おいしいクッキーの作り方




※これまでの執行後シリーズ(一周目)と「かわいいひと」の内容が多分に含まれます。


 年が明けて最初の月も終わろうという頃。
 歩美たちが、いつものように阿笠邸でお菓子を食べながら遊んでいると、少し離れたところで本を呼んでいたコナンが、不意に顔を上げた。

「あ、そうだ。灰原」
「なに?」
「お前らさ、来月も何かお菓子作る予定ある?」

 その問いに、みんな一斉におしゃべりを止め、手を止めてコナンを見た。
 問われた哀が、顔をしかめる。

「──なんでそんなこと聞くわけ?」

 歩美と哀が、打倒安室を掲げてクッキーづくりをするようになって、数ヶ月。
 月に一度は手作りのお菓子を振る舞うのが少年探偵団の定番になっている。なってはいる──が、来月は特別だ。
 来月は、二月。バレンタインデーがある月だ。
 日頃クッキーばかり焼いている歩美も、来月は、チョコレートに挑戦してみるつもりなのだ。
 来月がバレンタインだということは、光彦や元太も意識しているのだろう。なんとも微妙な顔で、コナンを見ている。
 コナンは首を傾げた。

「なんでって。いや、何か作るなら、オレも参加させてもらえねーかなと思って。出来れば、十四日より前がいいんだけど」
「な、ななななななんで?」

 焦って、思わずどもってしまう。

「じゅっ、十四日って、バ、バレンタイン、だよね」

 コナンはあっさり、うなずいた。

「おう。だから、何か作って渡したいなと思って。クッキーって、難しいのか?」
「……!」

 コナンが、バレンタインにお菓子を作る。
 歩美はショックで卒倒するかと思った。そんな歩美の肩に手を置いて、哀が冷静に、たずねる。

「誰にあげるのよ」
「え? 今年お世話になった人」

 軽い返答に、思わず息を吐く。哀がため息をついた。

「──あのね。バレンタインは、お歳暮じゃないのよ」





「それで、なんで僕のところなのかな」

 翌日の放課後、ポアロを訪ねて事情を話し、クッキーの作り方を教えてもらえないかと頼むと、安室は困ったように首を傾げた。
 歩美はもじもじと指を擦る。

「……だって、安室さんお菓子作り上手だし。チョコレートは、歩美も初めて作るし」
「作るのはクッキーなんだろう?」
「で、でも、チョコのクッキーにするって、コナンくんが。持ち歩きやすくて、日持ちするやつがいいんだって。歩美たち、ココアのクッキーは作ったことあるけど、チョコチップクッキーはちょっと違うし……」
「なるほど?」

 ふむ、と安室はあごに手を当てて、何か考えるように目を細める。
 歩美についてきた光彦と元太が、隣で話し出す。

「それにしても、誰にあげるんでしょうね、コナンくん。結局教えてくれませんでした」
「蘭姉ちゃんじゃねーのか、どうせ」
「まあ、それが有力ですね。彼が一番お世話になっている人と言えば、蘭さんですから。でも、日持ちがするものを、っていうのがちょっとわからないんですよね」
「なんでだ?」
「だって、蘭さんとは毎日会ってるじゃないですか。同じ家に住んでるんですから。日持ちがするものを選ぶ理由はありません」
「あー、そっか。でも、じゃあ誰にやるんだ?」

 肝心のコナンは、毛利にくっついて出かけてしまって、今日はいない。当人の目の前では話しにくかったが、やはり二人も気になっていたのだろう。交渉そっちのけであれこれ考えている。
 二人の会話を聞いて、安室がもう一度、なるほど、と言って歩美を見た。

「それで僕、というわけか。コナンくんはなんて?」

 歩美は肩をすくめる。

「……安室さんなら、教えるのも上手そうだよなって」
「なるほど。つまり、『お世話になった人』は僕でもないわけだね」
「ん? どういうことだよ」
「あ、そうか。元太くん、もしコナンくんがバレンタインの贈り物をしたいのが安室さんだったら、贈り物をしたい相手に作り方を教わったりしないでしょう。贈り物が、バレてしまいますからね」

 光彦の解説に、安室がうなずく。

「そういうこと」
「べ、別に、それを探ろうっていうんじゃなかったんだけど……安室さんがお菓子作るの上手なのは、ほんとだし」

 こうは言ったが、やっぱり、安室の名前を出して反応を見たいという気持ちは、ちょこっとだけあった。
 日頃ライバル認定しているので、コナンが誰かにバレンタインの贈り物をする、と聞いて、蘭の次に思い浮かべたのが、安室だったのだ。
 安室は苦笑する。

「まあ、手作りっていう時点で、僕宛ではないんじゃないかな。あんまり、手作りのお菓子ってもらわないからね」
「あー、安室さん何作るのもお上手ですからね。料理上手な人に手作りのものをプレゼントするのは、ちょっとハードルが高いです」

 笑みだけでそれを肯定して、安室は、まあいいけど、と頷いた。

「チョコレートを使ったクッキーの、作り方教室を開けばいいのかな? 参加者は?」
「! ありがとう! えっと、歩美と、コナンくんと」
「ボクたちもです」
「あとは?」
「哀ちゃんは、遠慮しとくわって……」

 デリカシーがないんだから、と怒っていた哀を思い出す。哀と昴とは、別でチョコレートを作る予定だ。

「ハイハイ! じゃあ、私も参加していいですか?」

 話を聞いていた梓が手をあげる。

「そりゃ、どうせここを借りることになるんでしょうから、僕は構いませんけれど」

 安室の視線がこちらに向いたので、慌ててうなずく。

「いいよ!」
「ありがとう」
「梓姉ちゃんは、誰に作るんだ?」

 元太の問いに、梓はうーん、と腕を組む。

「特に決めてないけど。そうだな、また安室さんのことよろしくお願いしますのクッキーにしようかなぁ」
「……梓さん」

 安室が顔をしかめる。梓はそれを無視して、首を傾げた。

「でも、コナンくんがクッキーあげる相手、気になるねぇ」
「ちょっと推理してみませんか」
「あ? 別にどうでもいいだろ、そんなの」

 元太はそう言ったが、梓と光彦は盛り上がり、口々に推理を口にする。

「本命は蘭さんとして。持ち運びしやすく、日持ちするもの希望、という情報をふまえて、他の候補を出してみましょう」
「なかなか会えないってことだよね。東京にいない……あ、大阪の、服部くん? だっけ、彼とか」
「平次お兄さんですか。うーん、無くはない、と思いますが……子どもにクッキーをもらって喜ぶタイプには見えませんよ」
「じゃあ、一課の刑事さん。たまにしか会えないでしょ」

 元太がジュースを飲みながら口を挟む。

「高木刑事は佐藤刑事からチョコもらうだろ」
「だからと言って、コナンくんがあげちゃ駄目ってことにはなりませんよ」
「そりゃそうだけどよ」
「目暮警部とか白鳥刑事とか……一課の皆さんにはとてもお世話になりましたからね」
「あ、じゃあ歩美たちからも渡そうか」
「いいですね、それ」
「ストップストップ、話がそれてるよ」
「ごめんなさい。えーっと、他……」
「蘭さんのお友達の、園子さんとか、世良さんとかはどうでしょう」
「やっぱり、日持ちは関係ないんじゃね? なかなか会えないってわけじゃねーだろ」
「──ハッ」

 そこで梓が何か思いついたように手を叩いた。

「私、わかっちゃった!」

 梓はくるりと安室を振り返る。

「なかなか会えなくて、お世話になっていて、甘いものが好きな人。──安室さんのお仕事仲間さんじゃないですか!」
「あ」

 歩美も声をあげる。
 誰だそれ、と元太と光彦は首を傾げた。歩美は二人に教えてあげる。

「前に会ったス──は、違うんだった。えっとね、コナンくんが仲良くしてる、安室さんのお仕事仲間の人がいるんだよ」
「仕事仲間? って、梓姉ちゃんじゃねーか」
「違うよ、ポアロのお仕事じゃなくって、探偵仲間なんだよ」

 梓はうなずく。

「お仕事仲間さんのことなら、私はちょっと詳しいよ。男の人で、甘いものが好きで、安室さんに隠れてコナンくんとお友達になってしまったから、安室さんはちょっとそのことで機嫌を損ねているの。安室さんのことをとっても心配してて、安室さんの作るお菓子の写真が好きで、コナンくんから写真の横流しをしてもらっているんだよ」
「あー、最近あいつケーキの写真撮ってたもんな」
「でも、安室さんのお仕事仲間なのに、なかなか会えないんですか?」
「危険なお仕事をしているのよ」
「安室の兄ちゃんは喫茶店でバイトするくらい暇なのに、友だちは大変なのか? ちょっと仕事手伝ってやればいいのに」

 元太に言われて、安室は苦笑する。

「ハハ……そうだね。今度ちゃんと手伝うことにするよ」
「こら、ポアロのバイトは暇つぶしにするものじゃないんだからねー?」

 梓にとがめられて、元太はごめんごめん、と肩をすくめる。

「それで結局、コナンくんがチョコをあげる相手は、安室さんのお仕事仲間さんってことなんですか?」

 安室はうーん、と首を傾げた。

「……まあ、そうだね。可能性はあるかもしれないな。甘いものの中でも、チョコレートが大好きだから」
「決まりじゃないですか」

 歩美はむむむとうなった。
 女の人じゃなかったことには少し安心したが、安室の仲間ということは、きっとすごく優秀な大人に違いない。ライバルかもしれない。
 安室は、いったいどんな人だろうとソワソワし始めた子どもたちに苦笑して、一つ手を叩く。

「そろそろお客様が来る時間帯だから、いったん解散しようか。お菓子教室のことは、わかったから」

 はあい、と少年探偵団は声をそろえて返事をする。

「材料は、僕が準備しておくよ」
「では、お金はあとで。予算はいくらくらいにしましょうか」

 しっかり者の光彦が歩美と元太に目を向ける。

「どれくらい作るかにもよるよね」
「オレ、そんなに小遣いねーぞ」
「大勢に撒くわけじゃないんだろう? 材料だけならそんなにかからないから。これくらいでどうかな」

 安室が立てた指を数えて、それくらいならとうなずく。

「コナンくんにも言っとく」
「じゃあ、時間はまた追って連絡ということで。レシピはどうする? 歩美ちゃん、何か持ってるかな」
「ううん」

 歩美は首を振った。

「ふつうのクッキーのレシピしかないから、美味しいの教えて欲しい!」
「わかった。とびきり美味しいクッキーが出来るレシピを、用意するね」

 そう言って、安室は微笑んだ。




 お菓子教室は、バレンタイン前の連休中に、開催されることになった。
 休日でお客さんもそう多くないからと、午後の一時閉店時間を延ばしてくれるそうだ。

 当日、ラッピングに使うものだけ持ってポアロをたずねると、すっかり準備は整っていた。
 歩美たちは手を洗って、家から持ってきたエプロンをつけて準備する。
 きっかけになったコナンが安室に礼を言う。

「色々ありがとう、安室さん」
「どういたしまして。──さて。じゃあ始めようか」
「「はーい」」

 少年探偵団と梓は、声を揃えて返事をする。

「簡単なレシピだけど、その分丁寧に作るのが大事だからね」

 歩美はわかった、とうなずく。
 安室の作るクッキーは、お店のクッキーみたいに美味しい。今日はその秘密もさぐりたい。
 テーブルの上に並べられた材料を見て、気づく。

「あ、ねえ、なんでお砂糖が茶色いの?」
「よく気づいたね。普通のお砂糖でもいいけど、今日は三温糖。少しコクが出るんだ」
「さんおんとう」

 歩美は復唱して覚える。次作る時に使ってみよう。

「何を作るかで向き不向きがあるから、調べてみてね」
「わかった」
「歩美ちゃん、熱心ですね」
「お菓子作り上手になりたいんだもん」
「じゃー今日は安室の兄ちゃんの技いっぱい盗まねーと」
「うん……」

 もちろん、そのつもりだ。
 しかし、安室は歩美のライバルなので、ライバルから技を盗む、というのは少し後ろめたい気持ちもする。
 その時、隣でバターをボウルに入れていた梓が、耳元で囁いた。

「歩美ちゃん、スキルアップのためには手段を選んでいては駄目よ。恋と戦争においてはあらゆる戦術が許されるの。──昔の人のありがたいお言葉よ」
「戦争……」
「恋は、戦いでしょ?」

 なるほど、確かにその通りだ。歩美はうなずいた。

「まずはスキルアップ、だね!」
「そうよ歩美ちゃん。それに己の教えた技で弟子に打ち果たされるのは師匠にとっての誉れというものよ。今日は気にせずいきましょう」
「わかった!」

 梓の言うことは難しくて半分くらいわからなかったが、うなずく。安室さんを倒しちゃっても大丈夫、ということだろう。多分。

「でも梓お姉さん、今日はさんぼうさんしなくていいの?」

 こっそりと問うと、梓はふふっと笑った。

「梓参謀の出番はこれからなのだ」
「梓さん、バターの準備はいかがですか?」
「完璧です! バッチリ室温で柔らかくなっています、先生」

 姿勢を正して梓が元気よく答える。

「それはなにより」
「しつおんって、なんだ?」
「冷蔵庫に入れていたバターは固いでしょう? 冷蔵庫から出してしばらくお部屋に置いて、やわらかくするんですよ」
「なんでだ?」
「そうしないと、他の材料と混ざりにくいだろ」
「ふーん」
「卵もね、あらかじめ出しておいて、室温にもどしておくといいよ。卵が冷たいと、バターとあわせた時にまた固くなっちゃうからね」

 覚えることがいっぱいだ。卵もしつおん、と記憶する。
 さんおんとう、しつおん、と頭の中で繰り返す。

「まずバターをクリーム状になるまで混ぜてもらいます」
「オレやりたい!」

 元気よく手をあげた元太に、慎重にですよ、と光彦が声をかける。

「じゃあ二人にお願いしようかな。歩美ちゃんとコナンくんは、粉を合わせてふるってもらってもいいかな」
「やったことある!」

 元気よく手をあげた歩美と対象的に、コナンは不安げに顔をしかめた。

「粉をふるう……?」
「大丈夫だよ、コナンくん。ゆーっくりやれば汚れたりしないよ」
「粉ふるいあるから、大丈夫大丈夫」

 安室と歩美に言われて、コナンは差し出された粉ふるいを手に取って、身振りで教えられたまま、手を動かし始めた。

「これ、何のために必要な作業なの?」
「粉が袋の中でダマになってることがあるから、それをなくすのと、空気を含ませるためかな」
「ふうん」

 コナンは難しい顔をしたまま、ガシャガシャと粉をふるう。ボウルを押さえながら安室を見上げる。

「空気が入ると、美味しくなるの?」
「食感が良くなるよ」
「そっかー」

 バター混ざったぞ!と声をあげた元太と光彦の作業を見に、安室が離れる。
 歩美はそっとコナンを見上げた。

「……ねえ、コナンくん。どうしてお菓子作ろうかなって思ったの? 作ったことないんだよね?」

 誰にあげるかも気になるが、そこも気になっていたのだ。
 コナンは機械的に手を動かしながら答える。

「深い意味はねーけど……思いつき?」
「でも、思いつきにもきっかけがあるんじゃない」

 そう言うと、コナンは考えるように首を傾げた。

「んー……。ああ、そう言われると、歩美ちゃんたちかな」
「私たち?」
「おう。ほら、いつも歩美ちゃんと灰原がクッキーくれるだろ? で、オレたちが美味いなーって食べるとさ、二人が喜んでくれるじゃん。それ、いいなって思ったんだ」

 歩美は目を丸くする。
 コナンは、うんうん、とうなずいた。

「うん、そうだな。オレが作ったもの、食べて美味しいって思ってくれたら嬉しいかもなって、思ったんだ」
「そ、そっか」

 まさか、自分たちがきっかけだったとは。嬉しい。
 歩美はボウルはしっかり押さえたまま、ぴょんぴょんとはねた。

「嬉しいよ、絶対! 歩美はいつも嬉しいもん」
「そっか。……いつももらうばっかりだから、たまには逆にな」

 つぶやかれた言葉に目をしばたかせ、声をひそめる。

「……えっと、その、お礼したい人?」
「うん? ああ……そうそう。いつも色々もらうからさ」
「──甘いもの好きな人なのよね? お菓子のお裾分けとか?」

 いつの間にかそばに寄ってきていた梓が、歩美の反対側からコナンにささやく。
 コナンはギョッとしたように一瞬手を止めたが、苦笑して作業を再開した。

「そんな感じ。梓姉ちゃん、どうしたの」
「参謀として情報収集中なの。──調べはついているのよ、コナンくん。これ、安室さんのお仕事仲間さんにあげるんでしょう」

 コナンは目を丸くした。そして、ふっとふきだす。

「なんだ、もう調べがついてるんだ」
「お、ということは正解ね。やっぱりね」

 梓はふむふむ、とうなずく。

「安室さんのお仕事仲間さんて、どんな人なの? 歩美、前に会ったス、えっと、前会ったおじさんかなーって思ったんだけど、違うんでしょ。高木刑事も言ってたし」
「え、た、高木刑事??」

 コナンは目をぱちぱちと瞬かせて、「どんな状況だそりゃ」とぼやく。

「……あーっと、うん、誤解が解けたならいいか」
「なあに、その第三の男は」

 梓が首を傾げる。

「あのね、とらのお菓子をくれた、平次お兄さんのお友だちなんだよ」
「ふうん。コナンくんの周りには甘味好きの男の人が多いのね。でも、ちょっとキャラが被ってない?」
「──粉、ふるい終わったよ」

 そう言われ、元太たちの方を見ると、元太が「腕が痛てー」と叫んで泡だて器を机に投げていた。あちらもちょうど終わったようだ。
 安室が笑う。

「でもきちんと混ざったよ。お疲れ様。お菓子作りは意外と体力がいるからね」
「そういうもんか……」
「安室さん、意外と筋肉すごいですよね」

 光彦が安室の腕をぺたぺたと触る。

「体力……」

 歩美はじいっと安室を見つめる。確かに、お菓子を作るのは重労働だ。やはり空手か何かを始めようかと、考えていると、光彦がこちらを向いた。

「お砂糖もお塩も、あと卵も、ちゃーんと混ぜましたよ! そっちはどうですか」
「こっちも終わったとこだ」
「じゃあ、粉と混ぜようか。ゴムべらで、さっくりね」
「歩美やる!」

 お砂糖とバターと卵が混ざった黄色いクリーム状の生地に、粉が加えられる。

「粉っぽいところがなくなるまで根気よくね」
「わかった!」
「疲れたら交代交代でやりましょう」
「そうだな」
「オレはパスだぞ……」
「元太くん頑張りましたもんね」
「じゃあ歩美ちゃん、光彦くん、コナンくん、私の順で」

 梓が言うと、安室が口をはさむ。

「梓さんも参加するんですか?」
「最初っから参加してるじゃないですか!」
「先程はなにやら内緒話で盛り上がっていたようなので……」

 横目で見られ、梓は「ぎく」と肩をすくめた。

「や、やだな、サボってたわけじゃありませんよ。我が陣営に必要な情報収集をですね」
「なるほど。それで、有益な情報は入手できたんですか?」
「バッチリ、ピンチですよ安室さん。第三の男です!」
「は……? 第三の男……?」

 さっくり、さっくり、と唱えながら混ぜていたが、粉が半分ほど混ざったところで腕が痛くなる。
 変わりますよ、と言う光彦の言葉に甘えてゴムべらを渡した。
 さくさく、光彦が生地を混ぜていく。

「これって一体、何枚くらいのクッキーが出来るんですか?」
「大きさにもよるけど、五、六十枚くらいじゃないかな」
「ってことは、一人何枚だ? 二十枚くらいか?」
「どういう計算だよ。六人いるんだから、十枚ってとこだな」
「そんなもんか……」
「僕は省いてくれていいから、もう少し持って帰れるんじゃないかな」

 光彦がしっかり混ぜ切ったので、コナンの番になる前に、チョコチップを入れる。

「あとはざっくりね。全体的に混ざれば大丈夫だよ」
「ざっくり……?」

 ゴムべらを持って首を傾げるコナンに、アドバイスする。

「美味しくなあれって、思いながら混ぜるといいよ」

 コナンは首を傾げた。

「そういうもんか?」
「そういうものだよ。歩美たちはいつも、コナンくんたちが美味しいって言ってくれるといいなって、気持ち込めてるもん」
「そうなんですか? じゃあボクもさっきそうすれば良かったです」
「オレも。早く混ざれーってしか思ってなかった」
「じゃあ、みんなで一回ずつ、美味しくなれーって言いながら混ぜればいいんじゃない」

 梓が提案する。

「そうしましょうか。じゃあ、コナンくんから」
「えっ」

 コナンは頬を引きつらせたが、全員に見つめられて、しぶしぶ手を動かした。

「えーっと、美味しくなれー……」
「もうちょっと気持ちを込めましょうよ。コナンくん、食べて欲しい人がいるんですよね? その人のことを思い出しながら!」

 コナンは顔をしかめて、諦めたように小さくため息をつくと、再度ざっくりと混ぜながら、自棄気味に言った。

「美味しくなりますように!」
「なかなかいい感じですよ」
「どーも! ホラ、光彦交代」
「はいはい」

 美味しくなーれ、と光彦と元太、続いて梓が生地を混ぜる。歩美も混ぜてみたくなって、混ぜさせてもらった。
 だいたい、全体に混ざった気がする。

「うん、いい感じじゃないかな」

 一歩引いた場所でにこやかに見守っていた安室がうなずく。
 その時ふと、思い出した。
 以前ここで、梓とクッキーの話をした時のこと。その時話した、安室のことを。

「──じゃあ、最後に安室さんも!」

 歩美がゴムべらを渡すと、安室が、戸惑ったように歩美を見つめ返す。

「僕も……?」
「そうだよ。──安室さんだって、いつも、美味しく食べて欲しいなって思いながら作ってるでしょ? お手本見せて」

 ほら、と手渡すと、安室は受け取ったゴムべらを戸惑った様子でまじまじと見つめた。

「そうだね。ほら、安室さんもいつものように!」

 梓が背中を押す。
 安室は勢いに押されて、生地にへらを入れた。

「……えっと、では」
「「美味しくなーれ!」」

 安室が混ぜるのに合わせて、全員で合唱する。
 安室は少し照れたように笑って、「生地は出来上がり」と言った。



 大騒ぎしながら、オーブン用シートをしいた天板にクッキー生地を乗せる。
 元太が大きなクッキーを作りたがってごねた以外には特に問題もなく、準備は整った。

「オーブンは大人に任せてね」

 はあいと返事をして、オーブンに入るクッキーを見守る。

「──これで二十分」

 オーブンが閉まった瞬間、元太がふへーと声をあげてテーブルに突っ伏した。

「思ったより大変だな、これ……」
「いつものクッキーも感謝して食べないとですね」
「だな」

 男子がそんなことを言いながら、歩美に感心したような目を向ける。
 梓がジュースを出してくれながら言う。

「そーだよー? もっと感謝しないと」
「でも、美味しいねって言ってくれるから、また作ろうって思うよ! ね、安室さん」
「そうだね」

 二人、笑みを交わすと、梓がそそっと歩美の隣に座った。

「──歩美ちゃん、安室さんに塩を送ってたけど、どういう心境?」
「お塩?」
「あ、ええっと、ライバルを応援する時に、『敵に塩を送る』って、言うんだよ。安室さんを応援してたけど、いいのかなって」

 梓が言うのは、さっき歩美がコナンの前で、安室も美味しく食べて欲しいと思いながら作っているだろう、と言ったことだろう。
 歩美は口をへの字にする。

「だって……今日、たくさんコツを教えてもらったし、ライバルに借りっぱなしは嫌だし……。──それにね、コナンくん、歩美たちが喜んでるの見て、作りたくなったんだよって、言ってくれたから。それ聞いて嬉しかったし、だから、安室さんだってきっと、コナンくんが美味しそうに食べてたら嬉しいし、嬉しいの、コナンくんも知ってたら、コナンくんだって嬉しいんじゃないかなって……だから……うーんと、よくわかんなくなってきちゃったけど、とにかく、そんな感じなの」

 整理しないままにしゃべった歩美の言葉を、梓は最後まで黙って聞いてくれて、ひとつうなずくと、まとめてくれた。

「そっか。好きな人が嬉しいのは、嬉しいもんね」
「そう! そうなんだよ」
「──歩美ちゃん、いい女ね」
「そ、そうかな」
「そうだよ」

 梓はにっこり笑って、頷いた。

「──しかし歩美ちゃん、油断も隙もない安室さんは、歩美ちゃんの援護射撃のお礼もせずに、コナンくんにアタックしているけれども」
「えっ」

 言われて振り返ると、安室はコナンの隣に座って、にこにこ話しかけていた。

「クッキー、蘭さんと先生と、あとは誰にあげるんだい。お世話になった、甘いもの好きな人なんだってね?」
「誰だっていいでしょ」
「写真も撮ってたけど、何に使うのかな」
「チッ……目ざといな」
「うん?」
「もー、クッキーの調理工程しか撮ってないから安心してよ!」
「こうやって作りました、って報告するのかい? まったく……コナンくんはあいつになんでもかんでも報告するな」
「安室さんだって、見てるんでしょ」
「そうだね、特になんの仕込みもない、君たちのほのぼのとした交流をね」
「そうしょっちゅう何か仕込んだりしないでしょ、普通。あれ結構面倒なんだよ」

 歩美はじーっと二人を観察する。
 梓は以前、「お仕事仲間さんとコナンくんが仲良くすると、安室さんがコナンくんをいじめる」と言っていたが、これがそうだろうか。

「あれはどうかしら、歩美ちゃん。いじめてるかな」
「びみょー……かなぁ……」

 コナンは面倒臭そうだが、嫌がっているわけではなさそうだ。
 どこか面白くなさそうな様子の安室がまた口をひらきかけた時、ピー、とタイマーが鳴る。
 喫茶店の大きなオーブンで一気に焼いたクッキーが、出てくる。
 タイマーの音を聞いてオーブンに駆け寄った元太が歓声をあげた。

「すっげー!」
「まだ熱いから触らないでね」

 冷ますからと、安室は網のようなものにクッキーを乗せる。聞けばケーキクーラーというらしい。
 復唱する歩美に、お家だったら、天ぷらあげる時に使うのがあるかもよ、と教えてくれた。見たことがある気がする。
 冷ましている間に、ラッピングの準備だ。

「家に持っていく分と、あと、灰原さんと博士に持っていく分が要ります」
「灰原と博士に持っていく分は、みんなの分から少しずつ出そうぜ」
「そうしましょう。博士はあんまり食べ過ぎちゃいけませんから……」
「みんなで一枚ずつでいいんじゃない。あとは、一課の刑事さんたちの分!」

 そちらも全員で一枚ずつ出すことにして、残りは、みんな家の分だ。コナンだけ、余分に袋を取り出した。

「結局、コナンくんのお世話になった人って、安室さんのお仕事仲間の人で正解なんですね?」

 光彦が、歩美からもらったメッセージシールに家族の名前を書きながら聞く。

「おー、まあな」

 安室に視線をやると、安室は歩美の視線に気づいて肩をすくめた。

「安室の兄ちゃんと違ってたまにしか会えねーんだろ? いつ世話になったんだよ」
「忙しい人だからな。……春先だよ」
「へえ。危険なお仕事をしてるんですよね?」

 コナンは梓に呆れたような視線を向けた後、まあな、と肯定した。

「──危険だけど、大事な仕事してんだ。……ちょっと、迷惑もかけちまったし。だからまあ、いつもお疲れ様ってやつだよ」

 コナンはぶっきらぼうに言った後、ごまかすように歩美に「シールもう一枚ないか?」と聞いてきた。

「失敗しちゃったの? いっぱいあるよ!」
「サンキュ」

 そうこうしているうちにクッキーは冷めて、それをワイワイ言いながら袋に詰める。
 哀や昴とクッキーを作るのも楽しいが、今日のように探偵団みんなで作るのも、楽しい。
 哀も参加出来れば良かったのにな、と思いながら、阿笠の家に持っていく袋にリボンをつけた。

 そろそろ、ポアロの午後の開店時間も近い。
 クッキーが冷めてからは、安室も梓も開店準備にかかっている。お客さんの少ないタイミングとはいえ、休憩時間をつぶして付き合ってくれた二人に、お礼を言う。

「みんなはこれから博士のところ?」
「はい。みんなでクッキー食べるんです」

 哀と博士とも一緒に食べたいから、味見は我慢したのだ。元太がソワソワしている。

「美味しく出来てるよ、きっと」

 ポアロの出口まで、安室が四人を見送ってくれる。
 そこでコナンが、持っていた紙袋を「はい」と安室に渡した。

「……なに?」

 安室が顔をしかめる。コナンはしれっと言った。

「なにって、安室さんが監督して作った、安心安全なクッキーだよ。それ、渡しておいてくれない?」
「……僕を配達に使うつもりか」
「だって、それが一番安心だし、安室さんにしか、渡せないでしょ」

 眉間のしわが深くなる。

「今更何を。君たちがよく密会してるのは知って──」

 言いかけて、袋の中を見た安室が目を丸くした。
 袋からのぞくのは、さっき歩美たちがラッピングしたクッキー。──二つある。
 コナンがニヤッと笑った。

「──ちゃんと、ゼロの兄ちゃんにも、届けてね。そのクッキーなら、食べてくれるでしょ」

 その言葉に、安室はなんとも微妙な表情で、コナンを見つめた。驚いているような、怒っているような──でも少し嬉しそうにも見える、とても複雑な顔だった。
 コナンはそれを見て笑うと、「行こうぜ」と歩美たちをうながした。
 「第四の男ですか?」という梓の声を背に、阿笠の家に向かって駆け出す。

「コナンくん、お世話になった人、二人いたんですか? お仕事仲間さんと、お仲間さんのお仲間さんですか?」
「そんな感じ。──どっちも、いつも頑張ってるからさ」
「へー」

 納得したようなしていないような光彦たちから離れ、歩美に近づくと、コナンは小声でささやいた。

「今日はありがとな。歩美ちゃんのおかげで、もう一人にも渡せたから」
「歩美のおかげ?」
「そ。安室さんが材料準備して、安室さんと一緒に作ったものじゃねーと、食べられない人がいるんだよ。だから最初は渡せないなと思ってたんだけど、歩美ちゃんがお菓子教室設定してくれたから」
「?? その人、そんなに安室さんのお菓子が好きなの? ──あれ? でも、お仕事仲間さんも、安室さんのお菓子が大好きって、梓お姉さん言ってたような」

 お仲間さんのお仲間さんも、そうなのだろうか。
 お仲間さんがいっぱいで頭が混乱する。キャラがかぶってる、と梓なら言いそうだ。
 その時コナンが思い出したようにふきだした。

「どうしたの?」
「や、安室さんてたまに反応が可愛いなーと思って」
「えっ」

 歩美は思わず足を止めた。
 いまコナンは、安室のことを可愛いと言ったか。
 安室が意外と可愛いことは、梓も歩美も知っているけれど──まさか、コナンが気づいてしまうなんて。
 ピンチだ。お塩を送っている場合ではなかったかもしれない。
 数メートル先で、コナンが足を止めた歩美を不思議そうに振り返る。

「歩美ちゃん?」
「──な、なんでもないよ!」

 歩美は慌てて、走り出す。
 阿笠のところに行ったら、哀に今日のことを話して、覚えたコツのことも話して、そして、なんとしてでもバレンタイン当日には美味しいチョコレートを作って渡さなければならない。
 歩美のライバルはやっぱり、油断のならない大敵なのだ。
 「大丈夫か?」と差し出されたコナンの手を取って、歩美は負けないぞ、と気合を入れた。