孝行息子のプレゼント





『さて、次の話題です。もうすぐ父の日ですね。皆さんは──』

 そういえばそんな時期だったな、と朝のニュース番組を見ながら、コナンはぼんやり考えた。
 今週末、六月の第三日曜は父の日だ。
 もちろん知ってはいるが、先月の母の日と比べて、父の日というのは盛り上がりに欠けるイベントだと思う。
 これはコナンがそう思っているだけではなく、世間一般の話で、実際父の日のギフト市場は、母の日の半分程度だという。母親が父親の倍いるわけがないのだから、これは、父親という存在への関心の低さの表れであると言っても良いだろう。いや、関心の低さ、とまで言うのは過言かもしれないが、母親と比べて、贈り物を積極的にしようという気持ちにならないのが、父親というものなのかもしれない。
 工藤新一が両親と暮らしていた時も、母の有希子には花だのケーキだの贈っていた記憶はあるが(なにせあの人は、その手のイベントをスルーすると拗ねるのだ)、父の優作には、いつもありがとうと言葉をかけるくらいだった気がする。
 ともあれ、父の日というのは、そんなに何日も前から気にとめるようなイベントではなかったのである。
 ──しかし、小学生に戻った江戸川コナンは、このイベントを無視するわけにもいかないようだ。


 昨今の家庭事情の多様化もあり、小学校で「父の日にお父さんの似顔絵を描きましょう」なんてベタなことをさせるのは、減っているという。
 いいことだ、とコナンは思う。自分自身が今更やっていられないというのもあるが、居心地の悪い思いをする子どもは少ない方が良い。(帝丹小学校一年B組の担任・小林にとっては、江戸川コナンこそ、両親と離れて赤の他人の家で暮らすセンシティブな対応が必要な子どもの一人であるわけだが、コナン自身にそんな意識はない)
 しかし、それでも何もしないというわけにもいかないようで、父の日目前の金曜日、一つ宿題が出た。
『週末、保護者の人にいつものお礼をしましょう』
 お手伝いでも、プレゼントをするのでも、何でもいい。何をしたか、配った紙に書いて、週明け月曜日に報告してね、というものだ。

「最近の小学校の先生は色々気を遣うことがあって大変ね」

 そう帰り道で面倒臭そうに言ったのは、灰原哀だ。
 灰原こそ、両親も、さらに言えば姉も亡くしているわけなのだが、小林は家庭訪問で灰原とその保護者の阿笠が仲良くやっていることをよく知っている。だから「保護者の人」という指定ならば彼女や、ついでに言えばコナンも、問題ないと判断したのだろう。

「まあ、報告なんて適当にしときゃいいだろ」

 コナンは答える。
 小林が一軒一軒の家に確認をして回るわけでもない。適当に手伝いでもしたことにすればそれで済むことだ。
 すると、哀は目を細めた。

「あら、でもあなたはお父様がいらっしゃるじゃない。それに、毛利探偵もね。初心に返って、何か小学生らしいプレゼントでもしたらいいんじゃない?」
「バーロー、初心に返るってのは、小学生に戻るってことじゃねーだろ。だいたいどっちも、オレが何もしなくたって、気にしやしねーよ」
「そうかしら?」
「……どういうことだよ」
「本物のお父様のことはよく知らないし、あなたの事情もよくわかってるでしょうけど……あの探偵さんは違うんじゃない」
「おっちゃん?」
「ええ。あの探偵さんはちゃらんぽらんに見えるけど、あなたのこと、すごく気にかけてるでしょう。父の日なんて、小学生が避けて通れないイベントを、親元から離れて暮らしてるあなたがどうするのか、気にしてると思うけど」

 言われて、それもそうだと顔をしかめる。
 毛利小五郎は、飲んだくれで美人を見ればすぐデレデレする駄目な大人だが、いきなり押しかけてきたコナンを、口では文句を言いつつ受け入れてくれたし、迷惑だろうに、追い出すようなことも、まして出ていけと言うこともない。
 当たり前のように家族での食事や旅行にコナンも連れて行ってくれるし、怪我して病院に運ばれたと聞けばとんでくる。小言は言うが、それはコナンを心配しているからだ。
 毛利小五郎は意外と常識的で、そして、優しい人間なのだ。一見、そうは見えないけれど。
 おそらく日曜日は、真面目で義理堅い娘の蘭が、ごちそうを作るとか好きなお酒を準備するとか、するだろう。その時、小五郎は絶対に、コナンがどんな心情で父の日を過ごしたのかを気にするはずだ。
 何もしないでいれば、きっと余計な想像を働かせて、架空のコナンの両親に腹を立てるに違いない。
 顔をしかめたコナンに、灰原は笑った。

「愛されてるわね、江戸川くん」
「うっせーな。てかお前はどうなんだよ。博士もあれで、結構色々気にするタイプだぞ」
「私の事情は博士もよく知ってるから、普通にしてればそっとしておいてくれるわよ。だいたい、博士は私の親代わりってわけじゃないし」

 灰原は素っ気ない口調で言った後、少し早口に続けた。

「──ま、夕飯の唐揚げをいつもより一個多くしてあげるくらいの感謝はしてあげてもいいと思ってるけど」
「ふーん」

 コナンはニヤニヤ笑う。
 灰原が、阿笠を大切に思っていることは知っている。体を心配して厳しく食事を管理しているのがいい証拠だ。
 灰原はコナンの反応に顔をしかめると、「とにかく」と低い声で言った。

「あなた居候なんだから、あの探偵さんにこれ以上余計な心配かけないようにしなさいよね」





 余計な心配をかけるな、と言われても、どうすればいいのかと言われると困る。
 親に電話でもかけているふりでもして見せればいいか。
 しかし、ろくに連絡もしてこないコナンの親と話しているところを見せたら、「電話を替われ」と言われかねない。それは困る。

(どーすっかな……いっそ母さんに協力してもらうか?)

 有希子なら男性の演技も出来るだろうし、いい考えかもしれない。親と話せれば小五郎もしばらくは安心するだろう。
 良い考えだ、とコナンはその夜有希子に連絡を入れた。
 コール音が鳴るが、つながる気配がない。
 あっちは朝だよな、少し早いけど起きてるよな、都合悪かったならかけ直すかな──と考え始めたところで、ようやく電話がつながる。

「あ、母さん?」

 呼びかけると、予想に反して低い声がする。

『お前が電話してくるのは珍しいな? 何かあったか、新一』
「へ? ……父さん?」

 聞こえてきたのは、父の優作の声だ。

「母さんは?」
『有希子ならキッチンで料理中だ。着信画面を見てお前からの電話だと言ったら、代わりに出てくれと言われてな』
「ああ」

 そういうことか、とうなずく。

「急ぎの用ってわけじゃねーんだ。忙しいみてーだしまた後でかける」

 電話の向こうで、優作が笑う気配がした。

『冷たいな。父さんには用なしか』
「そーゆーわけじゃねーけど」

 からかうような口調に顔をしかめる。

『有希子にしか出来ない相談かな』

 コナンはため息をついた。

「……締切一つ終わったからって気ぃ抜いてねーで、早めに次に取りかかった方がいいんじゃねーの?」
『ほう、何故締切明けだと?』
「父さんがこんな時間に起きてる。その上代理で電話に出る余裕がある。更に息子をからかう余裕がある。──以上のことから二、三日前に仕事が終わって余裕がある状態であることは明らかだ」
『正解だ。さすがだな』
「バーロー、これくらい誰にでもわかるっての」

 優作に褒められるほどの推理ではない。子ども扱いされているようでムッとする。
 工藤優作という父親は、自分が敵わないと思う数少ない大人の一人で、その中でもとびきり、出来る男だ。
 理想の父親そのもの、と言ってしまうのは少し悔しいが、それはまぎれもなく事実だった。
 ──この父親に、父の日の贈り物をすることのハードルの高さときたら。
 昔を思い出す。
 幼稚園や小学校で描いた大して上手くもない似顔絵を、この完璧な父親に渡すのは、正直に言えば悔しさがあった。でも、有希子に促されてしぶしぶ渡せば、大げさに喜んでくれて、その顔を見るのは嫌ではなかった。
 そんな子供時代も過ぎ、中学生、高校生になると、学校で何かしら用意させられることもなくなる。そうなると自分で用意するしかないわけだが、世界的なベストセラー作家で高級品を使い慣れている父親に、何をあげればいいというのか。だいたい、アルバイトひとつしたことがない自分の小遣いは、父の稼ぎから出ている。それで何か買って贈っても、意味があるとは思えない。
 そんなわけで、自然、父の日に何かすることはなくなった。優作も気にしていないだろう。おおらかというか、案外雑なところがあるのだ、この人は。自分の誕生日すらすぐ忘れる新一の性格は、確実に父親譲りである。

(そういや父さんに何かあげたのって、小学……四年か五年が最後か?)

 何をあげたのだったか。多分肩たたき券とか、そんなものだろう。
 そこでふと思いつく。

「あ。肩たたき券、いいかもな」
『うん? 何がだ』
「あー、それがさ……」

 下手にごまかせる相手でもないので、正直に話す。

「──ってことで、母さんに協力してもらおうと思ってたんだけど」
『なるほど。毛利さんはきちんとした人だからな。──それで? 有希子が電話をするのと、肩たたき券に何の関係が?』
「いや、それはそれとして、世話になってるのは事実だし、おっちゃんに肩たたき券でもあげようかなって。いかにも小学生らしいしさ」

 学校の宿題の件もある。
 「海外にいる両親に電話をしました」だけでも小林は丸をくれるだろうが、「保護者の毛利に肩たたき券をあげました」と付け加えれば完璧だろう。
 肩たたき券なんて、紙があれば五分で出来るし、肩たたきは大した労力でもない。
 念の為一枚につき五分間、と明記しておくか、と考えて、ふと電話の向こうが静かなことに気づく。

「父さん?」
『……そう、私はお前の父親だな?』
「は? 何だよ今更」

 コナンは首を傾げる。優作からの返事はない。
 通話が切れたか?とスマホの画面を見直すと、澄んだ笑い声が聞こえてきた。

『あーもうおっかしい!』

 有希子の声だ。スピーカーかなにかで電話を聞いていたらしい。

「母さん? 料理終わったの」

 通話相手が有希子に変わる。

『終わってないけど、おかしくて聞いてられないんだもの』
「はあ? わけわかんねーんだけど」

 ムッとふくれると、有希子はやれやれとため息をついた。

『あのねえ、新ちゃん。あなたのお父さんは優作でしょ。小五郎くんにはプレゼントするのに、優作に父の日のプレゼントがないのは、おかしいんじゃない?』
「…………はぁ?」

 コナンは呆れる。

「いや、オレもう高校生じゃん」
『高校生になったら親子じゃなくなるって言うの? ひどい!』
「んなこと言ってねーだろ。だいたい、もうずっとあげてねーし、それでも別に気にしてなかっただろ。……感謝は、してるし。それでいーじゃん」

 むうっと、ふくれる。
 いまの姿はどうあれ、高校生になった息子が照れくさく思う心情くらい理解して欲しい。
 しかし有希子は「えー」と電話の向こうで非難の声をあげる。

(めんどくせーな……てか、色々思い出してきたぞ)

 そうだ、と口を開く。

「だいたい、オレがやった絵とかはともかく、券とか、全然使ったことねーだろ」

 肩たたき券とか、他にも何か色々、お手伝いをする系の券を渡した記憶があるが、優作も、ついでに言えば有希子も、一回か二回使って後は使わない。
 いまになって考えてみれば、子どもに肩を叩かれたところで肩こり解消になるわけではないし、その一、二回の使用は付き合ってくれた面も大きいのだろう。

「ああいうのは、使い切らねーと次は発行されないんだよ!」
『だって、優作』
『そう言われても、もったいなくて使えなくてな……』
『ねえ。それに新ちゃんったら、優作には使い切るのが難しい券くれるし』
「は?」
『だいたい、新ちゃんは親の気持ちを全然わかってないのよ。幼稚園の時にくれた折り紙も、似顔絵も、お手紙も、肩たたき券も、ぜーんぶきれいにファイリングして宝物箱に入れてあるって言うのに』
「は、はぁ!?」
『たまに取り出して見るとね、元気になるのよ。──新ちゃん、母の日にくれたお手紙のこと覚えてる? 「いつもおいしいプリンつくってくれてありがとう。おかあさんのごはんはハンバーグがすきです」って。あの頃の新ちゃんは可愛かったわね……』
『新一はいまも可愛いだろう』
『それもそうね! あ、今度そっちに行ったらハンバーグとプリン作ってあげるわね!』
「いつの話だバーロー!」

 思わず叫ぶ。
 と、部屋のドアが開く。

「お前まだ起きてんのか! 何時だと思ってんだ!」

 小五郎だ。コナンは反射で通話を切ってスマホを背中に隠す。

「お、おじさん。友だちと電話してて……ごめんなさーい……」
「ガキは寝る時間だっつの」

 小五郎はコナンからスマホを取り上げると、充電器につないだ。
 小五郎が風呂に入っている間に話を済ませてしまおうと思ったのに、肝心の打ち合わせが出来なかった。
 一応、希望は伝えはしたから当日電話をかけてくれるかもしれないが、どうだろう。
 ──確認したいが、この件で電話してからかわれるのは避けたい。

「オラ、寝ねーと育たねーぞ」
「はあい」

 強制的に電気を消され、布団にもぐる。
 小五郎の言うとおり、夜も遅い。ふわ、とあくびをすると、コナンは(まあいいか)と布団に潜り込んで目を閉じた。





 週末の土曜日。
 父の日を明日に控え、コナンは家で肩たたき券の作成に取りかかった。
 万が一明日有希子から電話がなかったとしても、これでなんとかごまかす算段だ。
 蘭は部活、小五郎は今日は事務所を休みにしているため、そばでテレビを見ながら新聞を読んでいる。
 紙を適当に折って、切り取り線を引いて十等分に。
 後は、十カ所に肩たたき券と記載すれば終了だ。楽勝である。

(小学一年生は肩とか券とか漢字で書かねーか。かたたたきけん……っと。なんか「た」が続いて間抜けだな)

 一応色鉛筆で書いてみたが子どもだましだなーと思う。
 そんなことを考えながら次に取りかかろうとしたところで、小五郎がのぞき込んできた。

「何やってんだお前」
「明日父の日でしょ。学校の宿題なんだよ」
「はーん……どうせなら背中に乗ってマッサージする券にしろよ」
「え? そっちの方がいい?」

 確かに、小五郎はたまに、うつ伏せに寝っ転がってコナンに背中を踏ませることがある。コナンの体重がマッサージに丁度良いらしい。

「じゃあ、二枚目からそっちにするね。……せなかにのってふんであげるけん……長いな」

 コナンが大人しく意見を聞き入れたので、小五郎は戸惑ったようだった。

「いや、お前、それは親父さんにやってやりたい方にしろよ」
「これおじさんにあげるやつだし」
「……オレ?」

 小五郎は、お茶の入った湯のみを口の手前で止めて、コナンをまじまじと見た。
 コナンはうなずく。

「ボクのお父さんは外国にいるでしょ。だからこれは保護者のおじさんに」

 小五郎は微妙な顔をした。
 嫌がっているわけではないようだが、実の親についてあれこれ考えているようだ。コナンはフォローのコメントを入れる。

「お父さんには電話するし」
「……そりゃ、したらいいけどよ。それも送ってやったらどうだ」
「送っても叩いたり踏んだり出来ないんだから意味ないよ」
「意味ってなぁ」

 小五郎は頭をかいた。そして新聞を置いて、コナンに向き合う。

「……使えなくても、お前からなんかもらうのが大事なことだろ」
「そういうものかなぁ」

 昨日の、からかわれて終わった優作との電話を思い出す。
 昔した贈り物が面倒くさがられていたとは、思わない。可愛い息子からのプレゼントだ、嬉しかっただろう、と思うくらいの愛されている自信はある。
 ただ、小五郎にどう見えていようと自分の中身は高校生なので、今更何かするのは照れ臭いし、それくらいあっちもわかってるだろ、という甘えもある。それに。

「でもそれって、もらう方の意見でしょ。あげる方からしたら、あげたもの使ってもらえないのは、嫌じゃん」
「……お前はほんとめんどくせーガキだな」
「失礼な」
「事実だろうが。宿題は、肩たたき券じゃないと駄目なわけじゃねーんだろ」
「え? うん、そこは別に」

 面倒臭くなって三枚目から「ふんであげるけん」になっている手元の紙に目を落としつつ、うなずく。

「なら、親父さんに使ってもらえるもん作りゃいいだろう」
「例えば?」
「例えば……」

 小五郎は、ムッと眉間にしわを寄せた。

「……電話でお話しする券、とかだ」
「お父さんは忙しいからそんなに電話出来ないよ」
「バッカ野郎! そこを電話させるためのもんだろ!」
「いやいや待ってよおじさん。これは父の日のプレゼントなんだから、親に負担かけてどーすん……痛っ!」

 拳骨を落とされて、悲鳴を上げる。

「いきなり何!」
「親に負担とか馬鹿なこと考えてんじゃねえ! だいたいお前は」

 小五郎は、そこでぐう、と口ごもる。
 おそらく、半ば育児放棄状態で日本に一人残されているコナンの待遇についての文句と、もっとワガママを言っていいのだということを、言いたいのだろう。しかし、コナン本人に現在の状況が第三者的にどう見えるのかを明け透けに言うのははばかられる──というところか。
 結局気を遣わせてしまっているな、と内心ため息をつく。

「……わかったよ、おじさん。お父さんにも何か作って送るよ」

 子どもになだめられた形になった小五郎が口をへの字に曲げる。

「ほんとにわかってんだろーな、お前は……ったく、ガキが気ぃ遣って親に迷惑とか考えてんじゃねーよ」
「だけど仕事一生懸命してるの知ってるし、カッコイイと思ってるし。ボクのことも、好きで置いていってるわけじゃないんだよ。──おじさんには迷惑かけちゃってるけどさ」
「……だから、そういうのを気にすんなっつってんだよ。やっぱ何もわかってねーじゃねーか」

 ため息をつく小五郎に肩をすくめる。
 「ふんであげるけん」を作り終えて、また紙を折る。
 しかし、何を書けばいいのか。
 優作は小五郎と違い寝っ転がってだらだらしないから「ふんであげるけん」をあげても仕方ないし、小五郎提案の電話でお話しする券もピンと来ない。
 優作は昔から、忙しい父親だった。
 家にはいるが、書斎に缶詰のことが多かったし、そうじゃなければ取材で数日留守だったり。

(肩たたき券はなんか違うなって気づいて……それでオレ、何あげたんだっけ?)

 そういえば電話で有希子は、使い切るのが難しい券を寄越してと言っていた気がする。

(んー? なんだっけ。そんなに変なものあげた記憶はないんだけど……)

 むむむ、と眉間にしわを寄せるコナンを見て何を勘違いしたのか、小五郎はぐりぐりと乱暴にコナンの頭をなでた。
 振り回されて首が痛い。

「お前が父ちゃん大好きなのはよくわかったよ」
「は? もー、止めてよおじさん。ハイ、これおじさんにあげるから、使ってよね」

 先に作り上げた券を渡すと、小五郎は顔をしかめつつそれを受け取った。

「父の日は明日だろうが」
「父の日には蘭姉ちゃんからプレゼントもらうでしょ」
「そんで、お前は父の日はパパだけにプレゼントするってか?」
「……違いますけど」

 別にそんなことは考えていない。いま券をあげたのも、流れというか、小五郎がうざったいからだ。
 小五郎は笑って寝転がった。

「ほら、じゃあ早速頼むわ」

 一枚な、と作ったばかりの券を一枚ちぎって寄越す。
 しまった、そういえば時間制限を書き忘れたぞ、と思いながらコナンはハイハイと小五郎の背中に乗った。





 日本の父の日と同様、アメリカの父の日も、六月の第三日曜日である。
 つまり、いまから何か送ったところで、父の日には間に合わない。
 やっぱりこっちから電話くらいするかな、と考えながら小五郎と蘭と朝食を食べ終えたところで、家の呼び鈴が鳴った。

「なんだこんな朝早くから」
「お父さん、依頼のお客さん忘れてたりしないでしょうね」
「今日は午後からだったと思うんだが……」

 小五郎が頭をかきながら玄関に向かい、ドアを開ける。

「おはようございます! 朝早くから申し訳ありません!」

 飛び込んできた少し甲高いその声に、コナンは食後のお茶を吹きかけた。
 慌てて立ち上がって見にいけば、そこには江戸川文代──コナンの母親と言うことになっている、小太りの女性がいた。有希子の変装だ。

「かっ……お、母さん?」
「コナンちゃん!」

 元気だった?と大げさにコナンを抱きしめて、文代は小五郎に、急遽帰国できることになったのだ、夫も合流予定だと話して、あっという間に今日コナンを連れ出す許可を得た。
 「良かったな」と少しホッとした様子で見送ってくれた小五郎に愛想笑いを返し、車で二人になったところでため息をつく。

「何だよ、いきなり連絡も無しに。びっくりするだろ。オレ、電話してくれればいいって言わなかった?」
「だあって。それじゃ間に合わなかったんだもの」

 車の中で変装を解いた有希子は肩をすくめる。

「間に合わない? ってか、父さんは? 家?」

 急に帰ってきたら昴も迷惑だろうに。
 すると有希子は首を振った。

「優作は編集さんにつかまっちゃって。私だけ荷物運びで来たってわけ。私も、今日の夜の便でとんぼ返りよ」
「今日!? いや、何しに来たんだよマジで」
「優作から新ちゃんに、預かり物」
「父さんから、オレに?」

 何だ、と警戒しながら、信号待ちのタイミングで有希子が鞄から取り出した封筒を受け取る。

「優作も、普段から計画的に仕事進めないから、こういう時に身動き取れなくなっちゃうのよ。ほんと、ダメダメなんだから」
「そうか……?」
「もう! 新ちゃんは優作贔屓だからわからないかもしれないけどね! あの人はかーなり、いい加減よ。その上格好つけで。ほんっと、誰かさんもそういうとこ似ちゃって困っちゃうんだから」

 コナンはぷりぷり怒っている有希子の横で肩をすくめ、封筒から中身を取り出す。
 中身は、紙の束だ。
 英語で書かれた──これは、優作の原稿のプリントアウトか。

「まだ編集さんの校正前。この秋出る予定の、出来たてほやほやの新作よ」
「マジで!? ……ってこれ、何」

 原稿の束の一番上に、何かクリップで留めてある。
 それをよく見て、コナンは沈黙した。

「──思い出した?」

 有希子がからかうようにたずねてくる。

「……思い出した」

 くっついていたのは、昔々、小学生の新一が父の日にプレゼントしたものだ。

『父さんの本を一番さいしょに読んであげる券』

 ──そうだ、あれは確か、父の日近くなっても締め切りに追われてずっとこもりきりで、書き上がらないと珍しくナーバスだった優作に、「オレが楽しみにしてるから頑張れ」と激励の気持ちを込めて送ったもの──なのだが、優作の書いたものをとにかく早く、一番に読みたいという己の欲望がそのまま表れたものでもあるから、恥ずかしい。
 すっかり、忘れていた。

「新ちゃんも知っての通り、優作はどっちかと言えば寡作でしょ? あなたからそれもらってから……そうね、まだ五冊くらいしか本出せてないんじゃない?」
「……てか、その時出た本と、次の本は、英語でオレ読めなかったから」

 息子からのプレゼントに喜びつつ、「父さんは英語で書いてるから、新一も一番に読みたいなら英語が出来るようにならないとな」と言われたことを思い出す。ショックを受けた新一は、英語を必死で勉強した。
 喜びつつも、息子の教育を忘れないあたり、敵わないなと思ってしまう。

「使い切らないと次がもらえないって言われて、やる気出たみたいよ?」
「…………バッカじゃねーの」

 望めば何でも手に入れられるだろうあの優作が、息子が作った子供だましのチケットが欲しいなんて。
 口を尖らせて憎まれ口を叩いたが、口元がぐにゃぐにゃと緩む。
 ごまかすように軽い口調で続ける。

「この調子でじゃんじゃん書いたら、億万長者になれるかもな。小遣い上がらねーかな」
「調子のいいこと言って」

 コナンをぺし、と軽く叩いて、有希子は苦笑した。

「──さて、帰りの飛行機まではまだ時間があるわけだけど。新ちゃんからは何かお荷物あるかしら?」

 パチンとウインクされ、コナンは顔をしかめたが、諦めてうなずいた。

「……ちょっと待ってて。すぐ出来るから」

 何にしよう、と悩んで白紙のままの紙を持ってきている。
 そこに、何か書いて渡そう。例えば、『本の感想を話す券』とか。『一番に読む券』とセットで使えるから消費もはかどるだろう。
 今更、父の日にこんなもの恥ずかしいけれど──いまは江戸川コナン、小学一年生なのだ。小学生らしい贈り物をしてもいいだろう。
 有希子は満足げに笑った。

「それが終わったら、私と買い物行きましょ。優作の夏服、一緒に選んでちょうだい」
「ハイハイ」

 うなずいた後で、毎年父の日の贈り物はそうすれば──有希子に相談すれば良かったのでは?と気づく。
 有希子を見上げると、有希子は何でもお見通しだという顔でにっこりと笑った。
 父親同様、この母にも敵う気がしないのが、ちょっと悔しい。

「新ちゃんのお願いなら、お買い物くらいいつでも付き合うわよ」
「……母さんの買い物長くて疲れるんだけど」
「付き合ってあげるんだからお相子でしょ! さて、優作に似合うもの見つかるといいわね」
「……おう」

 うなずくと、有希子は「時間がもったいないから急ぎましょう!」とアクセルを踏み込んだ。