これからもどうぞよろしく





「お風呂あがったよー」

 のんびりした声と軽い足音とともに、パジャマ姿のコナンが居間に入って来た。
 優作が時計を見上げ、つられて赤井も時計に目を向ける。
 時刻は午後八時。
 自分たちが入浴するには、まだ少し早い時間だ。

「じゃあ、ボクもう寝るね。おやすみなさい」

 読みたい本でもあるのか、そのまま寝室に向かおうとしたコナンに、有希子が声をかけた。

「ちょっと待って、コナンちゃん。ここに来てお座りなさい」
「え。……なに?」

 コナンは警戒するように有希子を見上げる。

「いいから!」

 重ねて言われて、更にソファを手で叩いて示され、コナンはしぶしぶ有希子の隣に腰かけた。
 さて何だろうと、赤井もさりげなく、読んでいた本を閉じた。




 今日工藤邸には、工藤夫妻が揃っている。
 最近は有希子が一人で帰って来ることが多かったが、今回は二人揃っての帰国だ。優作の仕事が一段落して、しばらくはこちらにいられるらしい。コナンも、数日こちらに泊まることになっていた。
 正直、自分がここに居てもいいのかと、戸惑うシチュエーションなのだが、赤井は気軽に外をうろつくことが出来る立場でもないし、ここでやることもある。工藤夫妻も「気にしないで居てくれていい」と言ってくれたので、申し訳なさは感じつつも、ありがたくいつも通りにさせてもらっていた。

 有希子はじいっとコナンを見つめると、不意に両手でコナンの頬をはさんだ。

「なに、」
「コナンちゃん。気になっていたけど……あなたやっぱり、お手入れサボってるでしょ!」

 有希子ににらまれて、コナンはう、と口ごもった。
 お手入れ。
 それは、攻撃力をあげるためにと、朝晩クリームを塗って保湿しているあれのことだろうか。
 コナンの反応を見て、有希子はやっぱり、と顔をしかめた。

「ごまかそうとしたって、ちゃんとわかるんだから。一週間……いいえ、半月はサボってるわね!? 攻撃力半減よ!」
「だって……クリームなくなっちゃったから」

 コナンはもごもごと言い訳する。

「ちゃんと、朝と夜と、あと夕方遊びに行く前とかも塗ってたから」
「無くなったら言えばいいじゃない! もう、お手入れは一日サボると取り戻すのに同じだけ時間がかかるのよ。若いからって気を抜いちゃ駄目。──でも、丁度いいわ。新しいの持ってきたから、それを使いなさい」

 有希子は一度ぎゅむっとコナンの頬をつまんでからパッと手を離し、うきうきと居間の隅に置いていた荷物の中から、こじゃれたパッケージの平たいケースを取り出した。ジョディが前に同じ店のショッパーを持っていたのを見た気がする。多分有名なブランドなのだろう。

「ほら、これ。これねー、とってもいい匂いがするのよ。……どう?」
「……ハチミツ?」
「そう! この前のはベビーパウダーみたいだって文句言ってたから、頑張ってもっと美味しそうな、食べちゃいたくなるような匂いがするのを探してきたのよ」

 食べちゃいたくなる匂い。
 その言葉に赤井は眉をひそめ、いつものように「有希子さん」と突っ込みかけ、口を閉じた。
 ちらりと優作に目をやると、優作は興味深げに二人を眺めている。
 コナンはふんふんと警戒するように有希子が手にしたクリームの匂いを嗅いだ。

「……お菓子みたいな匂い」
「でも嫌な匂いじゃないでしょ?」
「まあ……」
「つけてみましょ。お顔出して目をつむって」
「うん」

 そこでコナンは、ハッとしたように優作に目を向けた。優作と視線が合って、コナンは顔をしかめて有希子に手を伸ばす。

「……いや、自分でやるよ」
「ええー? 私がちゃーんと、隅から隅まで塗ってあげるわよ?」
「自分で出来るってば」

 ──なるほど、恥ずかしいのだ。
 いつもと違って、今日は優作がいる。優作の前では、コナンは格好をつけたがるのだ。男心というやつである。
 自分でやる、駄目よ、ともめている二人を見ていると、優作が新聞を閉じて口を開いた。

「──では、私がやってあげよう」
「「え」」

 二人が目を丸くして振り返る。優作はにっこりと微笑んだ。

「有希子がたまに塗ってあげていたんだろう? 話を聞いて、やってみたいと思っていたんだ」
「げっ」

 コナンが顔をしかめる。

「絶っ対に」

 やだ、と続くはずだったのだろうが、それを遮るように、有希子がポンと手を打つ。

「いいわね! じゃあお願い」

 そう言って優作にクリームを渡してしまう。

「ちょっと!」

 コナンは声を上げ、助けを求めるように赤井に視線を向けた。そこで優作が言う。

「聞くに、赤井君もたまに塗ってあげているそうじゃないか。……私だけ駄目な理由が、何かあるかな?」
(すまん、ボウヤ)

 赤井は今すぐホールドアップしたい気持ちで目をそらした。赤井秀一は居候で、工藤優作は家主なのである。コナンが命の恩人でも、この序列ばかりはどうにもならない。
 コナンは恨めし気に赤井を見たが、諦めた様子で、しぶしぶ優作に近づいた。一人掛けのソファに座っている優作は、コナンを抱き上げて膝に乗せ、顔をほころばせた。

「やあ、コナンくんくらいの子どもを抱っこするのは久しぶりだな」
「そういえば、そんな機会ないものね。……新ちゃん以来?」
「そうだな……でも新一は気軽に抱っこさせてくれなかったからね。コナンくんくらいの年にはもう、呼んでも舌を出して逃げていただろう」
「そうねー、本当は抱っこして欲しいのに意地張って。新ちゃんは、幼稚園入った頃にはもう、反抗期だったものね。懐かない猫ちゃんみたいだったわよね、あの頃の新ちゃん」
「ハハ、確かにね」

 クリームを手に取ってコナンの頬の上でのばしながら、優作はうなずく。コナンはまるで苦行に耐えるような顔をしている。
 有希子は二人を見ながら大げさにため息をついた。

「新ちゃんったら、ぜーんぜん可愛いお洋服着てくれなかったし、コナンちゃんみたいにお手入れもさせてくれなかったし。ホームズホームズって、推理ごっこに夢中になって、あっちこっちに首を突っ込んで……ほんとにもう、ヒヤヒヤしっぱなしだったわ」
「こうと決めたら一直線な子だからな。でも、可愛くないなんてことはなかっただろう?」
「そうね! 何せ私たちの子どもですもの。あ、ねえ優作、おぼえてる? あれはいつのクリスマスだったかしら。ホームズの全集をプレゼントしたら、新ちゃん、『サンタさんにお礼のお手紙を書くんだ』って、大喜びしたことがあったでしょ」
「あったあった。『この全集には自分も目をつけていたんだ、色々ある中からこれを選ぶなんて、サンタさんもきっとホームズが好きに違いない』って、それはもう興奮していたな」
「そうそう! あの時の新ちゃん可愛かったわね……どこに行くにも本を持って」
「あれ程大事にしてもらったら、サンタも本望だろう」
「そうね、幸せね」

 優作の膝の上で、コナンはこれ以上ないくらいに真っ赤になっている。ぱくぱくと口を開いては閉じているのは、文句が言いたいが、ここには赤井もいるし、何をどこまで抗議すれば良いのか──というところか。
 さすがに気の毒なので助け舟を出したい所だが、この夫婦相手では下手な助け舟では泥舟になりかねない。
 有希子は口をとがらせて言う。

「新ちゃんは、あれでもう少し、日頃から可愛げがあればね……」
「いや、いま思えばそれくらいで丁度良かったのかもしれない」

 優作の言葉に、有希子は大きな目を瞬かせた。

「どういうこと?」

 優作は微笑んで続ける。

「あの子は、君のいい所を引き継いで、昔からそれは可愛らしかったが、あの性格だったからね。下手に愛想を振りまくこともなかったから、妙な人間に目をつけられることもなかっただろう?」
「……まあ、そうね」

 そこで優作はにっこりと、コナンに微笑みかけた。

「そういう意味では安心だったなと、コナンくんを見ていると思うんだよ」

 コナンは頬を引きつらせる。
 ゆっくりと頬に塗ったクリームをのばしながら、優作は言い聞かせるように続けた。

「可愛い子が可愛らしい格好や言動をすることに文句を言うつもりはないし、子どもなりの処世術だというのもわからないではないが……折角の私の眼鏡も、最近お守りとしては弱い気がして、どうも心配でね」

 そうだろうなと、赤井は内心、優作に激しく同意する。もっと言って欲しい。
 そこで、押し黙るコナンの代わりに、有希子が不満げな声をあげた。

「もう、優作はちょっと過保護じゃない?」
「少しくらい過保護な方が良かったかもしれないな、と反省しているんだよ。新一に色々あったからね」

 その言葉に、有希子は口を閉じ、眉を寄せた。

「…………それもそうね」
「──あーっ!」

 そこでコナンが我慢出来なくなった様子で声を上げ、びっくりして手を離した優作の膝から飛び降りた。

「もう、優作おじさん、手がガサガサしてて痛いからやだ! ……ボク赤井さんに塗ってもらう!」
「!?」

 いきなり巻き込まれて、傍観していた赤井はコーヒーをふきかけた。
 コナンはクリームを持って赤井のところへ逃げてくる。
 夫妻の視線が集中し、思わずコナンに抗議の目を向けたが、先ほどのお返しのように流された。コナンは、上目遣いで、圧力をかけるように、にっこりと赤井に微笑む。

「いいでしょ? 赤井さん上手なんだもん。ボク、赤井さんがいいなぁ」

 ──これは、見ていながら一切助け舟を出さなかったことを怒っているご様子だ。
 赤井は優作の視線を感じながら、「……俺で良ければ」とクリームの入ったケースを受け取った。
 他にどうしようもない。優作は家主だが、コナンは命の恩人なので、無下には出来ないのである。赤井の立場は複雑なのだ。
 コナンは満足げに笑い、赤井の隣に座ると、手を差し出した。赤井は黙って差し出された小さな手を取る。
 優作が肩をすくめた。

「残念、ふられてしまった」
「相手が秀ちゃんじゃ仕方ないわ。それより、ねえ、ちょっと手を見せて」
「うん? 私の手がどうかしたかい」

 有希子は優作の手を取ると、顔をしかめた。

「やだ、ほんとに荒れてる! これじゃコナンちゃんが嫌がって当然よ」
「そうか……すまない。紙の資料を触ることが多いからな」

 秀ちゃんクリーム分けて、と声をかけられて、ケースを手渡す。有希子はありがとう、と受け取ると、優作の手にクリームを塗り始めた。

「ちゃんとお手入れしないと、二度とコナンちゃんに触らせてもらえないわよ」
「それは困る。気をつけよう」
「……ふふ。優作の手はコナンちゃんと違って大きいから塗りがいがあるわ」

 一瞬でその場の空気が甘くなった。
 ──居心地が悪い。
 赤井は黙って目の前の小さな手に集中する。気まずいのはコナンも同様なのか、顔をしかめて二人を振り返った。

「子どもの前でイチャつかないでよ!」
「あら、仲が良いのは良いことじゃない。ね!」
「そうだな」

 コナンはげんなりした顔をする。思わず吹き出すと、にらまれてしまった。

「──すまん、ボウヤ。そう怒らないでくれ」

 真剣に謝ると、コナンは「……いいよもう」とため息をついた。彼も、あの二人に割って入るのがどれほど難しいかは、よくわかっているのだろう。
 同情と謝意を込めて、丁寧にクリームを塗りこむ。
 小さな手は、両手の表裏まんべんなく塗っても、面積など高が知れている。早々に終了して、手を離した。

「完了だ。──いかがでしょうか?」

 おどけてたずねると、コナンは両手を目の前に掲げた。

「うん。ちゃんと塗れてると思うけど……」

 そしてそのまま、手を赤井の顔に近づける。

「いい匂い、する?」

 赤井は手を取って鼻に近づけ、匂いを嗅いで、笑って答えた。

「ああ。この前有希子さんが作ってくれたパンケーキと同じ匂いがする」
「ほんと? そんな匂い? おかしくないかな……」
「嫌な臭いではないさ。……ただ外を歩くと余計な虫が寄ってくるかもしれんな。夜寝る前だけにしておけ。ボウヤならお手入れもそれだけで十分だろう」
「え? 虫って、ハチとか? ……それは嫌だな」

 コナンはくんくんと自分の手の匂いを嗅いで顔をしかめる。
 ズレた答えに苦笑していると、コナンが、じゃあはい、と手を出してきた。意図が読めずに首を傾げると、「お礼にボクも塗ってあげる」と言う。

「いや、俺は大丈夫だ」
「でもほら、ボクも優作おじさんも有希子お、姉さんも同じのつけてるんだから、赤井さんだけ仲間外れはおかしいでしょ?」

 おかしくはないだろう、と言いかけたが、横で有希子が「それはダメね」とうなずく。

「仲間外れは寂しいもの。ねえ?」
「そうだな。……仲間外れと言えば、私もコナンくんの着せ替え会に参加したかったんだが」
「あー、それはもういいでしょ! いまはハンドクリームの話!」

 ほら手を出して、と言われて反射で手を出す。
 小さな手が、丁寧に赤井の手にクリームを塗りこんでいく。
 ──くすぐったくて落ち着かない。
 顔を上げると工藤夫妻と目が合って、にっこりと微笑まれた。なんだか急に恥ずかしくなる。
 コナンはせっせと作業しながら、感心したように言った。

「赤井さん、手きれいだね」
「そうか……?」
「優作おじさんとは大違いだよ」

 優作はそれを聞いて肩をすくめる。有希子がクスクスと笑った。

「何かケアしてるの?」
「いや……まあ商売道具を扱うのに違和感がない程度には気を遣っているが……爪の手入れくらいだ」
「おお……なるほど」
「そんな、大した話ではないんだがな」
「でも、手はきれいにしておくに越したことないわよ。食事をしていても何をしていても、意外と目につくところだし。そうだコナンちゃん、ちゃんと爪切ってる?」
「切ってるし、いまは赤井さんの手やってるの!」
「はいはい、邪魔してごめんなさい」

 コナンはようやく、赤井の右手を解放した。そして左に取りかかる。
 優作が自分の手を見ながらつぶやく。

「手、か……あまり気にしたことがなかったな」
「あら、でも私、最初にデートした時に、きれいで大きな手だなぁって感心したのを覚えているわよ」
「おや、それは知らなかった」
「言わなかったもの」
「……ほんとどっからでも惚気に持ってくな」

 コナンはボヤきながらクリームを塗りこむ。随分丁寧だ。いま赤井の手は、ここ数年で一番潤っているに違いない。
 今更、風呂はこれからなんだがな、と思い出してしまう。──風呂にはなるべく遅く入ることにしよう。
 コナンは左手にクリームを塗り終えると、満足げに赤井の手の匂いを嗅いだ。

「──うん。これでお揃いだ」

 ね、と笑みを向けられる。
 ──お揃い。
 くすぐったい言葉だ。自分の手からする甘い匂いは、有希子やコナンには似合っても、自分のような男には似合わないような気がする。でも、そんなことを思っているのは、自分だけなのだろう。
 コナンも有希子も、優作も。「お揃い」に当たり前に赤井を入れる。
 有希子はよく、赤井のことを息子の一人だと言うが、この一家は本当に、赤井を身内同然に扱ってくれる。

(家族、か)

 赤井は自分の家族を、仲の良い……というよりも、絆の強い家族だと思っているが、いまは複雑な事情でろくに連絡も取り合えない状態だ。だからこそ、だろうか。赤井家とは全く関係も雰囲気も異なる、仲が良く賑やかな工藤家との付き合いが、落ち着く。いまの赤井は、決して落ち着いて安心できるような状況にないのに。こうして心穏やかにいられるのも、身を寄せているのが工藤家だからだろう。

(彼には本当に助けられているな)

 匂いを確認した後、「でけー」とつぶやきながら赤井の手を揉んで遊んでいるコナンに苦笑すると、コナンは首を傾げた。

「なに?」
「いや……少し、自分の家を思い出してな」

 ぽろりとこぼすと、コナンは目を丸くした。
 しまった、と内心舌打ちする。この少年は、赤井の家のことをある程度知っている。反応しづらいことを口にしてしまったと後悔して口を開きかけた時、コナンが笑って言った。

「赤井さんち、兄弟仲良いもんね」

 その返しにホッとして答える。

「どうかな。悪くはないと思うが、他所を知らんからな」
「それは、ボクもわかんないや。一人っ子だし。でも、仲良く見えるんだから、仲良いってことで、いいんじゃない?」
「そうか。ボウヤがそう言うならそうなんだろう」

 赤井はうなずく。
 多分、少年の結論に、弟も、きっと妹も、反対はしないだろう。「当たり前だろ」と言うかもしれない。
 コナンは「そうだよ」とうなずいて、うつむくと、ツボでも押すように赤井の手のひらを小さな指で押した。

「……いいなぁ」
「え?」
「な、何でもない」

 コナンは慌てて首を振る。何でもない、という顔ではない。

「ボウヤ?」

 ずいっと顔を近づけると、コナンはう、と唸った。

「……いや、兄弟、いいなって、ちょっと思ったけど」

 そこでコナンはちらりと優作と有希子に目をやり、「でも」と続ける。

「考えてみれば、赤井さんはいま、ここんちの子でもあるでしょ?」
「ここの……?」
「そ。ね、そうでしょ、か、有希子お姉さん」
「そうね」

 有希子がのんびりと同意した。

「秀ちゃんは確かに赤井さんちの子だけど、昴ちゃんの生みの親はコナンちゃんと、私と優作でしょ? 私の息子でうちの子みたいなものだわ。昴ちゃんは秀ちゃんだから、秀ちゃんはうちの子でもあるってことね」
「確かにな」

 優作も笑いながらうなずく。

「でしょ?」

 コナンは笑って、赤井を見上げた。

「そういうことだから、ならいいかなって」
「──そうか」

 赤井は笑った。
 弟と妹がいる赤井からすれば、兄弟が欲しい、という感覚はよくわからない。でも、コナンが、赤井も「ここの子」なのだから兄弟はいなくてもいい、というなら、それはとても光栄なことだ。
 そうだ、と有希子が立ち上がる。

「ねえ、二人にお土産、いま渡しちゃいましょうか」
「ああ、そうだな」
「お土産?」

 居間を出て行った有希子の背中を目で追い、コナンが首を傾げる。優作が笑って言った。

「この前有希子に、君たち三人で出かけた時の写真を見せてもらったんだ。コナンくんの着せ替え会の後の」
「え。ああ! ……見たのかよ」

 コナンは声をあげ、少し恥ずかしそうに口をとがらせた。
 着せ替え会の後のお出かけ、というのは、赤井の選んだ、お揃いの服を着て出かけた時のことか。

「私も参加したかったなと思ってね」
「げ」
「それに、赤井君にはいつも有希子の暴走を止めてもらっているようだし、お礼をしなければと思っていたんだ」
「いえ、それは」

 止められているかと言えば、正直怪しいところだ。
 そこでコナンが不満げに口をはさむ。

「あのさ、確かに、遊んでない? って思うこともあるけど、か、有希子おばさんは有希子おばさんなりに、色々考えてアドバイスくれてるんだよ! ──さっきも何か言ってたけど、これはオレの処世術で、勝負なんだから、と、優作おじさんは口出し無用」

 きっぱりとそう言い切られ、優作はふむ、と口元に手を当てた。

「その辺は君のことも、無論、アドバイザーの有希子のことも信じているが……それでも、心配なのが親というものだ」

 はっきりとそう返され、コナンはむっと口を閉じ、しかし、小さくため息をつくと、「……わかった」と答えた。
 少しホッとする。これで、コナンと有希子の暴走がおさまる──とは思わないが、多少のブレーキにはなるかもしれない。
 やはり父親は偉大だ、と感心していると、コナンがぶつぶつとつぶやく。

「……やっぱ作戦会議するなら……も、す……さんもいないとこだな」

 途切れ途切れにしか聞こえなかったが、何か不穏なことを言っていないか。
 顔をしかめたところに、有希子が戻ってきた。

「はいこれ、二人にお土産!」
「──ありがとうございます」

 よくわからないまま、渡された包みを受け取る。ラッピングされたそれは軽くて柔らかい。隣であっさり包装を解き始めたコナンに倣って包みを開けると、マフラーが出てきた。落ち着いた赤い色だ。
 隣を見れば、コナンの手にも同じものがあった。有希子は笑って告げる。

「お揃いなのよ!」
「私も、二人にお揃いのものをと思ってね。それをつけて、買い物にでもつきあってくれると嬉しい」
「……羨ましいってそっちかよ」

 コナンがマフラーを巻きながら言う。優作は笑った。

「自分も揃いのを、というよりはプレゼントして身に着けたところを見てみたいという方がね」
「優作は私とお揃いのを買ったからいいのよ。ね?」
「ああ」
「あー、はいはい。──赤井さんもしてみたら?」

 コナンは赤井からマフラーを取り上げて、首に巻いた。
 ふわりと、首元に柔らかな感触。
 コナンは赤井を見上げて満足そうに笑った。

「ん。似合う似合う」
「……ボウヤもな」

 雑に巻かれた、同じ色のマフラーを直してやると、コナンは「良かった」と笑った。
 先日、沖矢昴の姿でお揃いの格好をしたことを思い出す。いまお揃いなのはマフラーひとつだが、いまの方がなんとなく嬉しい。最初から「揃いで」と与えられたものだからだろうか。
 これをつけて、いまのままの顔で外を歩ける日は、まだ先だろう。だからしばらくは、沖矢昴が使うことになるわけだが──それは少し妬ましいなと、思ってしまった。どちらも自分であることは変わらないのに。おかしなことだ。

「ありがとうございます。大事に使います」

 そう言うと、二人は笑った。

「さて、明日どこに行こうか」
「そうねぇ」

 その時、コナンがマフラーの下でふわ、とあくびをした。優作が時計を見る。

「もうこんな時間か。外出の相談はまた明日の朝にしようか」
「そうね」
「えー……まあ、うん」

 抗議しかけたが眠気には勝てなかったのか、コナンはマフラーを外しながらうなずく。

「秀ちゃんお風呂入って」
「いえ、俺は後で入りますので、お先にどうぞ。ボウヤを寝室まで送っていきますから」
「え、ボク」

 そんなのいいよ、と言いかけたコナンに片目をつぶって見せると、コナンは察したように肩をすくめて赤井の手を取った。仲良く寄り添って話をしている優作と有希子に声をかける。

「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
「良い夢を」
「では、失礼します」


 ──ぱたり、と居間の扉を閉じて。二人は顔を見合わせて苦笑した。
 コナンは赤井を見上げて少し眉を下げる。

「いつもありがとう、赤井さん。色々付き合ってくれて。あの二人と一緒だと、居心地悪い時も多いと思うけど、よろしくね」
「ん? ──いや、礼を言うのはこちらの方さ」

 答えると、コナンは不思議そうな顔をして首を傾げた。
 赤井は笑って、コナンを腕に抱きあげる。

「わ、ちょっと」
「さてボウヤ、明日は外出のようだから、早めに寝なくてはな」
「でもオレ、本読みたかったんだけど……優作おじさんがいるうちに話したいやつあって」
「それはまた明日以降にしろ。優作さんはまだ帰らないし、万が一間に合わなかったら俺で我慢してくれ。まだしばらく、ここに厄介になるからな」
「ほんと? 赤井さん付き合ってくれるの?」

 忙しいのにいいのかな、という顔をしているコナンに、肩をすくめて見せる。

「俺とボウヤの仲で、今更遠慮をすることもないだろう?」

 命の恩人で、共犯者で──同じ、「ここの家の子」なのだ。
 コナンは目を瞬かせた後で、「それもそっか」と笑ってうなずいた。

「さて、寝るぞ」
「はぁーい……でも、寝る前に一章だけ。一章だけならいいでしょ?」
「……駄目だ。有希子さんから聞いてるぞ。そう言って夜更かしして、最後まで読む気だろう。明日辛いのはボウヤだぞ」
「ちぇー……」

 コナンは口をとがらせ、ふと、何か思いついたように顔を上げた。
 どうしたのかと眉を寄せると、コナンはことりと、甘えるように小さな頭を赤井の肩に預けた。

「なら、一緒に読もう? それで、一章だけで止められるか、見張ってよ。──ダメ? 『お兄ちゃん』」

 赤井は思わず目を閉じた。
 明らかに、意図的な、猫かぶりだ。
 しかし、ちょっと楽しげな目をしていたあたり、この子はこれを軽いイタズラ程度に考えているのだろう。
 ──何もわかっていない。
 人は選んでいるだろうと思うし、そう信じたいところではあるが、やはり、野放しにするのは危険過ぎるのではないか。
 めまいと、ついでに頭痛がして、赤井は眉間を押さえた。
 赤井の気など知らないコナンは「ねぇねぇ」と無邪気に肩をゆする。

「一章だけ。ね、お願い!」
「────ボウヤ」
「え」

 赤井の低い声に、コナンは身を引き、一瞬間を置いて、危険を感じた猫の子よろしく慌てて腕からすり抜けようとした。いい反射神経だが、赤井の方が早い。
 「おっと」と掴んで引き留めると、赤井は、コナンとしっかり目を合わせて、口を開いた。

「──ボウヤとは一度、『危機管理』についてしっかり話し合う必要があるようだな」
「へ? ……はあ? なんでいきなり赤井さんまで、と…優作おじさんみたいなこと言い出すんだよ!」
「なんででもだ。ずっと言わねばならんと思っていたからいい機会だ。危機管理の意識は、子どもの頃から身につけておくべき──うちの教育方針だ」
「はあ!? いや、ちょっと待ってよ。赤井さんがうちの子になったんであって、オレは赤井さんちの子になったわけじゃないでしょ。関係ないってば」
「そう寂しいことを言うな。優作さんたちが俺を歓迎してくれたように、うちの連中も、ボウヤなら大歓迎だ」
「……」

 コナンは、何とも言えない複雑な表情で、口をとがらせた。
 お小言は鬱陶しい。しかし歓迎と言われたら悪い気はしない──というところか。
 ふと、想像する。
 全て終わって、解決して。いまとは逆に、この子が赤井の家に来て、赤井の家族と交流する。そんな日が──いつか来るだろうか。

(来るといい)

 赤井はにっこりと笑った。

「では、世間に潜む危険と、万が一の時の対処方法のレクチャーからだ。──理解するまで寝かせないぞ。いいな?」
「……いや、それ本末転倒な気がするんだけど」

 不満げな少年に笑って、頭をぽんぽんと撫でると、赤井は少年の部屋に向かって歩き出した。