Trick or Treat




「「トリックオアトリート!」」

 店に入って声を揃えてそう言うと、電器店の老店主は顔をほころばせた。

「はいはい、いらっしゃい。スタンプ押すから並んでね。お菓子はこっちだよ」
「「はーい」」
「やった! おまんじゅうだぜ!」

 元太たちは元気よく答えて、指示された通りに一列に並ぶ。コナンも内心ため息をつきながら、列の最後に並んだ。

 今日はハロウィン。コナンたち少年探偵団は、米花町商店街主催のハロウィンイベントに参加していた。
 商店街の協力店を回ってスタンプを集め、運営本部に持って行くとお菓子がもらえる──というスタンプラリー企画で、近隣の小学生が対象のイベントだ。
 協力店は必ずしもお菓子を用意する必要はないが、それでも、簡単なものを用意しているお店は多く、現にコナンたちが回ったお店はどこも、スタンプと一緒にちょっとしたお菓子をくれた。おかげで、スタンプラリーシートと一緒にもらった小さな袋は、お菓子でいっぱいだ。

(売上げが上がるってわけでもないだろうに、ご苦労様だぜ、ほんと……)

 お菓子と言っても、ほとんどの店は大袋入りの個包装菓子だ。とはいえ、手間は手間だろう。スタンプを押してくれた店主にせめてものお礼にとにっこり笑って見せて、店を出る。

「えーっと、いまのお店でスタンプは九個! あと一つでシート埋まるね!」

 お姫様の仮装をした歩美が、シートを見てそう言う。

「えー? 別に、スタンプはいいから全部のお店回ってお菓子もらおーぜ」
「駄目ですよ元太くん! 参加者は僕たちの他にもいっぱいいますし、お店も普段通りに営業してるんですから、シートが埋まる以上には回っちゃ駄目だって、言われたじゃないですか」
「そうだっけ?」

 狼男の仮装をした光彦に叱られ、ミイラ男の仮装──というより包帯をただ巻いただけの元太が首を傾げる。

「そうですよ! 忘れっぽいんですから……」
「それに、スタンプ集めたら、博士の家に哀ちゃんのお見舞いに行くって約束したじゃない」
「そうだった! じゃー、さっさとスタンプもらって景品のお菓子もらわねーとな!」
「うん! コナンくん、最後のお店行こう! ……あ、帽子がズレてるよ」

 歩美が手をのばし、コナンの頭に乗った帽子の位置を直す。
 吸血鬼の仮装をしたコナンは、ため息を押し殺して礼を言った。

「サンキュー、歩美ちゃん」
「ううん。コナンくん、吸血鬼すっごくカッコイイよ!」
「ハハ……どーもな」

 コナンは乾いた笑いを返して、殺しきれなかったため息をもらした。

(……何やってんだろーな、ほんと)

 コスプレしてお菓子をもらってまわるとか、小学生じゃあるまいし。いや、いまは確かに小学生だけれど、中身は高校生なので、どうしても気恥ずかしさが勝ってしまう。「ちょっと風邪気味で」とうまいこと逃れた灰原が恨めしい。
 コナンだって本当は、適当な理由をつけて逃げたかったのだ。でも、沖矢経由で情報を入手した有希子が勝手に衣装を送って来てしまったし、灰原も参加しないのにコナンまで欠席したら歩美たちが悲しむだろうと思うと、逃げられなかったのだ。

(灰原は……まあ、鬱陶しかったんだろうな……)

 有希子はコナンと一緒に灰原にも、魔女の衣装を送ってきた。それをお隣の沖矢が持ってきてしつこく「着てくれ」と言ったのが気に入らなかったらしい。いや、気に入らないのではなく、恥ずかしかったのか。歩美が残念そうな顔をしても折れなかったのだからよっぽどだったのだろう。結局、歩美とは「まだ外には出かけられないけど、家でなら」と、阿笠の家で一緒に遊ぶ約束をしたようだが、沖矢がまた手土産片手に乱入するのではないかとコナンは思っている。

「着いたよー!」
「まだお菓子残ってっかな」
「大丈夫ですよ」

 最後はここ、と決めていた一店──ポアロの看板が見えて、歩美たちが駆け出す。

(──ま、灰原がいたらここには来にくかっただろうしな。あいつもそれわかってたのかもな)

 歩美たちの後を追い、喫茶ポアロの入り口に張られた『米花町商店街子供会・ハロウィンイベント協力店』のポスターを見上げて、コナンはため息をついた。



 店のドアを開けて、歩美たちが声をあげる。

「「こんにちはー! トリックオアトリート!」」
「わー、いらっしゃい、みんな! 待ってたよ~」
「いらっしゃい」

 なだれ込んできた子どもたちを、梓と安室が笑顔で迎える。

「安室の兄ちゃん、お菓子くれよ!」
「はいはい」

 安室は手際良くスタンプを押して、用意していたお菓子の袋を渡す。

「あー! 可愛い! おばけとカボチャだー!」
「やった、クッキーいっぱいだぜ!」

 ポアロのお菓子は、アイシングクッキーだった。クッキーにジャック・オ-・ランタンやコウモリの絵が器用に描かれている。

「これ、安室さんが作ったの?」

 クッキーを受け取りながらたずねると、「梓さんも一緒にね」と返ってくる。
 それを聞いて、梓が目をむいた。

「いやいや、私がやったの、おばけの目と口をチョンチョンってつけただけじゃないですか! ほとんど安室さんですよ!」

 コナンがもらった袋には残念ながらおばけのクッキーは入っていなかったので、光彦に見せてもらう。──白い人魂形のおばけクッキーの目と口は、簡単な点と線だった。コナンたちでも出来そうだ。

「えっと、梓お姉さん、上手ですよ」
「フォローをありがとう、光彦くん……でも安室さんみたいに器用に出来ませんって、普通!」
「カボチャさんの帽子、模様がいっぱいあってすっごく可愛い! 安室さんすごーい」

 歩美がクッキーの袋をかかげて、いろんな角度から感心したように眺める。
 確かに器用だ。形としては、カボチャとコウモリとおばけの三つなのだが、色や模様や表情に細かな差があり、たくさん種類があるように見える。
 安室は苦笑した。

「慣れれば簡単だよ」
(いや、そんなことに慣れる暇があんのかよ、この人……)

 にこにこと歩美にアイシングの作り方を教える安室を見ながら、内心で突っ込む。
 安室透の他にも複数の顔を持つ男は、ものすごく多忙なはずだ。クッキーのデコレーションをしている暇なんて、本来ないはずである。

(……いや、まあ、何だかんだ毎日オレにおやつ作るくらいの時間はあるみてーだけど)

 夏以降、コナンは一日に一回は、安室の作ったおやつを食べている。
 もとは小五郎がコナンが小さいことを心配して始まった食育のようなもので、安室が自発的に始めたことではないのだが、夏休みが終わって丸二ヶ月になるいまも、安室は毎日コナンにおやつを作っていた。
 面倒なだけで得がないのに、安室が何故小五郎の指示に従っているのかは、いまだによくわからない。

『僕にとっても君は特別な子だから。じゃないと、こんなことしないよ』

 安室はそんなことを、言っていたけれど。その意味だって、よくわからない。
 特別とは、何だ。
 愛国心の強いこの男は「日本の未来を背負って立つ子どもの健やかな成長を願っている」らしいが、国だけじゃなくて安室にとっても特別だという、その意味は何だろう。

(……どうせ、オレがすげー優秀で使えるから特別ってことだろうけど)

 何にせよ、大した意味はないのだと思う。だって、そんなことを言った後も、安室の態度には特に変化はないのだから。前より熱心に食事を食べさせようとするようになった気はするし、一度長期不在を責めたからか──いや、これはたまたまだろうが、長く店を空けることはなくなった。でも、それだけだ。

(君のためだけとか、特別とか言ったって、今日はみんなと同じクッキーだし──)

 歩美たちがもらったのと同じクッキーが入った袋を手に、そんなことを考えて──コナンは自分が考えたことにギョッとした。
 何を考えているのだ。
 同じで、当たり前だ。
 イベントは商店街の催しで、安室にとっては仕事の一環だ。そもそも、喫茶店─飲食店とはいえ、ケーキ以外のお菓子を常備しているわけではないのだから、普通なら適当に買ってきたものでお茶を濁しても誰も文句は言わない。それをわざわざ手作りしているだけで手間がかかっている。

(でも、いつもはお店のケーキと違うもの作ってくれて──って、だから!)

 何でそんなどうでもいいことを気にしているんだ、と首を振ると、帽子が落ちた。帽子といっても装飾の一つで乗せているだけなので、落ちやすいのだ。
 梓が拾ってくれる。

「あ、ありがと、梓姉ちゃん」
「どういたしまして。コナンくんは、それ吸血鬼の仮装だよね? 吸血鬼にしては、顔色がいい気もするけど、かっこよくて似合ってるよ」
「ハハ、ありがと。……顔色? 吸血鬼って顔色悪いんだっけ?」
「え? そんなイメージない? 青っぽいっていうか、白っぽい肌で不健康なイメージ」

 考え考え言う梓に、光彦が同意する。

「確かに、アニメの吸血鬼はみんな顔色が悪いですね。夜しか動けないからですかね? 食事は血液だけみたいですし」
「コナンも飯あんま食わねーもんな」

 元太がからかってくる。

「んなことねーよ、最近は」
「そうだよね。ちゃんとバランス良く食べてるもんね。──前に言ったでしょう、梓さん。果物のビタミンは肌にいいんですよ」
「おお、なるほど……!」

 安室が何故か自慢げな顔で会話に加わる。
 自分の功績だと言いたげだが、夏休みはともかく、いまはおやつを食べに来ているだけだ。──しかし実際、コナンの食生活は夏以降劇的に改善していた。
 まず、小五郎が蘭不在時に適当な食事をしなくなった。以前なら、「カップ麺でいいか」「ピザでもとるか」と適当に済ませていたのに、いまは「ポアロで何か食うか」とここまで来て、安室に食事を作ってもらうようになった。朝も寝坊しがちだったのに、眠そうな顔をしつつ起きてきて、蘭とコナンがしっかり朝食を取っているか確認したり、「これ飲め」とこれまで買ってこなかった野菜ジュースなんて買ってくるようになった。
 ──こう考えると、小五郎のおかげでは?という気もするが、小五郎の意識が変わったのは、安室が夏の間しつこく栄養の重要性を説いていたからだと言えなくもない。となると、間接的に安室のおかげで体質改善している……と言えるのかもしれない。

「果物? 果物食べると、お肌きれいになるの?」
「旬の果物がいいんだって」
「そうなんだ!」

 歩美と梓がきゃっきゃと盛り上がるのをやれやれと眺めていると、安室がコナンのそばに来る。

「コナンくん」
「……何?」

 先程考えていたことが恥ずかしくて、ごまかすように不機嫌に答えると、安室は一瞬不思議そうな顔をしたが、内緒話でもするようにこっそりと続けた。

「今日のおやつ、いつ食べに来る?」

 コナンは目を丸くした。

「え」
「え?」
「あ……いや、今日のは、これじゃないの?」
「そのクッキーはイベント用のお菓子で、君用のおやつじゃないだろう」

 さらりと言われて、コナンは目を瞬かせて安室を見上げる。安室は首を傾げた。

「どうかした? ……今日は都合悪い?」
「……ううん。……夕方、また来る」
「わかった。待ってるね」

 安室は微笑んで、またずれていたらしいコナンの帽子を直す。
 他の子どもたちが店に入って来たので、コナンたちは手を振って店を出た。



 全てのマスが埋まったスタンプラリーのシートを商店街のイベント本部に提出してお菓子の詰め合わせをもらい、阿笠の家に行って灰原の見舞いをして、仮装から普段着に着替えて──ポアロに戻ってきた時には、すっかり日が落ちていた。
 イベント時間が終わりポスターの無くなったポアロのドアを押すと、女子高生が二人、入れ違いで出てくるところだった。

「じゃーね、あむぴ!」
「またねー!」
「はい、またのご来店お待ちしております」

 女子高生をやり過ごして店に入り──コナンは目を丸くした。

「あ。……いらっしゃい、コナンくん」
「……どうしたのそれ」

 気まずげな安室の頭には、淡い色合いの犬の耳がちょこんと乗っている。
 安室はいささか疲れた様子でため息をついた。

「……さっきの子たちがね。ハロウィンだから仮装すればいいのに、これあげる、ってかぶせてきたんだよ」

 今日光彦が狼男の仮装で使っていた犬耳カチューシャのようなものなのだろう。多分。
 店内を見れば他に客はおらず、梓もマスターも不在だ。安室ファンの女子高生が、他に誰もいないのをいいことに暴走したらしい。

「コナンくんがもう少し早く来てくれてたら、こんな目に遭わなかったかもしれない」

 恨めしげに言われて、コナンは吹き出した。

「遅くなったのはごめんなさい。でも、似合ってるよ?」
「そんなわけないだろ。……君はもう、仮装脱いじゃったんだ?」
「そりゃそうだよ。イベント終わったし、家まで帰ってくるのに仮装したままじゃ目立つでしょ」
「確かにね」

 うなずいて、あっさり耳を取ってしまう。少しもったいない。
 見ていたら「つける?」と目の前に置かれたので慌てて首を振った。

「──さて。夕飯の時間も近いから、今日は軽いものにしようか。どうぞ、座って」

 コナンはうながされるままカウンター席に座り、イベントでもらったお菓子が入った袋を隣の席に置く。
 すぐにココアが出てきた。外が少し寒かったのでありがたく、マグカップで手を温める。

「今日って何人くらい来たの?」
「お菓子をもらいに? 二十人くらいかな。クッキーの余りが五つだったから、多分そのくらいだと思うよ」
「歩美ちゃん、喜んでたよ。今度灰……いや、友だちとアイシングクッキー作ってみようかなって」

 おばけさんも可愛いけど、リボンとかお花のを作りたい、と灰原と盛り上がっていたのを思い出して言うと、安室は「そう」と笑った。

「──出来た。はい、どうぞ」

 安室がことりと、おやつの皿をコナンの前に置く。
 小さめのカボチャのプリンと、飾りにクリームとアイシングクッキー。おばけでもカボチャでも、コウモリでもなく──パイプと、ハンチング帽の。見慣れたシャーロックホームズのアイテムだ。

「──え。これどうしたの?」
「どうって、作ったんだよ」
「そうじゃなくて……もしかしてさっきのクッキーにも入ってた?」

 見落としていたと、慌ててポアロでもらったクッキーの袋を取り出すと、安室は肩をすくめた。

「まさか。それは、ひとつずつしか作ってないよ。コナンくん用」
「……ボク用?」
「特別にね」

 安室はにこっと笑った。
 ──特別。
 コナンは口をつぐみ、プリンを見つめた。
 自分のために作られたプリンと、自分用に作られたクッキー。
 みんなと同じではない、自分だけの。

 さっき、考えたことを思い出す。
 みんなと同じだと思って、何だかそれが気になったこと。
 でも、それは君用のおやつではない、と言われて、一瞬でもやもやが消えたこと。

「食べないの?」

 安室はカウンターの中から出てきて隣に座り、コナンの顔をのぞき込む。

「……あのさ」
「うん?」
「……安室さんの言う『特別』って、何? どんな意味があるの?」

 安室は目を丸くした後で、からかうように口の端をあげた。

「それは推理してみてくれって、言っただろう」
「したけど」
「ほー、それで君の推理は?」
「ボクがすっごく優秀だから、特別注目してるってことかなって……」

 安室は笑った。

「自分で言っちゃうのか。まあ、事実だけどね。──それも無いとは言わないけど」
「やっぱり」
「でも、君が考えているのとは、少し違うかな。残念ながら、君が優秀だから親切にして取り込みたいとか、そういうことを考えているわけじゃないよ」
「……じゃあ、なんで色々してくれるの」
「それは、すごく単純な理由だよ」

 安室はそうはぐらかす。
 ムッとした。
 単純なんて言われても、わからない。安室がどうしてこんなことをするのかも──自分が何故、こんな気持ちになるのかも。

「……わかんないから、聞いてるんじゃん」
「ほんとに?」
「え?」
「ほんとに全然、わからない?」

 そう言って、安室はじっと、コナンを見つめた。
 真剣な目に、戸惑う。
 コナンが怯んだのを見て取ったのか、安室は苦笑して身を引き、視線を和らげた。

「──とりあえず、食べたら」

 コナンはしぶしぶスプーンを手に取ると、プリンをすくった。
 口に入れたプリンは甘い。
 パイプとハンチング帽の、コナンが大好きなシャーロック・ホームズモチーフのクッキーを見つめながら、考える。
 単純な理由。
 食事を作ってくれたり、おやつを作ってくれたり、好きなものを、わざわざ作ってくれたりする理由。特別に、それをしてくれる理由。
 自分がそれを、疑いながらも、嬉しいと、思う理由。

(ほんとに単純に考えたら、そんなの──)

 考えて、慌てて首を振る。

(そんなわけない)

 ぼんやり思い浮かんだ言葉を、はっきり認識する前に散らす。
 その時、安室が手を伸ばして、コナンの前に置いた犬耳のカチューシャを手に取った。そして、おもむろに自分の頭に乗せる。
 こちらに着ける気かと身構えていたコナンは、呆気に取られて安室を見上げた。

「……? 何、どうしたの?」

 急にどうした。それにしても犬耳似合うなおかしいだろ、と混乱する頭で考えていると、安室が口を開いた。

「──コナンくん、Trick or Treat?」

 流暢な発音で放たれた言葉に、コナンはますます目を丸くした。
 じっと、何かを待つようにこちらを見つめる安室を見つめ返し──もしかして、仮装してるからお菓子をくれってことか?と気づく。あるいは、イタズラしたいか。
 お菓子なんて、持っているわけがない。今日はもらう方だったのだ。

(もらったお菓子ならあるけど──)

 安室の目の前にある今日の戦利品の袋にチラリと目を向けると、まるで良く出来ましたと言うように、安室が微笑んだ。
 なんだこれでいいのかと、少しホッとして、袋から適当に一つ取り出そうとすると、安室が言った。

「全部ちょうだい」
「……は? ……え? 待って。全部って、この袋の中のお菓子全部ってこと?」
「そう」

 安室はうなずく。
 どういうつもりだ。子どもからお菓子を巻き上げるなんて。袋を渡してしまったら、今日の戦利品がゼロになってしまう。いや、先程取り出したポアロのクッキーは別か。
 そちらを見れば、「それはいいよ」と安室は言った。

「それは、僕が作ったクッキーだからね。でも、他のは駄目だから、僕にちょうだい」
「? 駄目……って、何が」

 意味がわからず顔をしかめる。お菓子が欲しいわけではないのか。何が駄目だと言うのだ。
 安室は皿の上からパイプのクッキーをつまんで、コナンの口に入れた。

「む」

 今度は何だ。
 口から出すわけにもいかないので、仕方なくもぐもぐと咀嚼する。
 アイシングが舌の上で溶けて甘い。
 こくりと飲み込むと、安室は満足げに笑って、トン、とコナンの喉に人差し指をあてた。
 その指が、つい、と下にさがる。

「──君が口にして、その体に取り込むものはね。全部、僕が作りたいんだ。本当は、朝も、昼も、夜も……全部、僕が作ってあげたいけど。それは難しいから。いまはお行儀良く、おやつだけで我慢してるんだよ。それなのに、他の誰かが作ったお菓子を食べるなんて、ひどいと思わない? コナンくん。お菓子だけは、他の人が作ったものは食べないで。僕が作ったものだけ食べて欲しい。──だから、これは駄目。……わかった?」

 そう、問われ。
 数秒、間を置いて意味を理解して、コナンはボッと顔を赤くした。

「……なっ、……っ」

 パクパクと無意味に口を開閉するコナンに、安室が吹き出す。
 コナンは叫んだ。

「いっ……犬の耳つけて何馬鹿なこと言ってんの!?」
「ひどいな。──耳がなければいいの?」
「そういうことじゃなくて!」
「君が鈍いから。ヒントをあげたつもりなんだけど」

 安室はしれっと言う。

「これでもまだ、『わからない』かい? 名探偵くん」

 うっと言葉に詰まる。
 ここまで言われたら、さすがにわかる。
 さっき、一度思いうかべて、否定したそれ。
 でも、そんなの信じられない。
 この男が自分のことを、そして自分がこの男のことを────なんて、そんなこと。

「ねえ、どうなの?」

 首を傾げてこちらを見る安室に、コナンはぷいっと顔を背けて苦しまぎれに言う。

「~~ボク、小学生だからわかんない!!」

 そうだ。江戸川コナンは小学生なのだ。しかもピッカピカの一年生だ。この男はそのことをわかっているのだろうか。それとも、まさかそれ以上のことに──コナンの正体に、気づいていて言っているのか。
 ──どちらでも大問題だ。
 安室はふむ、とわざとらしく顔をしかめた。

「それを言われると弱いな。そうだね、コナンくんは小学生だったね。……仕方ない。答えは、君が大きくなるまで待つよ」

 それはどういう意味だ。
 顔をしかめると、安室はにっこり笑って、お菓子の袋を取り上げた。

「まあとにかく、これは没収。お菓子が食べたかったら、僕のところに来ること」

 コナンは微妙な気持ちで取り上げられたお菓子を見上げた。
 さっきの発言は本気なのか。
 自分が作ったものだけ、食べて欲しいとか。随分なことを言う。
 我慢しているようなことを言っていたけれど、あんな風に全部口に出して、我慢していることになるのか。
 ──全部。
 本当は、朝も、昼も、夜も。
 口にするもの。体のうちに入れるもの。この体を作るもの。──それを、全て自分が、なんて。

(それってなんか……)

 顔を赤くして唸るコナンに、安室はにっこりと笑った。

「コナンくん、このまま夕飯食べていく?」
「いまの流れでうんって言うわけないでしょ!?」

 食事に誘われただけなのに、何だかいけないお誘いを受けたような気になるのは何故だ。

「そう? でも──」

 安室がチラリと視線を外に向ける。
 何だ?と顔をしかめた時、店のドアが開いた。

「お? コナン、お前こんなとこにいたのか」
「おじさん!」

 店に来たのは小五郎だった。
 小五郎は安室を見て顔をしかめる。

「……安室くん何だその格好」
「あ。──ハロウィンで」

 安室はさらりと犬耳を外した。

「ハロウィン? ああ。それより、コナンも居るならちょうどいい。なんか夕飯出してくれ」
「──えっ!? 蘭姉ちゃんは?」

 びっくりするコナンの隣に座って、小五郎は肩をすくめた。

「文化祭の準備で遅くなるから、ついでに友だちと食べて帰るってよ」
「嘘だろ……」

 安室は強奪したお菓子の袋を隠して、さっさとカウンターの中に戻った。

「そうなんですか。もちろん、大歓迎です。適当にお出しして大丈夫ですか?」
「おう、頼む」
「お任せ下さい。──頑張って、腕によりをかけて作るから、いっぱい食べて、早く大きくなってね、コナンくん」

 安室はにっこり笑ってそう言う。
 何と返すのが正しいのか。顔が赤くなっているのか青くなってるのか。よくわからない。

「そうだぞ、コナン。……って、お前なんだその変な顔。──お前ら、まさか喧嘩してんじゃねーだろうな?」

 小五郎が胡乱げに二人を見る。

「~~っ、して、ないよ!」
「はい、してないです」
「……ならいいけどよ。仲良くしろよ? お前ら」

 何も知らない小五郎がコナンの頭をぐりぐりと撫でながら適当なことを言う。
 堪えきれずに笑い出した安室に「もう!」と叫んで、コナンはプリンの皿に一つ残っていたハンチング帽のクッキーを口に入れ、ガリガリと噛み砕く。
 何だか嬉しそうな安室の視線に頬をふくらませて、コナンはやたらと甘く感じられるクッキーを飲み込んだ。