江戸川コナンの洋服事情




 ポアロの扉が開く。振り返り、コナンを見とめて微笑んだ後、安室は珍しい連れに少々意外な気持ちになりながら、「いらっしゃいませ」と声をかけた。

「こんにちは! 今日も素敵ですね!」

 安室を見てにこやかにそう言ったのは、鈴木園子。毛利蘭の親友の女子高生である。

「ありがとうございます。──今日は、二人で? 珍しい組み合わせですね」
「丁度用事があったんで。あ、安室さんにも。先日はお土産ありがとうございました」

 園子はぺこりと頭を下げる。

「え? ……ああ!」

 一拍置いて思い出す。お土産というのは、動物園のお土産の、ぬいぐるみのことだ。

「いえいえ、あれを買ったのはコナンくんですよ」
「でも、忘れて帰るところだったって、ちゃーんと私聞いたんですから。ね、ガキンチョ」

 園子に小突かれて、コナンは顔をしかめつつうなずく。

「だって、色々あったんだよ……」
「まったく。──あ、これお礼に。ポアロの皆さんでどうぞ」

 園子は菓子折りを取り出す。期間限定で日本に出店している、海外の有名店の焼菓子だ。「これ手に入ったんですか?すごい」と梓が感心している。園子は大したことではない、という風に手を振って、安室に差し出した。

「すっごく美味しかったので、是非皆さんで! あ、勿論安室さんのケーキの方が美味しいですけどね!」

 安室は苦笑した。こう渡されると、強く断るのも無粋な気がしてくる。素直に礼を言って受け取ることにした。

「じゃあ、私とコナンくんは、コーヒーと」
「オレンジジュース」
「で、お願いします」

 そう言って、園子はコナンを連れて奥の席に向かった。話し声が聞こえてくる。

「──それでボクに用ってなに?」
「そうそう! コーヒー来る前に、あんたこれ着てみなさいよ」

 園子が、持っていたショッパーから何か取り出した。

「はあ? え。まじで何これ」
「ガキンチョ用のスーツよ。ほらほら上脱いで、着てみて」

 園子は無理矢理コナンの上着を脱がせると、子ども用のジャケットを羽織らせて、左右からじろじろと眺める。

「ん、サイズはピッタリね。違和感はない?」
「ないけど……なにこれ園子姉ちゃん」
「お土産のお礼よ。うちで扱ってる子供服のブランドの新作なの。あんた、蘭と一緒にうちのパーティー来ることもあるでしょ? そういう時用にね」
「スーツならもうあるし。だいたい、お土産のお金はもらってたじゃん! お土産って言うかお遣いだったじゃん」
「じゃあお駄賃。いいから黙って受け取りなさい!」
「ええー……」
「いーい? これはね、私のためでもあるのよ。私が呼んだお客様がちんちくりんじゃ、困るでしょ!」

 園子は言いながら、ぐるぐるとコナンの体を回す。

「うん、いいわね。真っ黒もカッコイイかなってちょっと思ったんだけど、ガキンチョくらいの年だとこのくらいの方がいいわ。生地にちょっと青が入ってるのよ」
「……すっげー高そうなんだけど」
「園子様が持って来るものが安物なわけないでしょー? んふふ。一式ここに入ってるから、今度はこれ着てきなさいね」
「はあい。……どうもありがとう園子姉ちゃん」
「どういたしまして」

 安室は、話が一段落した二人のところにコーヒーとジュースを運ぶ。

「楽しそうですね」

 コナンはばつ悪げに口をとがらせた。園子は気にせず、元気に答える。

「楽しいですよ! おじ様から控えろって言われてなかったら、もうちょっと色々遊べるんですけど」
「なるほど……先生が仰っていた、コナンくんに貢いでいる『他の知り合い』って、園子さんのことでしたか」
「ええー? こんなガキンチョに貢いでないですよ。余り物をあげてるだけです」

 顔をしかめた園子に、コナンが何か思いついたように身を乗り出す。

「そうだ、園子姉ちゃん、お礼っていうなら、安室さんにもスーツあげたら?」
「「は?」」

 園子と声が重なる。

「スーツだよ、スーツ。安室さんだっておじさんの弟子なんだし、パーティー来るかもだよ」

 行かないよ、と言う前に園子がコナンの額を指で弾く。

「お馬鹿。あのね、私だってそりゃあ、安室さんのスーツは見たいけど。……すっごく見たいけど」
「でしょ?」
「でも! あんたとはワケが違うでしょ」
「……大人のスーツは高いってこと?」
「あんたのスーツもお高いわよ! そうじゃなくって、私が安室さんにスーツなんてあげたら……真さんが妬いちゃうじゃない!」

 園子はそう言って、頬を押さえた。

「って、なに言わせるのよ、もう!」
「……勝手に言ったんじゃん」

 コナンが呆れ顔になる。安室は苦笑して口を開いた。

「それはそうですよね。恋人がいる女性から服をもらうなんて出来ません」
「ねえ。あ、でもスーツはすっごく見たいので、仕立てる時はお店紹介しますよ!」
「ありがとうございます」

 コナンはむうっと不満げな顔をする。
 先日も拘っていたが、よっぽどスーツが見たいらしい。安室はため息をついた。
 園子はコーヒーを飲むと、何か用事があったらしく、先に出るね、とコナンを置いて帰って行った。
 相変わらずアクティブな女性だ。
 コナンはもらったショッパーをごそごそ漁りながら、「おじさんになんて言えばいんだよ」とぶつぶつ言っている。
 他に客もいないので、安室はコナンの隣に座って、まじまじとその姿を見つめた。
 今日着ているのは、確か「親戚のおばさん」に買ってもらったという上着と、他は何度か見たことのある、多分蘭に買ってもらった服。ランドセルからのぞいている手編みの手袋は、ポアロの常連のおばあさんが「ぼうやに」とくれたもののはずだ。そして、手の中にあるのは園子が買った服、と。──小五郎が「貢がれている」と言うのも無理はない。
 コナンは、「やっぱりタグ切ってある」と不満げに服を確認し終えて、安室を見上げた。

「なに?」
「ううん。コナンくんは衣装持ちだなと思って」
「……そんなことないけど」
「でも、僕と買った服を着てるの、動物園以外では見たことがないんだけどな。いつ順番が回って来るんだろうね」

 思わず意地悪を言ってしまう。コナンは目を丸くしたあとで、不満げな顔をした。

「──それは、いつケーキ屋さん行けるかによるんじゃない」
「え?」

 きょとんとすると、コナンは少し顔を赤くして、早口に言った。

「とっておきは、普段使いしないんだよ、ボク。前に言ったでしょ」

 安室は目を丸くした。コナンはジュースを飲み干して立ち上がった。

「じゃあね!」

 そう言って、そのまま店を出て行ってしまう。
 ──「とっておき」は、「普段使い」しない。
 それは、つまり。安室と買った服は特別で、特別な日でないと着ないということだ。そしてその時別な日は、安室と出かける時だと。
 安室は思わずその場で頭を抱えた。

「……ああもう、あの子は本当に」

 全く本当に、敵う気がしない。
 下らない嫉妬があっという間にどこかに行ってしまった。
 とりあえず、早急に次の休みを確保しようと、安室はテーブルの上に残されたグラスを取って、立ち上がった。