君の体温




 冷たいドアノブを回して、ガチャ、という抵抗を感じて初めて、コナンはその日小五郎が外出の予定だったことを思い出した。

「げ。……しまった」

 事務所の扉を見上げ、駄目元で階段をのぼって毛利家チャイムを鳴らし、ドアノブを回してみたが、鍵がかかっていたし反応はない。

 ──家に入れない。

 コナンは、毛利家の鍵を持っていない。毛利家か、その下の階の探偵事務所のどちらかに大抵、小五郎がいるからだ。
 朝は小五郎に見送られて家を出て、学校から帰ってきたら事務所に顔を出して「ただいま」を言って、ランドセルを置いてそのまま遊びに行く、あるいは蘭が帰って来るまでの少しの時間を事務所で本でも読みながら過ごす、というのがコナンの日常だから、鍵を持つ必要が無いのである。
 勿論、小五郎が依頼で事務所を空けることはある。そういう時は、蘭が早く帰ってくるのが暗黙の了解なのだが、蘭はいま、部活の大会前で帰りが遅い。

「コナンくん、お父さんに鍵借りるの忘れないでね」

 そう言って朝練に出て行った蘭を、起きたばかりの寝ぼけ眼で見送った記憶はある。数日前から、今日は夕方外で打ち合わせをするという話も聞いていたから、気をつけねばとも思っていた。しかし、コナンも小五郎も、うっかり忘れてしまったのだ。

「……おっちゃん何時頃帰ってくるかな」

 外は寒い。日も落ち、気温はこれからどんどん下がるだろう。手袋とコートくらいではしのげない。
 阿笠の家に避難するか──とちらりと考えたが、小五郎が「コナンが帰ってくる時間にはちょっと間に合わねーかもしんねーな」と言っていたことを思い出して、考え直す。それが本当なら、そろそろ帰ってくるはずだ。
 ちょっとだけ待ってみるか、とコナンはランドセルを下ろして抱えると、事務所のドアの前に座り込んだ。
 下からは、冷たい風が吹き込んでくる。コンクリートの床は冷たく、尻と足の裏から冷気が染みてくるようだ。マフラーを学校に忘れてきたのが悔やまれる。

(──寒……っ)

 ──十分、いや、十五分はそうしていただろうか。
 寒さに耐えきれず、コナンはポアロに避難することにした。寒さで固まった足をぎくしゃくと動かして階段を下りると、丁度店から安室が掃除に出てきた。

「あむろさん」

 声をかけたが、寒さで歯ががちがちして震えた声になる。安室はコナンを見て目を丸くした。

「コナンくん。どうしたんだ、そんな真っ青な顔して」
「う……きょうおじさんおそくなるのわすれてて……かぎなくていえにはいれなくて……」
「まさか、外で待ってたのか!? こんな時期に、風邪引くだろう!」

 掃除道具を置いて駆け寄ってきた安室が、コナンの頬を両手で包み、叫ぶ。

「冷た! 何時間外にいたんだ」

 一方コナンは、急に顔を温かいもので包まれて、ホッとしてほわ、と力を抜いた。

「……いや、ほんの十分くらいだったんだけど。マフラー学校に忘れてきちゃって」

 震えがおさまって、ようやくまともにしゃべれるようになる。
 あったかい。暖を求めて手袋をはめたままの手を安室の手に重ねると、安室はまた「冷たい!」と叫んだ。

「手袋してるのになんでそんなに冷たいんだ!? とにかくお店に入って!」
「そうさせてもらえると助かる……」

 安室はランドセルごとコナンを抱える。頬を温めてくれた手が離れてしまったが、抱えられて触れた箇所からじんわりぬくもりが伝わってきて、コナンは思わず目の前の温かい体にしがみついた。首元に冷たい手を回された安室が変な声を上げたが、いまは暖を取ることが重要だ。
 安室は勢いよくポアロのドアを開けた。

「──梓さん、ココアお願いします!」
「え? あれ、コナンくんどうしたの?」

 店の中に入ると、暖かい空気が身を包む。コナンはホッとして安室から身を離した。

「寒かったー。お邪魔してごめんなさい、梓姉ちゃん。実はおじさんがいなくて家に入れなくて……」
「それで、外で凍死しかけてたんです」

 安室が大げさなことを言って、コナンを椅子に下ろす。

「あったかいおしぼり持ってくるからちょっと待ってて」
「ありがとう」

 安室はすぐにおしぼりを持ってくる。コナンは手袋を取って、ぐ、ぱ、と手を開閉してみる。店内に入ってだいぶ緩んだが、手はまだがちがちに固まっていた。
 安室は顔をしかめて、おしぼりでコナンの手を包む。

「待ってたの十分くらいって言ってたけど、もっとだろう。十分程度でこんなに冷たくなるわけがない」
「でも十五分以上は待ってないってば。手はもともと冷えやすいし……」
「手袋してて?」
「手袋にはそこまで意味ないよ。しないよりはそりゃ、冷えないかもしれないけど」

 コナンは元々、冷え性なのだ。雪山で使うような手袋をしていれば、ここまで冷えないかもしれないが、普通の手袋だと、ポケットに手を入れてガードしていても、冷たくなってしまう。

「確かにね-」

 梓がココアを出しながらうなずいた。

「手と足先の冷えは、手袋しても靴下はいても、どうしようもないよねぇ」
「だよねぇ」

 梓にも心当たりがあるらしい。この時期どうしようもない問題だ。
 うんうんとうなずく二人に、安室は理解出来ない、という顔をした。

「何故」
「何故……? 何故と言われても、そういう体質だとしか」
「冷え性って言うか」
「ねえ」
「冷え性……」

 安室はにぎにぎとコナンの手を温めながら難しい顔をする。
 おしぼりはすぐ冷えてしまったが、安室の手は相変わらず温かい。
 何故こんなに体温が違うのか。基礎代謝の差だろうか。

(基礎代謝……筋肉……筋肉か?)

 抱き上げられた時、全身ぽかぽかだったことを思い出して、じっと目の前の男を見てしまう。

(こうして見る限りはムキムキって感じじゃねーけど……あんな派手なアクション出来るくれーだからな……)

 安室とした無茶苦茶なあれこれを思い出しながらうなっていると、安室は手を離して、ココアのカップを手に取った。

「冷えは体の内側から温めないと。飲んで。──あ、生姜を入れた方が良かったかな」
「いいよそこまでしなくても。──あっつ!」

 冷えていた手で持つには、カップが熱すぎた。慌ててカウンターに置いて、じんじんする手を振る。

「コップも持てないなんて……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫」

 コナンはカップの少し手前に手をかざして、手をじわじわ温めつつ、ココアが少し冷めるのを待つ。
 安室はやたらと心配そうにコナンを見守っている。梓が肩をすくめた。

「冷え性あるあるですから、そんな絶滅寸前の小動物を見守るような顔をしないで下さい。大丈夫ですよ」

 コナンはうなずく。

「そうそう。──あ、ほら、もう大丈夫」

 カップが持てる温度になったので、やっとココアを口にする。

「生き返るー……」

 ほっと息を吐くと、安室はようやく安心したようだった。

「これからは、外で待ったりしないで、すぐポアロに来るんだよ?」
「はあい」

 コナンはココアを飲みながらうなずく。そもそも、鍵を預かり忘れたのがいけないので、それも気をつけよう。
 その時、窓の外に小五郎の姿が見えた。
 少し早足だったのは、コナンに鍵を渡し忘れたことに気づいていたからだろう。ポアロの店内をのぞき込んでコナンがいるのを見てホッとした顔になった小五郎に苦笑して、コナンは一気にココアを飲み干した。

「ごちそうさまでした! あと、ありがとうございました」
「今日は暖かくして寝るんだよ」
「はあい」

 店の出口まで見送ってくれた安室は、また少しだけ心配そうな顔をしていた。
 



 翌日。「いってきます」と家を出て、コナンはぶるりと体を震わせた。
 今日も寒い。毛利家がある三階建てのビルは階段に窓がないせいもあって、朝晩は特に、冷気が溜まっているように感じられる。手袋をはめた手をコートのポケットに突っ込んで、コナンは足早に階段を下りた。外に出ると、日の光のおかげで少しだけ寒さがましな気がする。

「コナンくん、おはよう」
「安室さん。おはよ──」

 声に振り返り、コナンは挨拶の途中で言葉を切った。
 ポアロの前で掃除をしていた安室は、首にマフラーを巻いてはいたが、コートも着ず、手袋もせず、見ているだけで体温が下がりそうな薄着だった。
 思わず叫んでしまう。

「寒くないの!?」
「え? ああ……掃除して体を動かしていたしね。コナンくんはもこもこだなぁ」
「だって今日寒いもん。……信じられない……」

 呆れて安室を見上げる。
 子どもは風の子──という言葉が頭に浮かんだが、完全に立場が逆だ。

(本来オレは、子ども体温でぬくぬくでもいいはずなのに)

 何故、子どもの自分が寒さに震え、いい年した大人の安室が元気いっぱいなのか。

「もう耳が真っ赤になってるな……耳痛くない?」

 目の前にしゃがみ込んだ安室がぱた、とコナンの両耳を覆うように手を当てる。
 じわ、と温かくなって、コナンはほぅとため息をついた。

「痛くないけど……安室さんほんとに手ぇあったかいね。昨日はボクが冷えてたからだと思ってたんだけど」
「確かに、冷えに悩んだことはないかな。──逆に君はなんで家から出てきたばかりなのにこんなにほっぺたが冷たいんだ……それに寒いならマフラーはするべきだろう。ああ、昨日忘れてきたんだったか」
「うあー……」

 不思議そうに、今度は頬を手で包む。あったかい。気持ちいい。思わず唸ってしまう。

(すごい。これすごくいい)

 何って、安室の手だ。温度がちょうど良いし、頬から耳まで包めるサイズ感もいい。
 外を歩く時にこれがあったらどれだけ良いか。
 カイロは持っているが、カイロとこの手は全然違う。カイロは最初少し熱すぎるし、かと思えばすぐに冷えてしまうし、貼るタイプのやつは温まり始めの温度が高いせいで肌が荒れてしまうことがあって苦手だ。
 しかし、安室は体温が一定だし、ずっとあったかい。

「……溶けた顔してるなぁ」
「え? 何?」

 閉じていた目を開けて、少し困ったような顔をしている安室を見る。
 掃除を中断してしまっているから、早く戻りたいのかもしれない。

「あと一分」

 ぱた、と安室の手を上から押さえると、安室は大人しく「はい」と言った。

「……なにかコツあるの? 体があったかくなる」
「え? うーん……昨日梓さんも言ってたけど、体質じゃないかな。あと運動は心がけてる」
「運動してても冷え性な人はいるって」

 例えば、工藤新一とか。新一はサッカーをそこそこ真面目にやっていたが、冬は冷えに悩まされていた。
 しかし安室は違う風に受け取ったようで、「コナンくんは動き回ってるけどまだ小学生だしね」と言った。
 大人になったら冷え性など治るというのか。いま寒いのはどうすればいいのか。
 唸っていると、「はい終わり」と手が離れる。もう一分か。
 急に頬が冷たくなる。安室はマフラーを外すと、コナンの首にぐるぐると巻き付けた。安室が身につけていたからか、ほんのり温かい。

「ずっと君のホッカイロをしていたいところだけど、遅刻しちゃうよ」
「はーい……これ、借りていいの?」

 さすがにマフラーまでとったら寒いのではないか、と思ったが、安室はうなずいた。

「僕はもう店に入るし気にしないで。今日はちゃんと、忘れてきたマフラーも持って帰って来るんだよ」
「ん。これ、帰りに返しに行くね」
「待ってる。じゃあ、気をつけて」
「行ってきます」

 どんどん耳や頬が冷たくなっていく。コナンはマフラーに顔を埋めると、学校に向かって走った。



「おはよう、コナンくん」
「おはようございます」
「よう、コナン」

 登校途中、いつもの少年探偵団のメンバーと合流する。コナンが合流したすぐ後に、灰原も「おはよう」と加わった。

「コナンくん、今日かっこいいマフラーしてるね」

 歩美が気づいてそう指摘する。いつもの明るい色のマフラーではなく、落ち着いた色なのでそう評したのだろう。
 そういう歩美は、ダウンコートに手袋、イヤーマフで完全防備だ。スカートが短いのはおしゃれ好きな女の子として譲れない点なのか。それでも厚手のタイツと足首を隠すブーツを履いていて寒そうには見えない。ちなみに灰原も似たり寄ったりの格好だ。イヤーマフは、お揃いで買ったと言っていて、「こういうのキャラじゃないんだけど」と言いながら少し嬉しそうにしていたのをコナンは知っている。

「あー、昨日学校に忘れちゃってさ。これは借り物」
「借り物ですか。毛利探偵のですか」

 そういう光彦は、ダッフルコートにマフラー、しかし手袋はしておらず、防寒レベルはやや低い。

「あーまあ、そんな感じ」

 適当に答えると、元太が「マフラーなんか要らねーだろ」と大声で言った。

「首んとこきちーし、暑いしよ」

 元太は、マフラーも手袋もしていないどころか、秋口に着るような薄いジャンパーである。
 彼の場合は正しく「子どもは風の子」だ。
 ふと気になって、コナンは手袋を片方取ると元太に向かって差し出した。

「元太、手」
「あ? なんだよ」

 元太は首を傾げながらも大人しく差し出された手を握る。
 コナンは顔をしかめた。

「……なんでなまあったかいくらいの体温なのに手汗べったりなんだよ」
「あ? 知らねーよ。走ってきたからじゃねーか?」
「はあ……お前、暑がりだから体温たけーのかと思ったけど、そうでもないんだな」
「元太くんは体格がいいですけど、ほとんど脂肪ですからね。脂肪は冷たいって、聞いたことあります」
「あー、確かな」

 そう言う光彦の手を取ると、彼の手は湿ってはいなかったが、さほど温かくもなかった。

「光彦は手、冷たくなんねーの?」
「手ですか? うーん、これくらいの気温なら、そんなに。動いてると汗かくので、手袋は気持ち悪いんですよね」
「なるほど」
「コナンくん、みんなの手調べてるの? 歩美も握手する?」
「吉田さん、江戸川くんはどうせ下らないこと考えてるだけなんだから、相手にしなくてもいいのよ。手なら私とつなぎましょ」
「つなぐ! ……哀ちゃん手ぇ冷たい! 歩美があっためてあげる!」
「ありがとう」

 ぎゅうーっと手を握る少女二人を苦笑して眺め、コナンは手袋をはめ直した。
 安室の手を思い出す。
 手袋もせず、外でしばらく掃除をしていたのに、ぽかぽかだった。

(大人だから? 運動が大事って言ってたけど、やっぱり筋肉か……)

 羨ましそうに灰原たちを眺めている光彦と、「脂肪……」と言いながらお腹の肉をもんでいる元太を眺めながら考える。
 しかし、筋肉なんて一朝一夕でつくものではないし、まして自分はいま小学生だ。
 いいなあ、と思いながら、コナンは持ち主の温度などとうに消えたマフラーに顔を埋めた。




 学校が終わり、少年探偵団の面々と別れたコナンは駆け足で家に向かう。
 多少でも運動した方が体が温まる。

(うー、でも風切るから耳が冷たい)

 ポアロの前には、安室がいた。

「おかえり、コナンくん」
「ただいま。マフラーありがとう」

 ランドセルに入れていたマフラーを返すと、安室はそれを点検してから首に巻いた。──盗聴器なんて仕込んでいないのに失礼だ。でも、自分も学校で外した時に、何か仕込まれてないだろうなとチェックしてしまったので人のことは言えない。

「ごめんね、やっぱり寒かった?」
「え? ううん、手に持つよりは巻いておこうかなってくらいだよ。それよりコナンくん、今日はカイロは不要かい?」

 そう言って、安室はひらひらと手を振る。コナンは顔をしかめた。

「……走ってきたから大丈夫だよ」
「そうなの? 残念。せっかく手を温めて待ってたのに」
「はぁ? 何それ。温めて……って、運動でもして?」

 朝の元太のべったりした手を思い出して顔をしかめると、安室は羽織っていた上着のポケットからカイロを取り出した。

「梓さんにもらったんだ。これ握ってたから、今朝よりあったかくなったと思うんだけど。試してみない?」

 どう?と首を傾げて手をかざす安室に、コナンは「妙だな」と眉間にしわを寄せる。
 何故、安室がわざわざ手を温めて待っているのか。まさか、ただの親切心ではないだろう。昨日の自分はそこまでヤバかったのか。それとも何か企んでいるのか。というか、カイロがあるならそれをくれればいいのではないか。いや、そもそも呼び止めないでさっさと家に帰してくれたらいいのではないか。
 ──しかし、より温かくなったという売り込みは気になる。
 ほっぺたを挟まれるくらいで何か不利なこともないだろうと、コナンは少し警戒を残しつつ安室に近づいた。
 安室がしゃがみ込み、コナンの頬を両手で挟む。
 ほわ、と温かくなった──が。

「……あったかすぎ」

 コナンは顔をしかめてそう評価した。
 じんわり温かい程度が良かったのに、カイロの熱を移した手はやや熱いくらいの温度で、ほっとするぬくもりからはかけ離れていた。

「駄目だよ、これならカイロほっぺたに当てるのとそう変わらないじゃん」
「ええ? 駄目?」
「駄目。熱いから離して! もー、変なことしないで普通の安室さんの手がいいんだよ」

 そう言うと安室は驚いたようにぱちぱちと瞬きして、視線を落とした。

「……そう」

 安室は妙に素直に手を離して、温度を下げるように手を振る。

「……これでもまだ駄目かな?」
「んー、もうちょっとかな」

 差し出された手を、手袋を外した手で触って判定する。安室が笑った。

「コナンくんはやっぱり手が冷たいね。昨日よりはましだけど」
「昨日は特別だってば」

 安室のせいで熱くなりすぎた気がする頬に、自分の手を当てて冷ます。確かに、手はひんやりしていた。あっという間に頬の熱が冷める。
 ふと、好奇心で目の前の男の頬に右手を当ててみる。
 安室は目を丸くした後で、ことりと首を傾げ、コナンの手に頭を預けた。
 大型犬に懐かれたような気分だ。

「ん、ちょっと手があったかくなったね」
「え。そう……かな」

 頬の熱が移ったのだろうか。元はといえば安室の手の熱だったので、安室の手からコナンの頬と手を経て、安室の頬に熱が戻っただけの話で──と、そこまで考えて気づく。

(なんかこれ、ちょっと恥ずかしくねーか?)

 その時、ぽふ、と頬が安室の手で包まれる。
 ──カイロの熱が取れた、安室の手の温度が、じわりと伝わる。

「これでどうだ──」

 得意気に言った安室が、コナンの顔を覗き込んで言葉を切った。
 ──わかっている。
 いま、自分はものすごく、赤い顔をしているはずだ。意識した瞬間にものすごく恥ずかしくなってしまったのだから仕方ないだろう。

(う……くっそ、絶対にからかわれる……)

 そう思って、恐る恐る視線を上げ──コナンも絶句した。
 目の前にある安室の顔も、それは見事に、真っ赤になっていた。

「「……」」

 なんだその反応、とまた顔が赤くなる。
 固まること、数秒。

「……君、ね!」

 急にほっぺたが引っ張られた。コナンの頬をもみくちゃにしながら、安室が叫ぶ。

「何なんだ急に! 僕が昨日から何度……これまで平然としてたくせに急にそういう反応をしないでくれ!」
「は、はあ? こーゆーことしてきたの安室さんの方からじゃん! そっちのせいでしょ!」
「それは、君があんな無防備な顔するからだろ……!」
「意味分かんねーし! てかもう離してよ!」

 ぎゃあぎゃあともめていると、ポアロの扉が開いた。
 梓が顔を出す。

「何やってるんですか二人とも。──あ、コナンくん今日は顔色いいね。カイロの効果ありました?」

 二人は身を離し、ちらりと視線を交わした。

「はい、まあ……おかげさまで」
「ありがと梓姉ちゃん……」

 梓は微妙な反応をする二人に首を傾げると、「早くお店入って下さい」と言った。

「寒いし掃除はもういいですから。コナンくんも。今日早速安室さんが、生姜ココア作ったんだよ。試してみて!」
「はい」
「わあい」

 ココアは美味しそうだ。でも、体中ぽかぽかしていて、数分前まで感じていた寒さはすっかりどこかへ消えてしまっている。これでは、生姜ココアに効果があるのかわからない気がする。
 安室を見上げると、マフラーを外してぱたぱたと手で顔を扇いでいた。
 まだ少し赤く見える横顔を見ながら、考える。

(なんで手を温めて待っててくれたのかな)
(赤くなったってことは、嫌がらせってわけじゃないんだよな)
(……あの手を掴んだら。まだいつもよりちょっと高い温度なのかな──)

「コナンくん?」

 黙って立ち止まっているコナンを、安室が不思議そうに振り返る。

「何でもない!」

 もう一度触れてみたい、と思ってしまったのは何故だろう。
 考えたらまた顔が赤くなる気がして、コナンはその疑問を断ち切るように声をあげ、まだ熱を持っている頬を押さえて、ポアロの扉をくぐった。





蛇足の降新