっかりしてるから、蘭姉ちゃんのことは、園子姉ちゃんが守ってくれるって、言ってたよ」
「守るって、蘭じゃなくて、私が?」
「うん。新一兄ちゃんが一番最初に会った時からそうだって。それにさ、ボク思うんだけど、大変な時に駆けつけてくれて、一緒にいてくれる親友がいるって、すごく嬉しいし、心強いんじゃないの? ──園子姉ちゃんが何もしてないなんて、そんなことないじゃん。園子姉ちゃんは、一番に、蘭姉ちゃんのところに駆けつけて、守ってくれたでしょ」

 ──一番最初に会った時。
 それは、まだ三人とも幼稚園生の時だ。
 蘭はまだ空手を始めていなくて、男の子にからかわれていじめられては、園子の後ろに隠れていた。可愛くて、お人よしで、ちょっと抜けていて、守ってあげたくなる女の子だった。──強くなったいまだって、それは変わらない。
 あの日だって、園子は蘭を守るために、蘭のところへ行った。新一の言う通りだ。それを、新一は知っているというのか。

「……あの推理オタクは、偉そうに」

 コーヒーを飲み込む。さっきまでよりも苦いような気がして、園子は顔をしかめて、カップをドンと置いた。

「言っとくけど! あいつに許可やお墨付きをもらわなくたってね、私は蘭のそばにいるし、蘭の味方なのよ。幼なじみで親友なんだから」
「ハハ……そうだよね」

 コナンは苦笑する。

「蘭のこと大好きで、愛してるのよ。私」
「……知ってるよ」
「何にも出来なくてもね、それだけはあいつに負ける気もないの。だからね、今度新一くんから電話があったら、言っておいて。いつまでも帰ってこないと、私が蘭を取っちゃうからって」
「え。あ、うん。わかった」
「……あと。蘭に言いにくいことがあるんだったら、こっちに連絡してきてもいいからって、言っておいて。あいつなんて、蘭のおまけみたいなもんだけど、一応、付き合いは長いし、蘭のためになるっていうなら、協力するのはやぶさかではないのよ。……まあ、私に出来ることなんて限られるけどね」

 コナンはぱちぱちと何度か瞬きした後で、うん、とうなずいた。

「わかった。──新一兄ちゃんに言っておく」

 園子はニッと笑う。

「よろしくね! 新一くんには、私が激怒してたって、大げさに伝えていいから。せいぜいビビらせてやりなさい」
「ビビらせたら新一兄ちゃん、連絡しにくくなっちゃうんじゃない?」
「そんな殊勝なタイプじゃないわよ、あの男は。それに、その程度のことで遠慮するような関係でもないしね。──あいつと私は」
「……園子姉ちゃんは、新一兄ちゃんのことあんまり好きじゃないんだと思ってた」
「別に、好きじゃないわよ」

 園子は肩をすくめた。

「ある意味で、特別だけどね。イケメンだけど一切ときめかない相手なんて、あやつくらいのもんよ」

 園子の答えに、コナンは笑った。

「……そっか。それは、確かに特別だ」


 そろそろ蘭が部活から帰ってくる頃だ。口止めに誘ったのに目撃されては元も子もないと、店を出る。

「ごちそうさまでした」
「うむ。代わりに、蘭には余計なこと一切言わないでよ。約束破ったらただじゃおかないからね」
「はあい」

 店の前で、強引に指切りして、事務所の階段をのぼっていく姿を見送る。
 ため息をつくと、店からホウキを持った安室が出てきた。そちらを振り返る。

「安室さんも。今日、私とあの子がお茶してたの、蘭には内緒にして下さいね」
「わかりました」

 にっこり、あっさりとうなずいてくれた男の顔を、見上げる。
 ──先日の小五郎の誤認逮捕の件で怒っていたのでなければ、コナンは安室の何に、わだかまりを抱えていたのだろう。
 勘違い、という線は端から考えていない。蘭と、小五郎の言うことだ。あの子と安室の間に何かあったのは、確かだろう。
 考えてみれば、園子は安室について、詳しいことを知らない。
 悪い人ではない……はずだが、笑顔の裏には、園子の知る安室とは違う顔が隠れているのかもしれない。

(こんなカッコイイ人だし、信じたいけどね)

 少なくとも、お金目当てとか、そういう理由で毛利家のそばにいるわけではないはずだ。それなら、利用しやすい園子に取り入るだろう。

「何か?」
「いいえ。安室さんはやっぱりカッコイイなーって」
「ありがとうございます」

 さらりと返ってきた礼と完璧な笑顔に、内心でため息をつく。あの生意気な小学生から何も聞き出せなかったのだ、安室から聞き出せるわけがない。
 安室のことは詳しくは知らないが、曲者だということくらいは園子にもわかるし、園子は自分自身の程度も、よく理解している。
 仕方なく、ストレートに言う。

「あのガキンチョと、仲良くしてあげて下さいね」

 安室は苦笑する。

「こちらは、仲良くしたいなと思ってるんですよ」
「安室さん的に、あの子との付き合いってどんなメリットがあるんですか?」

 安室は一瞬虚を突かれたような顔をした後で、苦笑した。

「……単純に、仲良くしたいな、というだけですよ」
「本当に?」
「本当ですよ」

 答える安室は、ちょっと傷ついたような顔をしている。園子はひとつ息を吐いて、頭を下げた。

「ごめんなさい。つい色々考えちゃって。失礼な言い方しました」

 安室は困ったように園子を見て、肩をすくめる。

「そういう風に見えてますか、僕」
「そうじゃなくて……私が、そういう考え方をするヤツだから。他もそうかもって、思っちゃうんです。功利的で薄情なんですよ、私」

 人と付き合う上で、メリット・デメリットを考える。園子は基本的には、そういう人間だ。自分は蘭との関係を邪推されたくないと思っているくせに、他人に対しては、間違いなくそれをする側だ。

「そんなことないんじゃないですか。園子さんはお友達思いですし、コナンくんのことだって、わざわざ様子をうかがいにくるくらい心配していたんですよね」

 なぐさめを口にする安室を見上げる。

「それは、心配だったのはどっちかっていうと蘭で、蘭は特別だし……。だってさっき私、あの子見ながら、安室さんをあの子のボディガードにして、二人でお揃いの服着てキッド様と対決したら絵になるし盛り上がるだろうなーとか、考えてたんですよ。心配してる人間の考えることじゃないでしょ」

 安室は目を丸くする。そして、ふきだした。

「それは……ハハッ、いや、うん。園子さんは面白いことを思いつきますね」
「……笑うところじゃないんですけど」

 顔を伏せてクツクツと笑う安室に、園子はムッとする。だいたい、案自体は結構本気だったのだ。こんなに笑うことはないだろう。
 安室は息を吐いて笑いを止めると、顔をあげた。

「いや、いや。興行的な側面を考えてしまう、というのは、功利的なのとはまた別ですよ。──園子さんなら、ご存知のはずだ。本当に『利用しよう』と考える人間が、どれだけ冷徹かを」

 さらりと言われて、沈黙する。

「……それは」

 園子は安室を見つめた。
 ──この人は、何を知っているのだろう。
 利用されたことがあるのか、それとも、したことがあるのか。そしてそれは、過去のことなのか、それとも──これからの、ことなのか。
 言いたいことや、問わねばならないことがある気がしたが、うまくまとまらなかった。それに聞いたところで、望む答えは返って来ない気がした。
 ひとつ、ため息をつく。

「──私、自分のことが嫌いって言うわけじゃ、ないんですよ」

 安室は、ええ、とうなずいた。

「園子さんが園子さんだから、蘭さんが蘭さんなんだなと、お二人を見ていると思います。いいお友達ですね」
「……だったらいいな」
「多分、園子さんは蘭さんにとって、『一緒に隣を歩いてくれる人』なんじゃないかなと、思うんです」
「え?」

 唐突な言葉に、目を丸くする。

「以前……それこそ、コナンくんの様子がおかしいと心配していた頃に、蘭さんが言っていたんですよ。コナンくんには、信頼できる大人が、近くを走ってくれる人がいるのか、と。それは、自分ではない、他の誰かじゃないと駄目なんだ、と。──その時に、思ったんです。蘭さんにはきっとそういう人が……隣を、近くを、同じ速度で歩いてくれる人がいて、同じ立場で気持ちに寄り添ってくれる人がどれだけ大切なものかを、知っているんだろうと。だから、コナンくんの手を離して、見守れるんじゃないかな」
 黙ったままの園子を見て、安室は微笑む。

「もしかしたら、工藤くんのことも。……これは僕の推測ですが」

 ──園子が隣にいるから。
 もし、新一の、安室の言うことが本当なのだとしたら。真だけでなく、二人にも、蘭と園子がそう見えているのだとしたら。
 きゅっと一度唇をかんだ後、顔を上げて、笑う。

「それはすごく、嬉しいですけど。胸張って隣にいるには、私、もっと頑張らないと! プレッシャーです」

 でも、嬉しいプレッシャーだ。
 安室はふはっと笑った。

「え、なんですか」
「いえ、何でもないです。個人的なことで」

 園子は目をすがめた。

「……私、思うんですけど、蘭は安室さんに、あの子の『誰か』になって欲しかったんじゃないですか」

 安室は眉を下げた。

「園子さんは、僕にそれに見合うだけの価値があると思われますか」
「意地悪な言い方しないで下さいよ。……まあ、正直に言うと、私にはよくわからないんですけど」

 そこで思い出して、あ、と手を叩く。

「なら、審査しましょうよ」
「審査?」
「次、キッド様から予告状が来たら、安室さん、あの子の護衛で一緒に警備に参加するんですよ。そうしたら、あの子のことが任せられるか、審査出来るでしょ」

 安室は呆れ顔になる。

「さっきの話、本気だったんですか?」
「当ったり前です!」
「でもですね……」

 安室は気乗りしなさそうだ。園子はずいっと安室に迫った。

「あのガキンチョの『誰か』には、立候補する気ないですか? っていうか、安室さん、キッド様には興味ありません?」

 問うと、安室は目を瞬かせ、ちらりと上の毛利探偵事務所に目を向けた。

「──ないわけでは」
「ならぜひ」

 「ないわけではない」がどちらに対する回答かわからないが、駄目じゃないなら、とりあえず押してしまおう。衣装を作ってしまえば、なんとかなるかもしれない。うちに帰って考えてみよう、と決める。
 向こうから蘭が歩いてくるのが見えた。
 長い立ち話になってしまった。蘭に口止めを頼んだのに、園子がこんなところにいては意味がない。
 でも、もしかしたら園子は無意識に、蘭を待っていたのかもしれない。コナンや安室と話をしているうちに、どうしようもなく、蘭に会いたくなってしまったのだ。

(安室さんの護衛の話、蘭にも意見聞いてみなきゃ。あと半熟ケーキ、サービスしてもらったことも。ついでに、パサパサのケーキの話もしちゃおうかな。一回くらい、どれだけ駄目だったか、二人で確認しに行ってもいいかもしれないじゃない)

 もしかしたら、蘭と二人だったら、あのケーキだってそこそこ食べられたりするかもしれない。
 安室に頭を下げる。

「それじゃあ、今度またお話に来ますから! 考えておいて下さいね!」
「お手柔らかにお願いします」

 苦笑した安室ににっこりと笑って見せて、園子は「蘭!」と声をあげる。
 目を丸くした後に微笑んだ親友に向かって、園子はかけだした。