どうか良いお年を その後 sideコナン
とても温かい。その上、何だかいい匂いがする。目の前のそれにすり寄って、ほっと息を吐いて──コナンはふっと覚醒した。
ふとんの中。目の前には、自分の体をゆるく抱き込んでいる男の体。
(な……っ)
一瞬パニックになりかけたが、思い出す。
(──そうだオレ、安室さんちに泊めて貰ったんだ……)
大晦日の夜に捕まって。初日の出を見て。
それから──。
お昼ご飯を食べた後に、うとうとしていた記憶はある。昼寝するという話はしていたんだし、ベッドを借りてもいいだろうと横になって。──その後、安室をふとんに引き込んだ記憶も、薄ぼんやりと残っていた。
(何やってんだ、オレ……)
頭を抱えたい気分で、コナンはそろりと視線を上げた。安室は目を閉じて、すうすうと穏やかな寝息を立てていた。
本当に寝ているのだろうか。
じっと観察する。
──寝ている、ように思える。
途端、好奇心が羞恥を上回って、コナンはまじまじと安室の顔を観察した。
(……やっぱ、すげー顔整ってんな、この人)
両親の知り合いに芸能人が多いこともあって、男女問わず美形は見慣れているが、その自分でも感心してしまうレベルだ。顔を構成するパーツパーツがまず整っている上に、配置も絶妙だ。目元に影を落とす長いまつげと同じ色合いの髪は、日が落ちかけた夕方のやわらかい光にぼんやりと照らされて、それ自体が淡く光って見えた。
朝日の中で見た時もキラキラしていてきれいだったが、夕方見てもきれいだ。
(ちょっと外国の血も入ってるのかな……?)
──安室の家族は、どんな人たちなのだろうか。
昨日も考えたことを、ぼんやりと考える。
いるのか、いないのか。会いたいのか、会いたくないのか。それも、わからないけれど。
無意識に、手が目の前にある頭にのびる。
薄い色の髪に触れる寸前でハッと手を止めて、コナンはうつむいた。
(何やってんだ)
ため息をつく。目は完全に覚めていて、いつまでも安室の腕の中にいるのは落ち着かない。けれど、自分が起きると安室も目を覚ましてしまうだろうなと思うと、起きるのをためらってしまう。
昨日突然押しかけて迷惑をかけたのは自分だ。そうでなくても、日頃忙しい男なのだ。休める時はゆっくり休んで欲しい。
(……ま、そのうち起きるだろ)
とりあえず安室の覚醒を待つことにして、コナンはため息をついて目を閉じた。
──それにしても。
安室はいい匂いがする。昨日は風呂に入る時間なんてなかったし、帰ってきてからも自分は風呂に入った記憶がないのだが、安室はシャワーでもあびたのだろうか。
一度気づくと妙に気になってしまって、コナンはますます落ち着かない気持ちで身じろぎした。
(何でこんないい匂いすんだよ。……オレ一晩風呂入ってねーんだけど、臭くないだろうな)
自分ではわからない。というか、こう抱き込まれていると安室の匂いしかわからない。逆に安室は抱え込んだコナンの頭のにおいがわかるはずで、臭いとか思われたら嫌過ぎる。
その時、安室がコナンの体を引き寄せた。
グッと密着する体に、反射でビクッとする。
起きたのか。──いや、呼吸は先程までと変わらない。
(どうしよう。起きるか? ……いや、安室さんほんとに寝てるのか?)
ぐるぐると考えていたら、更に抱き寄せられる。
「あ……あ、むろ、さん?」
起きてるのでは、とおそるおそる声をかけたが、反応はない。
とくん、とくん、と押しつけられた胸から鼓動が伝わってきて、コナンはカーッと赤くなった。
(いや、待て。待て)
耳が熱い。多分、首まで真っ赤になっているだろう。いま安室が目を覚ましてコナンを見たら、きっとニヤニヤ笑ってからかってくるに違いない。
(落ち着け。深呼吸。ちょっとビックリしただけだろ!)
赤くなる必要なんてない。コナンくらいの年頃の子どもなら、大人と一緒に寝ていておかしくないし、抱きしめられた程度で恥ずかしくなる必要もない。
(でもオレは高校生だし、この人は、なんつーか身内でもないわけで、なんかいい匂いするし、普段はオレのこと警戒して見てるくせにこんな……って、だから!)
落ち着こうとすればするほど、混乱してドツボにはまってしまう。
とにかく、腕から抜け出したい。しかし、顔すら上げられないほどにしっかり抱き込まれては、様子をうかがうことすら出来ない。
いっそ、思い切って起きてしまうか。安室も起きてしまうだろうが、目が覚めたばかりなら、多少顔が赤くても、「ふとんの中が暑かった」でごまかせるかもしれない。
(──よし)
もうそれで行こう、と深呼吸をして。
ふと、気づく。
押しつけられた胸から伝わる鼓動が、先程までのそれよりもわずかに、ほんのわずかに、早い。
──もしかして。
(安室さんも起きてる……?)
くるくると頭が回転する。
急に抱き寄せられたこと。わずかに早くなった鼓動。
──想像するに。安室は目が覚めて、コナンが腕の中にいることに、そして、コナンが起きていることに気づいて、からかおうとしたのだ。そして、からかっておきながら、コナンの反応を見て、この後どうしていいかわからなくなっている。
つまり、膠着状態。
安室は起きるに起きられず、自分も動くに動けない。
(……何やってんだよ……)
恥ずかしいやら馬鹿馬鹿しいやらで唸りたくなる。
多分。コナンが気持ちを落ち着けて、赤い顔をどうにかした後で起きたふりをすれば、「無かったこと」に出来るはずだ。もしかしたら安室は、自分も起きているとコナンにバレていることに気づいていないかもしれないし、であれば尚更、その可能性が高い。
──けれど。
(でも、それはなんか気に食わねーような……)
こちらはうろたえて真っ赤になったところを見られているというのに、安室はちょっとだけ心音が速くなった気がする、くらいのリアクションなわけで、これは、割に合わないのではないか。
コナンはしばらく考えた後──思いっきり、目の前の男に抱きついた。
ビクッと、しがみついた大人の体が震える。
(ざまみろ)
押しつけた額から伝わる鼓動がどんどん速くなるのを確認して、満足し──コナンはしがみついたまま、固まった。
(……あ、これ、ここからどーしよ)
双方起きていることは、これで確認済となった。となるといまの状況は、ただ単に二人で抱き合っているだけ、ということになりはしないか。
安室もどうしたらいいのか決めかねている様子で、固まっている。
コナンが己の軽率さを後悔していると。
──ぐうう。
小さな、しかし聞き逃すのはちょっと難しい音量で、腹が鳴った。
「「……」」
一瞬間を置いて。ふはっ、と安室が吹き出した。
コナンは真っ赤になって起き上がる。
「安室さん!」
「──ごめんごめん。昨日からほとんど動いてないのに、君は元気だな」
「……成長期なんだよ」
「うんうん、そうだね」
クツクツと笑いながら、安室も起き上がる。
「──じゃあ、夕飯の準備しようか」
そう言って、寝癖を直すようにコナンの頭を撫でると、側のテーブルから眼鏡をとって、手渡してくれる。
「あ」
眼鏡がないことに気づいていなかった。
おそらく、寝落ちた時に外してくれたのだろう。
あまり素顔を見られたくないのであわててかけ直すと、安室は苦笑して、もう一度コナンの頭を撫でると、立ち上がった。
「……ボクも手伝う。今晩なに?」
「おそばがいいってコナンくんが言ったんじゃないか。肉そばにでもしようか」
「うん」
肉うどんのそば版か。何にせよ、そばをゆでるくらいならコナンにも出来る。
さっさと台所に向かう安室の後をついて行き、ふと視線を上げる。
──安室の、髪の隙間から少し見える耳たぶが、わずかに赤い。
コナンはふっとふきだす。
初日の出を見て、食べて寝ていただけの一日だったけれど。なんだかんだで、楽しいお正月だった。
今年はどんな一年になるかな、と考えながら、コナンはお手伝いするために安室が用意してくれた椅子に乗って、冷蔵庫から出てくる食材を眺めた。